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第28話 共鳴

 朝を迎える頃、雨は嵐の様相を呈し始めていた。  任務に出ていた室員達には、本日は休息を言い渡しており、セドリックら数名だけが勤務していた。 「室長、本部から緊急の呼び出しです。」  セドリックの言葉に、簡単に身だしなみを整えて立ち上がる。目の端に映った装備品に、一瞬足を止め、アーネストはそのまま部屋を出た。  ――北部で大規模な魔獣被害発生。北部騎士団のディッカーが全員対応にまわるため、特殊師団より防災応援のため派遣要請。  本部からもたらされた任務に、セドリック達が準備を始めた。急いでウィズを休息から呼び戻し、派遣の準備を手伝わせる。 「セドリック、これを。」  一対のバングルを、セドリックに手渡す。 「何ですか、これ?」 「共鳴具だよ。あると便利なのかと思って、昨日本部から借り受けてきた。」 「――ああ、震えるやつですか?」  用途にすぐ思い至ったようで、同行の騎士――ルベルに片方を手渡す。 「流してみろよ」  その言葉に、ルベルが目線を落とし、やがてセドリックの手の中でブレスレットが光り始めた。 「「光った……。」」  へえ、光るのか。と言うのがアーネストの感想だったのだが、この二人は違う反応だ。 「え?光るのって珍しいのか?」 「……いや……、別に、任務用の用途なら、確かに珍しくない……、ですね。」  何がどう珍しいのかはよくわからないが、とにかく急ぎの要請だ。アーネストは話を先に進めた。 「雪崩の対応が想定されているだろう。遠く離れて魔法を展開することも、あるはずだ。その時のために二人でルールは決めておくように。」 「了解です。」 「それ借りもんだから、壊すなよ。」  ルベルが軽く請け負った。 「了解でっす。」    ――頼むから。  嵐の中出立したセドリックとルベル、それからもう一人を見送り、アーネストは屋内に戻った。 「室長、自分達も支度しておいた方が良さそうですね。」  ウィズに声をかけられて、頷く。 「各自に待機と、いつでも出られる準備をしておくよう伝達してくれるかな。」 「了解しました。」  ウィズと別れ、アーネストはそのまま本部へと向かった。出立の報告のほか、他の隊との連携を改めて確認しておきたかった。 「――今夜は待機、ですね。」 「そうです。この辺りの嵐は今夜中には収まる見通しとのこと。ただ、山の方では、少し長く続く可能性があるようです。」  ちらりと、先日見た川の様子を思い浮かべた。水量は下がり切ってはいなかった。 「各拠点から応援要請があればお知らせします。待機は継続しておいてください。」 「承知いたしました。」  一礼して、本部を後にする。  自分自身も、執務室に戻って体を休めることにした。  暖炉の火をかき混ぜ、少し火の勢いを殺す。長椅子に横になり、足元に布をかけた。肘掛けに頭を預けると、自然、目線が装備のスタンドに向かう。  ――ディッカーたちのウルラのために、自分が誇らしくあるべき。  昨日、ダートがここで、そう願った。  ウルラの誇りを、預かるものとしての、願いを託された。  共鳴具は震えていない。  それでも、誰にも顔を見られたくなくて、アーネストは頭の上まで布を引き上げた。  ――コンコン!  意識が覚醒する。室内はやや暗く沈み、暖炉の中の燠火がゆるゆると揺らいでいた。 「――」  返答しようとして、言葉が出なかった。眠っていたのかもしれない。 「――室長、おいでですか。」 「ああ……、入ってくれ。」  本部の書記官の声だった。  扉の開く音がして、人影が室内に入ってきた。  顔に被せていた布はいつの間にかずれており、首のあたりにわだかまっていた。 「おやすみでしたね、……申し訳ありません。」 「いや、待機中です。問題ありません。」  長椅子から足を下ろし、靴の中に足をつっこむ。立ち上がって腰を伸ばす。首元の鎖を確かめる。  ――よし。   「――緊急要請です。」 「……ああ。」  灯りに火を灯した。 ―――――― 「ウィズ達はここで、警戒にあたってくれ。拠点の要請には、先日と同じメンバーで向かう。」 「了解しました。」  緊急要請は、先日訪れた拠点からのものであった。  巡礼者たちの一団が、嵐にも関わらず山道を通過しようとして滑落。今のところ全員救助はできたそうだが、滑落した馬車や荷物に巻き込まれて、退路が大きく崩落したとのこと。巡礼者も、多くの騎士たちも取り残された状況であり、派遣要請されたものだった。  一定数の魔法騎士達さえいれば、災害のリスクは低い川だったが、人手が不足するとまずい事態になる。  とはいえ、崩落現場の復旧はスコットの得意分野だ。急ぎ駆けつけて、騎士たちを解放できれば問題ないだろう。 「三時間ほど、休憩なしで行くことになる。雨自体は弱まっているが、風はまだ強い。気を抜かずに行くぞ。」 「「はい。」」  スコットとダートにも共鳴具を渡しておければ良かったのだが、本部から借りられたのは一対だけだった。そもそも、それを使ってダートとやり取りをしたことは報告しておらず、「あれば便利そうだから」と、試験的に借りてきたのだ。  こうした道具があることを今まで感知していなかったことに恥いる気持ちもあるが、それ以上に、ダートに渡されたこれを、もう一度任務に使いたいとも思えなかった。  だからこそ、用意できなかったことがなお悔やまれた。  厩舎に向かう途中、少し歩みを緩めて、後ろをいくダートに並ぶ。 「フリード。」 「はい。」 「魔力譲渡は継続しているか。……緊急要請だ、単独で動く可能性もある。」  番って日の浅いダートには、上官として確認すべきことだった。  ――昨晩譲渡があったかどうか、わかっていなかったことも、確認した理由になくはない。  一呼吸、間があいて、ダートの返答があった。 「はい。……継続的に行っております。」  返答を反芻する。それほど十分にない可能性はある。 「わかった。いいか、枯渇するまで使えばお前だけでなく、他の人命にも影響する。無理はするな。手に余る時には必ず助けを呼べ。」 「――はい。必ず。」    雨の中馬を走らせる。足場は悪く、一昨日の疲れも考慮すると、時折は歩かせる必要もある。ほの明るくなってきた空に、アーネストはやがて足元を照らすのをやめた。  街道をゆく途中で、騎士団から話を聞いたせせらぎの近くへ差し掛かった。馬の足を緩めて三人で様子を確認した。 「水、多くないですか?」  スコットが声を上げた。  即座に問題になるほどではないが、牧場の職人も、拠点の騎士に聞いても、このせせらぎがこれほど水量を増す様子を指摘した者はいなかった。 「聞いていたよりはずっと多く見えるな。普段通りだと油断して、川に近づく者がいるかもしれない。」 「そうですね……」  時は夜明け。人々がいつもの一日を始める頃合いだった。 「フリード、念の為様子を確認してきてくれ。川に近づく者がいれば警告、救助を要する者がいれば、お前のできる範囲のことをしろ。手に負えなければ、応援を呼べ。……いいな。」 「了解しました。」  ダートは頷くと、馬首を返して街道をそれた。川下に向かって馬を走らせ始めた背中を見送り、アーネストたちも出発した。  ここから崩落現場までは、30分ほどだ。

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