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第24話 すれ違い

 スコットが確保しておいてくれたのは、かろうじて上級騎士向けの簡素な個室だった。寝具はあったが、寝台はなかった。――または、持ち去られたのかもしれない。それでも今日の状況を見れば、個室であるだけ十分に過ぎる。  とは言え――。 「室長、その……」  部屋で荷物を下ろし、スコットが確保しておいてくれた夕食用のスープと、それから村で顔役が持たせてくれた干し肉(率直にありがたかった)をテーブルに並べていると、ダートが言いづらそうに切り出した。 「……ん?」  なかなか先が続かないので、相槌を打ってその先を促してみる。 「先程は、……申し訳ありませんでした。」 「うん?何が?」  思わずダートの方を見ると、起立の姿勢で立ちすくむダートがいた。 「ええ、どうしたんだよ。」  近くに寄って、肩を叩く。とにかく、座って、飯を食って、休まねばならない。姿勢を休ませろ、と叩いたつもりだったが、ダートは起立をやめなかった。  その姿勢のまま、ダートが続ける。 「国境伯殿と、その、積もるお話もあったのかと。」 「……ああ、」  何とも言いあぐねて、口ごもる。  積もる話は確かにあったが、本当にヴァリオ先輩とご一緒したかった理由は、そこではなかったからだ。 「国境伯というお立場です、なかなかお会いになれる方ではないのかと思いまして……、申し訳ありません。」 「いや。――いや、気にしなくていいよ。昔話なんてこの先いつでもできるし、昔話なんて、寝かせた方がうまいに決まってるだろ。」  それから、ふと気づいて一歩、二歩下がる。  テーブルのそばまで後退すると、椅子を引いた。 「フリード、とりあえず腹ごしらえだ。聞きたい事あるんだろ?」 「――はい。」  ダートは、自分が整理していた荷物の中から、地図を取出し、テーブルの上に置いて、斜め向かいの椅子に腰掛けた。 「今日の、沼の存在に気づかれた時のことですが。――――」   ダートの質問は、沼で水が詰まっていることになぜ気づいたのか、という点から始まった。  それとも、詰まっていること自体は想定されていなかったのか。想定外であったならば、詰まっていた以外に何が考えられたのか。  ――つまり、今度同じような予兆に気付いた場合、どこまで、何を確認すべきか。というものだった。  質問の合間にも、ダートの手元に食べ物をよこし、口に運ばせる。今日は、小規模とは言え長い時間魔法を展開し、気を張っていて疲れているはずだ。今は気づいていないかもしれないが、急に疲労がくることもある。食える時に食っておくべきだった。 「詰まってるとか――、」  一口水を飲んで、続ける。 「崩落が起きているとか、そう言うことがわかっていたわけじゃない。――そもそも、沼だって繋がっているかどうかは、あの時点では五分五分だった。」  ただ、水場が近くにあり、人々の生活の場があり、何かがあると人命に影響が出るのであれば、自分達は、任務を完遂できる範囲内でならば、最大限のことをする必要がある。  だから、見つけた違和感を今回はたまたま追跡した、と言うだけだ。任務がより差し迫ったものであれば、川の異変の報告だけにとどめておいたに違いない。  真剣な顔で話を聞いているダートに、干し肉を手渡す。少し塩気の濃い、本当ならばスープにでもすると美味そうなそれを、今日はそのままかじっていただいている。 「だから、次同じことがあっても、その時に何をすべきかは、その時次第だ。前がこうだったから同じことをすればいい、というのは違う。それは、判断の放棄で、責任の放棄と同じだ。」  スープはぬるくなっており、これでは体を温めるのにはいまいち頼りない。川べりの待機で体が冷えているダートのために、後で何か用意しよう。と考えつつ話を続けた。 「だから、上官、指揮者、先輩の判断に従うんだ。その時々の判断で、何が捨てられて、何が拾われたのか。君は毎回確認して、自分の判断と比べてみるといい。」  ごくん。  噛み締めていた干し肉を飲み込み、ダートが頷いた。 「はい。やってみます。」  ああ、やはり若者はいい。みんなこんなに素直に上官の言葉を受け止めてくれる人間ばかりならホント楽なのに。  いつか思ったのと同じことを感じつつ、ダートのまっすぐな瞳を受け止める。こう言うのを、照れずに受け止められる上官でありたい。  少し固くなった空気を振り払うように、椅子に背中を預ける。 「――んー、さっきのさ、国境伯殿。ちょうど俺がフリードくんと同じ立場の時の、直の先輩というか、上官というか……。ま、ここと同じような関係だったんだよね。」  ここ、と言いながら、ダートと自分を交互に指し示す。  そのまま、グラスに水を注ぎ足し、ついでにダートのにも入れてやる。塩味に、つい水が進む。 「そうなんですね。」 「そうそう。まあ今は間違いなくかっこいい立派な伯爵殿であらせられるけどさ、当時の俺からしたらもう、超かっこいい先輩だったんだよねえ。」  椅子の背にもたれたまま、中空を見上げる。当時はまだ右も左もわからない若造だったうえ、ヴァリオは、アーネストが「ディッカーではない」ことを知っている数少ない人間だった。なので、とにかく頼りまくったことを覚えている。ディッカーにさせてもらえないことの愚痴――もとい、悩みも、相当聞いてもらっていた。  ヴァリオ自身はと言うと、ディッカーになれるのに、なろうとしなかった人物だ。番い候補がいたことは何かで聞いたことがある。ただ、だからこそ、番いという制度そのものをアーネストが深く見つめるきっかけにもなったし、ウルラのことを大切にするよう、室員に訓示を垂れるようにもなった。  ああ、純情野郎は先輩から始まっていたのか。  そう思うと何だかおかしくて、小さく笑いがこぼれた。  ――カタン。  ダートが、グラスを机において、口を開いた。 「今の、自分にとっての、室長のような存在。……ですか?」 「あー、へへ、そうだったらいいなあ。」  ダートにとって、自分がそれほどかっこいい、生き方を示せるような上官になっているのなら、それはとても嬉しいことだけど。そうなりたい、と口にしてしまうのは、少し照れくさくもある。 「――自分は。」  想定外に硬い声が響いた。 「自分は、自分にとっての室長のような存在が、――室長におられたことが、もしあったらと思うと――、」  そこまで言って、ダートは口をつぐみ、アーネストをじっと見据えた。 「――え?」 「申し訳ありません。なんでもないです。湯……、湯を持ってきます。」  いいざまに立ち上がると、アーネストの制止も聞かず、ダートは部屋を飛び出して行った。  その背中を見送り、ダートの言葉を思い返して、それから自分の発言も振り返ってみる。 「――ああ、そうか……。ああ、あー、……失敗した。」  ダートにとっての、自分のような存在。  ――つまり、ウルラ。  ダートが現れるまでに、自分がすでにディッカーとしてウルラと番っていれば。今回、ダートのウルラとして、番う選択があったか。  ――あるわけがない。    誇りを預けてくれた唯一の筈の番いを待ちながら、別のディッカーのウルラになることを、自分が承諾できるとはとても思わない。  それなのに、まるで、ヴァリオ先輩と番えていたらよかったのに。とでも聞こえることを言ったように思う。 「違う、違うってフリード……。」  ディッカーの本能が、自分のウルラのことをとにかく大切にしたがるものだというのは、よく分かっている。不安にさせたはずだ。ダートの誤解を解かなければならない。  アーネストは頭を抱えて、ため息をついた。

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