23 / 63

第22話 繋がる

 その日も、明け方から雨が続いていた。  悪天候の中、室員達が黙々と馬具の準備をしている。  この日は統括本部、つまり国王陛下から、王都や周辺都市を流れる川の状況確認と、地盤補強の任のご下命を受け、数人単位で各地への派遣に行くこととなっていた。 「ようやくですね。もっと早くに命が下るかと思っていました。」  水害対策の第一人者でもあるウィズが、ぽつりという。  一月ほど前から雨は長々と続き、川の水はここしばらく泥の色を保ったままでいた。 「……北部への派遣を検討なさっていたそうだ」  ああ。と、ウィズが頷く。 「どちらもお任せくださればよろしいのに。」  寒くなり始めのこの時期、重たい雪が降っては、時に雨も降る北部には雪崩の危険がある。  その対策としてディッカーが数名常駐しているが、季節の初めは冬眠前の魔獣もいるため、時折応援のための派遣が行われることもあった。 「ここの守りを空にするわけにもいかないだろ。」  ダートはまだ室員としては半人前。頭数に入れられないので、師団に任務を二つ渡すと、王都の守りが手薄になる。  ウィズが、ふーっと息を吐き出した。 「新人を早く仕上げないとですね。」 「ふふ、そうだな。」  ウィズとヘイデン、そしてヘイデンの指導担当が、王都へ流れ込む川の、アーネストとスコット、ダートが周辺地域の川を担当することとした。  王都上流の川は、数年かけて治水が行き届いており、何かあってもウィズが判断できる。 「じゃ、しばらく頼んだ。」  セドリックに声を掛け、アーネストは同行の二人を振り返る。 「行くぞ。」 「「はい。」」  王都に残る者たちが、一斉に姿勢を正す気配があった。 「お気をつけて。」  セドリックの声に送り出され、一行は出発した。 ――――――  近隣の都市を流れる主要なもののうち、最も近い川には概ね問題は見られなかった。継続的な水量の増加との報告通り、水位上昇と水量増加に伴う、土地の侵食と地盤の緩みは確認された。だが、アーネストの見立てとしては、大きな事故につながるリスクは低かった。今後の治水のための情報として記録するにとどめ、次の目的地へ向かう。    日が上がると雨が止み、移動が楽になった。それで、途中にある小さな川にも念のため立ち寄ってみることにした。  源流が違うのか、こちらの川では大きな水量の増加は見られていない。だが、川を下流に下っていくと、途中で――水の色が明らかに変化していた。 「室長、これ、なんですかね。」 「うーん……。」  この様子だけではなんとも言えないが……。  スコットが示す川の変化を見て、頭の中で地図を広げる。  どこかから水が流れ込んでいることは明らかだった。 「この近くに、他に水場はあるかな。」  ダートに目を向けると、馬に積んだ荷物から地図をいくつか取り出す。 「……あ、これでしょうか。」  ダートが示す場所を二人で覗きこむ。確かに、近くに小さな沼のあることが示されていた。 「これかもな。これだけ濁っているなら、何かあるかもしれない。今から向かっても、今日のうちに戻れるだろうし、行ってみよう。」  ダートが地図をしまうのを横目に、アーネストは先程の記録を取り出す。 「スコット、先行してこの報告書だけ中央に送っておいてくれるか?ここのことも一旦報告しておいてくれ。フリードは、僕と一緒に沼の確認だ。」 「報告書お預かりします。」 「ああスコット、明日の朝の段取りもしといてくれ。よろしく。」  はい。返事をしたスコットが馬首を返すのを見て、アーネストもダートを促した。沼は、ここから山側へ向かった方にある。  途中の村で話も聞いておくのがいいだろうか。  果たして、村に到着してみると、沼地の異変はすでに人々が把握していた。 「地滑り?」  村の顔役の男が言うのに思わず聞き返す。そのような情報はアーネストたちのところに届いていなかった。 「小さいやつなんですけれどもね。山側の方が崩落してまして、その後から、ずっと沼の水位が上がりっぱなしです」 「……そうなんですね。――お知らせなどは、くださっていましたか?」  もちろんですとも。少し不安そうな顔をしながら男が言う。確かに、出してきた書類には、確認の署名が添えられていた。  男に断ってから、書類をじっくりと見る。  ――まあそりゃ、お世辞にも丁寧な報告とは言えないけど……。  崩落が起きていたことは読み取れるし、水位の上昇にも言及があり、確認を要する内容だとは十分わかる。 「フリード、写しを作ってくれるか。」 「了解です。……すみません、どこかお借りできますか。」  返事をしてから、顔役の男に場所を借りられないか尋ねるダートをおいて、アーネストはその場を離れた。  村の規模、家畜の数、土地の傾斜などを見てまわる。まだ雲の重たい空の下、村人は余り出歩いておらず、話を聞いてまわるのは少し苦労した。  結局、顔役の男の家に戻り、その母親である年老いた女性に話を聞いていると、男とフリードがやってきた。 「フリード、終わった?」 「あ、いえ。署名者の氏名がわかりませんので、念の為室長にお伺いしたく。」 「――あぁ、それわかんないよね……。」  手に取り、もう一度眺める。やはりわからない。  このため、男から署名者の特徴を確認しなおす。ダートがその情報も書き付けたのを確認し、礼を言って、村をあとにした。 「おばあさんにお話を聞いたところね」  馬を歩かせるダートに話しかけた。はい、歯切れ良く返事が返ってくる。 「そこの沼は時々崩落があるんだって。一時的に水位が上がるのもいつものこと。」 「――そうなんですか。」  うん。頷いてみせてから、ただ――、と続ける。 「沼は、明らかにどこかの川と繋がってるわけじゃない。なのに、今まで溢れ出すことも特になかった。」  これまでは良くても、今問題ないかどうかは、わからない。  沼に続く坂道を上ってゆく。ぬかるみが増えてきたため、二人とも馬を降りて歩いていた。 「歩きづらいですね……。」 「そりゃあ、これじゃああんまり見に来たい気持ちにもなんないね。」  歩きながら辺りを見ていると、足元の勾配が緩やかになり、そして、土手の際まで水を湛えた沼地が視界に入ってきた。 「室長……、これ」 「うん――、フリード、いったん下がろう。土手に上がるのは危険だ。」 「はい。」  慎重にぬかるみを引き返す。やや下がったところで、別の斜面をのぼり、沼を見渡せる高さに上がってみる。  水面は、時折風に撫でられて波打っているが、目視では水の流れを確認することはできなかった。  自分たちが来た方角に目をやる。沼は、溢れればそのまま、辿ってきた道を川にして、村に水を運ぶだろう。  道の脇には、村に生活のための水を引く水路も設けられている。  だが、普段は溢れる前に水位が下がるのだから、どこかに水の逃げ場があるはずだ。 「――フリード。」 「はい」 「君、空間魔法の評価は極だったよね……」 「え?……あ、はい。」  考えを巡らせながら、言葉を整理する。  この沼は、深さの情報などは得られていない。干上がったことがなく、いつも水を湛えているのだと言う。  沼の容積は正確にはわからないが、相当なものではあるだろう。――だが。 「この沼の、周辺の地形に、水の逃げ場がないかを調査することはできる?」 「水の逃げ場ですか?」 「そう。地下の空間だったり、地面の密度の低い場所。土の中で、動きのある場所。そう言う隙間かな。」  ダートは、天性の空間魔法使いだ。転移魔法の考証を確認したアーネストは、ダートをそう評価していた。  転移魔法は、結局のところ空間魔法の一種だ。――と言うのが、考証の結論だった。ただ、空間の先にあるもの、手触り、存在そのものを、どれだけクリアに知覚できるか。それが転移を成功させる魔法使いと、そうでない者の違いだと言う。  ならば、ダートは、目に見えない場所にあるもの、手触り、存在を確認できる者と言うことになる。 「この、沼地の周辺ですね。」  目を見て、頷いてみせる。ダートも、小さく頷いた。 「――やってみます。」  集中し始めたダートを見守りながら、アーネストも沼の水の流れを探る。水を操ると言うことは、水の流れを知ることでもある。自然の沼地でもあり、あちこちから少しずつ湧き出る水の流れ、それから、少しずつ滲み出る水の流れが読み取れる。 「「――あ。」」  ほとんど二人同時に声を上げ、目を見合わせる。  同じものを探り当てたに違いない。 「詰まってるね……。地下かな。」 「そのようですね……。流れはありますが、水以外のものが流れを悪くしている感じがします。」  沼の奥の方に、水の流れていく場所があった。ただ、水の流れは少ない。  ダートの言う通りに、水以外のものが流れ込んで水路を塞いでいると言うのならば、下流の川に流れる水が泥まじりだったのは、その影響だろう。 「崩落の影響でしょうか?」 「――うーん。まあ、それはそうなんだろうけど……。」  今回の崩落だけが原因ではないはずだ。  これまでの積み重ねが、長い時間をかけて地下の水路に土砂を堆積させたのだろう。そして、土手の水位と拮抗するようになった。 「フリード君。」 「はい。」 「取れる手は三つある。」 「はい。」  少し背を伸ばしたダートに、一つずつ説明してやる。  ひとつ。堆積した泥を、ダートの転移魔法で別の場所に移し、流れを整える策。  ふたつ。堆積した泥を、水魔法の強い流れで押し流し、流れを整える策。  みっつ。沼にと下流の川をダートの空間魔法で繋ぎ、一時的に水位を下げる策。 「フリード君なら、どれがいいと思う?」  聞いてみると、少し考える顔になって、それからおずおずと口を開いた。 「……根本的には、水路を塞ぐ泥が原因です。押し流しても水路に泥は残り続けますし、水だけを下流に移しても、水路の状況は変わりません。」 「うん」 「ですので、転移魔法で、泥を除去してしまう……のが、最善の策だと思うのです、が……。」  ――多分違いますよね。と、顔で問うてくるのに、思わず笑ってしまった。 「ふっはは、いや、いいね。いいよ。ちゃんと考えられてて僕は嬉しい。」  ダートの出した答えは、理論的には全く正解だった。根本原因は、水路に溜まった泥。その根本原因を取り除かなくては、一時的に水位を下げても後日また同じ状況になるだろう。  だが――。 「この水位まで上がってしまった根本原因は、水路に溜まった泥だ。そして、その原因が先日の崩落であることも想像に難くない。でも、崩落はこれまでも起きていて、今まで問題はなかった。だから、今回の崩落も、報告を受けるにとどめて、確認は後回しにされた。」  実際には、もう待ったなしの状況だったのに。  ダートに笑いかけてやる。 「水路は、そのまま保全だ。ここの役人が、今後同じ状況になった時、まず何を確認して、どうなっていたらまずいのかを把握する必要がある。」  水位だけ、下げておこう。  そういうと、ダートは頷いて、沼を見渡した。 「川に戻って、空間を繋げます。どの程度まで流せば良いでしょうか。」  少し考えてから、胸元をトントンと叩く。  ダートの視線が、アーネストの胸元へと吸い込まれた。  服の下には、ダートから手渡された共鳴具があった。 「――悪い、これ使わせてもらってもいいか。」  少し、間があいて、ダートが頷く。 「はい。はじめる前に作動させます。十分水位が下がったら……、3回、叩いてください。」  こんなふうに使うためのものじゃないと、わかってはいた。  わかっていたが、今のところ他にやりようがなかった。  少し、苦々しく思う。   「ああ、……ありがとう。水量に気をつけながらやってくれ。時間をかけていいから、一度に大量に流し込まないようにしたい。」 「了解です。」  そうして、ダートは川に向けて戻っていった。  

ともだちにシェアしよう!