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第26話 道中

「室長、おはようございます!フリード、よく寝れたか?室長とたくさんお話しできたか?」  馬の首を叩いて機嫌を伺っていると、国境伯騎士団たちの中からスコットが駆けてきた。  朝から大変元気が良い。普段の冷静で落ち着いたスコットにしては珍しいくらいだった。 「……お、はようございます。はい、しっかり休ませていただきました。」 「スコット、朝から元気だな。」  そうですか?と、にこにこ顔のスコットと、対照的にやや疲れた顔のダートが気になってしまう。  ――昨日は結局、しばらく魔力が流れたところで、ダートの方が音を上げた。  ……とでも言えばいいのか。  しばらく魔力が流れてきたところで、無言のままダートが部屋を立ち去ったのだ。  引き留めそうになった手をなんとか押しとどめ、ようやく目をあけた時、アーネストは頬を涙が伝っていたことに気がついた。    部下の前で、情け無い。――と、思う余裕もなかった。 「今日は、このポイントと、上流の方を確認してから帰投だな。昨日のことを考えると、スコットが見回っていない沼と、……地図にない情報がないかは確認しておくか。他、気になることはあるか?」 「ありません。」 「――あ、室長。同期の連中から話を聞けるかもしれません。」  目線でスコットに続きを促す。 「ここまでは、連中と同行になります。」  地図を指し示してスコットが言う。 「で、ここの少し前、ここらにある村――ここですね、これを挟んで手前のあたりらしいですが、ここに、地図にない小さい川があるらしいです。」 「――それは、いい情報を仕入れてきたな。助かる、ありがとう。」 「いえ、何もなければそれがいいですけど、念のためと思いまして。」  うん。一つ頷いて返す。 「よし、じゃあ伯爵殿にご挨拶してくるか。――出発の準備整えといてくれるか?」 「「はい。」」  その場を離れ、騎士達の集団の中に入っていく。目的の人物はすぐに見つかった。 「ヴァリオ先輩。」  あえて昔の呼び名で呼びかける。周りの連中を引かせるためでもある。  案の定、にやっとした笑みを浮かべたヴァリオ先輩が振り返り、周りから少し騎士達が引いた。 「ハネス、おはよう。昨日はちゃんと指導してやったか?」 「――ええ、そうですね。」  指導――とは言えない結果になった気もするので、なんとも答えがたい質問に、苦笑いで返す。  軽く笑んで話の続きを促され、この後しばらく同行させてもらうこと、道中の未確認の河川の情報を知りたいため、騎士達に話を聞かせてほしいことを伝える。先輩は二つ返事で了承し、この辺りの地形や地理に最も詳しい者を選んでよこしてくれた。 「ありがとうございます、これで調査がかなり捗ります。」 「いや、昨日は危ないところにあった状況を回避したと聞いたぞ。よくやったよ。うちの方でも、似たような危険がないかは確認しようと思う。」 「……先輩によく言われましたからね。違和感は見逃すなって。」 「ふは、どれだけ前の話してんだよ――」 昨晩しなかった雑談を交わし、騎士団の列の配置を確認してから、室員の元へ戻る。この日の移動はかなり楽なものになりそうだった。  国境伯騎士団の団員が教えてくれた川は、確かに、細いせせらぎとでも言うようなささやかな川だった。  だが、気になる点が、この川の普段の水量と、下流の川原の幅とがどうも食い違っている、と言うことだった。 「まあ、下流の方も一回行ったことがあるだけなんですけどね。」  そう言う男は、騎士団の事務方の人間で、以前にその地域へ赴いたことがあり、水量と川幅のあまりの違いに、干上がった川なのかと感じたほどだったと言うことを教えてくれた。  先を行く騎士団に合わせて、アーネストたちもそのせせらぎを後にし、当初の目的の川までたどり着いたのは、日もかなり上がった頃だった。  この日はここまで、騎士団が前を行くおかげで、行く先々で足止めを食うことも、余計な説明を求められることもなかった。おまけに、地図にはない水場についても情報を得ることができた。  川にかかる橋の手前で、アーネストが同行の礼を伝えると、鷹揚に笑ったヴァリオ先輩は、軽く手を上げ、領地へと帰っていった。    確認は上流と下流とで二手に分かれて行うこととし、人の多い下流側をスコットとダートに任せた。スコットには、ダートに聞き込みをさせる際は、できるだけ口を挟まず見守るよう伝えた。ダートの、分をわきまえた物言いは好ましいが、人々に話を聞く場合には話が別だ。ダートには、場数を踏む必要があった。  二人と別れ、川上に向けて馬を走らせる。  確かに増水はある。だが、この川はもとより流れを受け止める力が強く、また、下流域もさほど近くに人家が迫っていないことから、差し迫った危険があるとは考えにくかった。  王都に流れ込む川が、最も気掛かりであるとは聞いていたが、実際に目で見て、確かにそのようであったと納得する。  溢れれば、下流の農耕地に多少の影響はあるだろうが、収穫後の時期だ、このリスクは後回しにできる。  近くの村でも簡単に聞き込みをし、山の中ほどまでも様子を見た。確かに山道はやや地盤が緩んでいたが、大人数の商隊などでも通らない限り問題はないだろう。雨のひどい日には、交通の規制をかけるよう促す程度で十分だと思われた。  アーネストは、そのほかにどこにも大きな違和感のないことを確認し、ふたたび街道に向けて馬を走らせた。  空は重く、風は冷たかったが、アーネストを乗せた馬の足取りは軽かった。 「――室長!」  街道を行く人々に、周辺情報の聞き込みをしていると、スコットが単騎で戻ってきた。  話を聞いていた男に礼を言って別れると、スコットと合流する。 「室長、馬どこですか?」 「――ん?」  ダートの不在を問おうとすると、スコットが慌てた様子で尋ねた。 「あっちに繋いであるよ。それよりフリードはどうした?」 「――ああ、良かったです。室長まで何かあったかと思いました。」  気になるスコットの物言いに、仕草で話の続きを促すと、スコットが息を軽く整えてから続けた。 「いえ、大したことではないのですが、フリードの馬が、今、足止めくらってまして……」 「足止め?」  聞けば、聞き込みをしていた馬の牧場主から、ダートの馬と馬具の違和感を指摘され、そのまま手直しが始まってしまったのだと言う。  昨夜も拠点で手入れや点検はしたところだが、さすがにまだ予備の鞍を使っている状態では、職人の目には看過できなかったのかもしれない。  頑固な職人と、その行動を止めることができないダートの様子が、簡単に想像できてしまい、アーネストが笑い声を漏らすと、スコットが困ったように返してきた。 「結構名のある職人のようだったので、断るのも難しかったのですが、その、勝手にされるのも困ってしまって……」 「――ああ、いいよいいよ、大丈夫。必要経費だし、記録だけちゃんとしといてくれたらいい。」  スコットが困るほどなら、ダートがどれだけ狼狽えたことか。  しかし、スコットの心配が金勘定のことだと言うのも面白く、ひとまずその点はしっかり安心させてから、声をかけた。 「よし、じゃあフリードを迎えに行くか。」  果たして――。  スコットに先導されて向かった牧場で見たのは、職人からくどくどと馬の手入れのことを指導され、律儀に返事をするダートと、馬具を全て取り払われ、のんびりした姿で草を喰む馬の姿だった。 「あんたがこの子の上司ですか。」 「はい、そうです。今回はお気に留めてくださってありがとうございます。」 「ありがとうなんてもんじゃないですがね、いい馬なのに、予備ったってもうちょっとなんかあるでしょう。」  そんなにひどい状態だっただろうか。  だが、職人の言葉に、ダートの馬につけた馬具を思い返すと、職人が重ねて言った。 「状態が悪いんじゃないですよ。でも、馬の良さにはてんであってない。まだもう少しあの馬は大きくなりますから、ゆとり持っといてやらないと。――まあ、あんた達じゃそこまでわかんないかもしれんですが。」 「ああ、いえ。――彼の体格に合わせて、足腰の強い馬を望んだのは私ですから。そうしたことも考慮すべきだったのでしょう。教えていただいて感謝します。」  馬の成長に合わせた馬具を――、とは、これまでに考えたことのない視点だった。  なるほど、とアーネストは思う。  職人であり、牧場主でもあるこの男からすれば、とても見過ごせなかったのだろう。  職人に礼を言うと、少し鼻白んだ様子を見せた後、手元の鞍を示した。 「ちょうどいいサイズのがうちにあったから、今調整してるんですよ。……これなら長く使えて、あの子の体にも馴染むでしょうから、終わるまで待っといてくれますかね。」  話をしているうちに、どんどんと落ち着いた口調になっていく職人を見て、胸を撫でおろす。はじめは噛み付かんばかりに切り出されたので、よほど馬に何か問題があったのかと心配していたのだ。 「ありがとうございます。ぜひ待たせてください。もし良ければ、我々の馬も少し休ませていただいても?」 「もちろんですよ。あんた方も奥で休んどくといい。」  職人の心遣いに礼を言うと、職人は身振りだけで答え、奥に向かって人を呼ばわった。 「火の当たるところに案内させますよ。」 「――ありがとうございます。」  案内してくれた者に断って、火のそばで軽く腹ごしらえをすることにした。荷物から食べられるものを出していると、職人が勝手をした詫びだと、職人の奥方と娘がスープを出してくれた。  すでに器によそわれたそれを、ありがたくいただくことにして感謝を伝える。  職人の娘は、歳の頃がダートと同じかもう少し若い頃合いで、その後もお茶を出したり火の世話をしたりと、何くれとなく世話を焼いてくれた。  なんとなくピンとくるものがあり、スコットだけを連れてその場を離れる。そのまま、馬の世話をしてやりながら、スコットから下流の様子の報告を受けた。 「――あ、今日教えてもらった、あの小さな川についても少し話を聞けました。」  馬の背にブラシをかけながら、スコットが言う。ダートの馬具の調整に時間がかかるようなら、このあとスコットと様子を見ておこうと思っていた場所だ。 「まあ、教えてくれたのは、ここの親父さんですけどね。」  スコットは少しだけ言いづらそうにしてから、聞いた話を報告してくれた。  例の川は、この牧場の敷地内である小さな丘を挟んだ向かい側にあるという。  普段は非常に水流が少なく、大きな岩に挟まれた地形のため、水源としても使いづらく、あまり知られていない川だそうだ。  ただ、職人の記憶では、まだほんの子供だった頃、大雨の日に水かさが増し、馬が何頭か流されたことがあったらしい。  上流を大きな岩に挟まれているのであれば、相当な水量の増加があった場合、川が飲み込みきれずに溢れることは確かにあるだろう。  もっとも、今はささやかな流れしかなく、雨が続いたとしても、直ちに影響が出るとは考えにくい。  相当な長雨、もしくは大雨の際には注意を要する川として、記録に書き加えることにした。

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