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第27話 言葉
「――室長!先輩!」
馬の鞍を付け直していると、ダートの声がして、こちらに駆けてくるのが見えた。
「……っ、報告であれば自分も入らせてください。」
「まあまあ、お世話のついでの雑談だよ。娘さんにお礼言ってくれた?」
「あ、はい。」
この様子では、通り一遍のお礼しかしていないのだろう。
まあ、ダートらしくはあるが、朴念仁め。と思う。
それから、確認したこと、聞いたことに関するダートの所感を聞いて、スコットからの報告とほとんど相違ないこと、ダートが十分考えられていることも合わせて確認した。
今回の調査はこれで十分だろう。そう考え、これからの帰路を思い浮かべた。馬具の手入れが程なく終わるようならば、まっすぐ王都に帰投しても、真夜中まではかからないはずだ。
昨晩立ち寄った拠点で夜を越すこともできるが――。
空を振り仰ぐ。空は重いが、まだ雨は降りそうにない。
少し無理をしてでも、今日のうちに帰投した方がよさそうだった。
「室長、その子……」
「ん?かわいいだろ。」
考えている間に、人懐こく近づいてきた仔馬を撫でてやる。見知らぬ人や馬が珍しいのか、鼻先を近づけてあれこれ探る様子は、まるっきり子供のようでついつい顔が緩む。
「――フィン!こんなところにいたの!」
その声に顔をあげると、先ほどの娘が馬小屋から駆けてきた。フィンと呼ばれた仔馬は、その声に耳をぴくぴくと震わせ、アーネストとダートの間をすり抜けて声の主の元へと駆け寄る。
「みなさま、申し訳ありません。お話のところお邪魔してしまいました。」
駆け寄る仔馬の首を抱き寄せて娘が言うのに、スコットが一言二言とにこやかに返す。騎士はだいたい馬が好きなのだ。アーネストのところに擦り寄ってきた仔馬に、いちばん気を引かれていたのもスコットだった。
おおい、終わったぞ。
馬小屋から職人の声が聞こえ、ダートとアーネストは職人の元へと向かう。スコットは、すっかりやにさがった顔をしてフィンの首を撫でており、しばらく動きそうになかった。
結論から言えば、ダートの馬はかなり良い鞍をつけてもらうことになった。
費用もまた、職人の良心が感じられる提示だった。
アーネストはその場で、職人と今後の管理も含めた契約を結びたい旨を伝えた。
信用できると感じたこともあるが、これまで師団には専任の職人がいなかったのだ。
その話をしている背後では、スコットが仔馬の首に顔をうずめていた。
仔馬はすぐに大きくなる。次に会う頃には、もう大人の馬だろう。
——それでも、今日ここに立ち寄れたことが、良いつながりを作ったことに違いはない。
面映い顔で見送ってくれた職人とその家族に礼を言い、三人は王都へ向けて馬の足を進めた。
少しずつの休憩を挟みながら、その日の夜、さほど遅くならないうちに三人は王都の騎士団に帰投した。
ウィズ達も、それより少し早くに帰り着いており、アーネストは彼らからの報告を受け、いくつかの確認を行なった。
その足で、アーネストは統括本部まで報告へ赴くことになり、室員には、今日のうちにすませるべきことを終えたら、
速やかに休息を取るよう指示した。
本部では、ひとまず口頭での報告を行った。
報告の最後には、沼地で見出されたような、目に見えない水の流れに関して情報の提供を求めた。
アーネストの報告を書き取った書記官は少しの間考え、
そのような情報を整理するためには、地理院や地学の専門家の意見もまとめる必要があること、
即時の提供ができないことを述べた。
「今すぐに必要だとは考えません。
――ただ、今回のような場合、我々としても注目すべき点の判断がしやすくなると考えています。」
「おっしゃる通りですね。」
「ですから、少し時間をかけてでも、この情報は整理してご提示いただけますようお願いします。」
承りました。
書記官はそういうと、アーネストに退室を促した。
「今回もありがとうございました。
魔法騎士達だけであれば、沼の件にしても、現場を発見しても、
原因の特定までは至らなかったことと思います。」
確かに、いっときに広く魔法を展開できるのは、ディッカーとしての訓練の賜物ではあるだろう。
もちろん、慣れた魔法騎士でもできることだ。
だが、いざという時のことを考えれば、調査だけに大規模魔法を展開するわけにもいかない。
だからこそ、ディッカーが重宝されるのだ。
「それだけでなく、きちんと今後につながるご判断をいただけました。
十分にねぎらいの言葉を伝えるようにとのこと、国王陛下からも仰せつかっています。」
「……恐れ多いことです。」
そのディッカー達を、育て、率いる立場をお任せいただいている。
そのことを胸に重く受け止めながら、アーネストは退室した。
再び、雨が強く降り出していた。
執務室に戻ろうと扉を開けると、中から柔く光が漏れ出していた。
室員には早く休むよう伝えたはずだが、誰か部屋を温めておいてくれたのだろうか。
「――フリード」
ドアを開けたその先で、ダートが、アーネストの装備の手入れをしていた。
「早く休めって言っただろ、何かあったか?」
任務中は意識して固くしていた口調を、少しだけゆるめて尋ねる。
昨晩も、道具の足りない中、ずいぶん丁寧に手入れしてくれていたのだ。
急いでやることではないはずだ。
「室長、お疲れ様です。あの、……お礼を申し上げたくて、残っておりました。」
ダートはそう言うと、装備を脇によけて立ち上がり、きっちりと起立した。
任務完了の心持ちで、少し胸元を楽にしながら、何があったかなと考える。
「ああ、馬具のことかな。」
「はい。それと、とても良い馬を選んでいただいたと、職人の方から伺いました。」
通常、騎士達は自分で馬を用意する。
だが、この師団では団が用意する。これも必要経費だからだ。
だから、まだ年若いディッカーにも、騎士になりたての者が選べるより、ずっといい馬を用意してやれる。
フリードにも、そうだった。
それは――、
「それは、フリード君がこの室員として、それに見合う能力を持ってるからだよ。
だから、僕は室長として、君らに合うと思う馬を選ぶし、馬具も用意する。」
――特別なことじゃない。
そう言いたくて、笑ってみせた。
「まあ、いい馬なことに間違いはないよ。大切にしてくれるなら、僕は嬉しい。」
暖炉の火が、ダートの瞳に映って揺らめいた。
ああ、この目が好きだなと、そういえば思ったんだ。
瞬きで遮られた光は、アーネストを見て、静かに頷いた。
「……はい。大切にします。」
「うん。」
頷いて、アーネストはダートの元に近寄った。
しゃがみ込んで、磨かれたあとの肩当てを手に取った。
丁寧に手入れされたそれは、革がしっとりと光を含み、小さな引っかき傷などが目立ちにくくなっていた。
「ありがとう、これでしばらく持ちそう。」
「……次から自分が整備すると、お伝えしました。」
「はは、ありがとう。でもそこまで丁寧にしなくていいってば。」
笑いながら見上げると、ダートもアーネストの脇に座り込んだ。
そして、広げた布の上に置かれた装備を一つひとつ手に取った。
それから、アーネストを見て言った。
「嫌です。」
思いの外強い声でそう言われて、どきっとする。
「室長は、おっしゃいました。ディッカーは、ウルラの誇りを預かっていると。
――そして、室長は、自分たちディッカーの誇りそのものです。
室長がおられるから、先輩方が、……そのうち、自分も、――やるべきことをやれる。」
思わず、胸元に手を伸ばす。
服の上から、ぎゅうっと共鳴具を握りしめた。
同じくらい強い力で、胸の奥が締め付けられて、息が詰まった。
「自分たちのウルラのために、室長には、誇らしくあっていただきます。
そのために、少しくらい自分に何かできるなら、それはやらせてください。」
ダートの言葉に、陛下から賜った言葉と、同じくらいの重みを感じていた。
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