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第22話 繋がる
その日も、明け方から雨が続いていた。
悪天候の中、室員達が黙々と馬具の準備をしている。
この日は統括本部、つまり国王陛下から、王都や周辺都市を流れる川の状況確認と、地盤補強の任のご下命を受け、数人単位で各地への派遣に行くこととなっていた。
「ようやくですね。もっと早くに命が下るかと思っていました。」
水害対策の第一人者でもあるウィズが、ぽつりという。
一月ほど前から雨は長々と続き、川の水はここしばらく泥の色を保ったままでいた。
「……北部への派遣を検討なさっていたそうだ」
ああ。と、ウィズが頷く。
「どちらもお任せくださればよろしいのに。」
寒くなり始めのこの時期、重たい雪が降っては、時に雨も降る北部には雪崩の危険がある。
その対策としてディッカーが数名常駐しているが、季節の初めは冬眠前の魔獣もいるため、時折応援のための派遣が行われることもあった。
「ここの守りを空にするわけにもいかないだろ。」
ダートはまだ室員としては半人前。頭数に入れられないので、師団に任務を二つ渡すと、王都の守りが手薄になる。
ウィズが、ふーっと息を吐き出した。
「新人を早く仕上げないとですね。」
「ふふ、そうだな。」
ウィズとヘイデン、そしてヘイデンの指導担当が、王都へ流れ込む川の、アーネストとスコット、ダートが周辺地域の川を担当することとした。
王都上流の川は、数年かけて治水が行き届いており、何かあってもウィズが判断できる。
「じゃ、しばらく頼んだ。」
セドリックに声を掛け、アーネストは同行の二人を振り返る。
「行くぞ。」
「「はい。」」
王都に残る者たちが、一斉に姿勢を正す気配があった。
「お気をつけて。」
セドリックの声に送り出され、一行は出発した。
――――――
近隣の都市を流れる主要なもののうち、最も近い川には概ね問題は見られなかった。継続的な水量の増加との報告通り、水位上昇と水量増加に伴う、土地の侵食と地盤の緩みは確認された。だが、アーネストの見立てとしては、大きな事故につながるリスクは低かった。今後の治水のための情報として記録するにとどめ、次の目的地へ向かう。
日が上がると雨が止み、移動が楽になった。それで、途中にある小さな川にも念のため立ち寄ってみることにした。
源流が違うのか、こちらの川では大きな水量の増加は見られていない。だが、川を下流に下っていくと、途中で――水の色が明らかに変化していた。
「室長、これ、なんですかね。」
「うーん……。」
この様子だけではなんとも言えないが……。
スコットが示す川の変化を見て、頭の中で地図を広げる。
どこかから水が流れ込んでいることは明らかだった。
「この近くに、他に水場はあるかな。」
ダートに目を向けると、馬に積んだ荷物から地図をいくつか取り出す。
「……あ、これでしょうか。」
ダートが示す場所を二人で覗きこむ。確かに、近くに小さな沼のあることが示されていた。
「これかもな。これだけ濁っているなら、何かあるかもしれない。今から向かっても、今日のうちに戻れるだろうし、行ってみよう。」
ダートが地図をしまうのを横目に、アーネストは先程の記録を取り出す。
「スコット、先行してこの報告書だけ中央に送っておいてくれるか?ここのことも一旦報告しておいてくれ。フリードは、僕と一緒に沼の確認だ。」
「報告書お預かりします。」
「ああスコット、明日の朝の段取りもしといてくれ。よろしく。」
はい。返事をしたスコットが馬首を返すのを見て、アーネストもダートを促した。沼は、ここから山側へ向かった方にある。
途中の村で話も聞いておくのがいいだろうか。
果たして、村に到着してみると、沼地の異変はすでに人々が把握していた。
「地滑り?」
村の顔役の男が言うのに思わず聞き返す。そのような情報はアーネストたちのところに届いていなかった。
「小さいやつなんですけれどもね。山側の方が崩落してまして、その後から、ずっと沼の水位が上がりっぱなしです」
「……そうなんですね。――お知らせなどは、くださっていましたか?」
もちろんですとも。少し不安そうな顔をしながら男が言う。確かに、出してきた書類には、確認の署名が添えられていた。
男に断ってから、書類をじっくりと見る。
――まあそりゃ、お世辞にも丁寧な報告とは言えないけど……。
崩落が起きていたことは読み取れるし、水位の上昇にも言及があり、確認を要する内容だとは十分わかる。
「フリード、写しを作ってくれるか。」
「了解です。……すみません、どこかお借りできますか。」
返事をしてから、顔役の男に場所を借りられないか尋ねるダートをおいて、アーネストはその場を離れた。
村の規模、家畜の数、土地の傾斜などを見てまわる。まだ雲の重たい空の下、村人は余り出歩いておらず、話を聞いてまわるのは少し苦労した。
結局、顔役の男の家に戻り、その母親である年老いた女性に話を聞いていると、男とフリードがやってきた。
「フリード、終わった?」
「あ、いえ。署名者の氏名がわかりませんので、念の為室長にお伺いしたく。」
「――あぁ、それわかんないよね……。」
手に取り、もう一度眺める。やはりわからない。
このため、男から署名者の特徴を確認しなおす。ダートがその情報も書き付けたのを確認し、礼を言って、村をあとにした。
「おばあさんにお話を聞いたところね」
馬を歩かせるダートに話しかけた。はい、歯切れ良く返事が返ってくる。
「そこの沼は時々崩落があるんだって。一時的に水位が上がるのもいつものこと。」
「――そうなんですか。」
うん。頷いてみせてから、ただ――、と続ける。
「沼は、明らかにどこかの川と繋がってるわけじゃない。なのに、今まで溢れ出すことも特になかった。」
これまでは良くても、今問題ないかどうかは、わからない。
沼に続く坂道を上ってゆく。ぬかるみが増えてきたため、二人とも馬を降りて歩いていた。
「歩きづらいですね……。」
「そりゃあ、これじゃああんまり見に来たい気持ちにもなんないね。」
歩きながら辺りを見ていると、足元の勾配が緩やかになり、そして、土手の際まで水を湛えた沼地が視界に入ってきた。
「室長……、これ」
「うん――、フリード、いったん下がろう。土手に上がるのは危険だ。」
「はい。」
慎重にぬかるみを引き返す。やや下がったところで、別の斜面をのぼり、沼を見渡せる高さに上がってみる。
水面は、時折風に撫でられて波打っているが、目視では水の流れを確認することはできなかった。
自分たちが来た方角に目をやる。沼は、溢れればそのまま、辿ってきた道を川にして、村に水を運ぶだろう。
道の脇には、村に生活のための水を引く水路も設けられている。
だが、普段は溢れる前に水位が下がるのだから、どこかに水の逃げ場があるはずだ。
「――フリード。」
「はい」
「君、空間魔法の評価は極だったよね……」
「え?……あ、はい。」
考えを巡らせながら、言葉を整理する。
この沼は、深さの情報などは得られていない。干上がったことがなく、いつも水を湛えているのだと言う。
沼の容積は正確にはわからないが、相当なものではあるだろう。――だが。
「この沼の、周辺の地形に、水の逃げ場がないかを調査することはできる?」
「水の逃げ場ですか?」
「そう。地下の空間だったり、地面の密度の低い場所。土の中で、動きのある場所。そう言う隙間かな。」
ダートは、天性の空間魔法使いだ。転移魔法の考証を確認したアーネストは、ダートをそう評価していた。
転移魔法は、結局のところ空間魔法の一種だ。――と言うのが、考証の結論だった。ただ、空間の先にあるもの、手触り、存在そのものを、どれだけクリアに知覚できるか。それが転移を成功させる魔法使いと、そうでない者の違いだと言う。
ならば、ダートは、目に見えない場所にあるもの、手触り、存在を確認できる者と言うことになる。
「この、沼地の周辺ですね。」
目を見て、頷いてみせる。ダートも、小さく頷いた。
「――やってみます。」
集中し始めたダートを見守りながら、アーネストも沼の水の流れを探る。水を操ると言うことは、水の流れを知ることでもある。自然の沼地でもあり、あちこちから少しずつ湧き出る水の流れ、それから、少しずつ滲み出る水の流れが読み取れる。
「「――あ。」」
ほとんど二人同時に声を上げ、目を見合わせる。
同じものを探り当てたに違いない。
「詰まってるね……。地下かな。」
「そのようですね……。流れはありますが、水以外のものが流れを悪くしている感じがします。」
沼の奥の方に、水の流れていく場所があった。ただ、水の流れは少ない。
ダートの言う通りに、水以外のものが流れ込んで水路を塞いでいると言うのならば、下流の川に流れる水が泥まじりだったのは、その影響だろう。
「崩落の影響でしょうか?」
「――うーん。まあ、それはそうなんだろうけど……。」
今回の崩落だけが原因ではないはずだ。
これまでの積み重ねが、長い時間をかけて地下の水路に土砂を堆積させたのだろう。そして、土手の水位と拮抗するようになった。
「フリード君。」
「はい。」
「取れる手は三つある。」
「はい。」
少し背を伸ばしたダートに、一つずつ説明してやる。
ひとつ。堆積した泥を、ダートの転移魔法で別の場所に移し、流れを整える策。
ふたつ。堆積した泥を、水魔法の強い流れで押し流し、流れを整える策。
みっつ。沼にと下流の川をダートの空間魔法で繋ぎ、一時的に水位を下げる策。
「フリード君なら、どれがいいと思う?」
聞いてみると、少し考える顔になって、それからおずおずと口を開いた。
「……根本的には、水路を塞ぐ泥が原因です。押し流しても水路に泥は残り続けますし、水だけを下流に移しても、水路の状況は変わりません。」
「うん」
「ですので、転移魔法で、泥を除去してしまう……のが、最善の策だと思うのです、が……。」
――多分違いますよね。と、顔で問うてくるのに、思わず笑ってしまった。
「ふっはは、いや、いいね。いいよ。ちゃんと考えられてて僕は嬉しい。」
ダートの出した答えは、理論的には全く正解だった。根本原因は、水路に溜まった泥。その根本原因を取り除かなくては、一時的に水位を下げても後日また同じ状況になるだろう。
だが――。
「この水位まで上がってしまった根本原因は、水路に溜まった泥だ。そして、その原因が先日の崩落であることも想像に難くない。でも、崩落はこれまでも起きていて、今まで問題はなかった。だから、今回の崩落も、報告を受けるにとどめて、確認は後回しにされた。」
実際には、もう待ったなしの状況だったのに。
ダートに笑いかけてやる。
「水路は、そのまま保全だ。ここの役人が、今後同じ状況になった時、まず何を確認して、どうなっていたらまずいのかを把握する必要がある。」
水位だけ、下げておこう。
そういうと、ダートは頷いて、沼を見渡した。
「川に戻って、空間を繋げます。どの程度まで流せば良いでしょうか。」
少し考えてから、胸元をトントンと叩く。
ダートの視線が、アーネストの胸元へと吸い込まれた。
服の下には、ダートから手渡された共鳴具があった。
「――悪い、これ使わせてもらってもいいか。」
少し、間があいて、ダートが頷く。
「はい。はじめる前に作動させます。十分水位が下がったら……、3回、叩いてください。」
こんなふうに使うためのものじゃないと、わかってはいた。
わかっていたが、今のところ他にやりようがなかった。
少し、苦々しく思う。
「ああ、……ありがとう。水量に気をつけながらやってくれ。時間をかけていいから、一度に大量に流し込まないようにしたい。」
「了解です。」
そうして、ダートは川に向けて戻っていった。
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