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第29話 走る

 やがて現場に到着した。  崩落現場の先に取り残された人々は、魔法騎士らによって雨や冷えから守られていた。喫緊の状況ではなかったが、崩落の範囲が広く、自力で戻ることは絶望的だった。  アーネスト達が現場に着くまでも、山中では雨が断続的に続いていたそうで、斜面も断続的に崩れていた。 「これは、どこまで戻しますか?」  足場を強化しながら、スコットが崩落した崖下を覗き込んだ。 「……土砂を戻しても、またすぐ崩れるだろ。一旦救助だけして、工事に入らせる方がいいだろうな。」 「ですよね。」 顔を見合わせて頷き合った。方針は決定だ。 「でもなあ。」 スコットが小さくぼやく。その気持ちは、アーネストにもよくわかっていた。  ディッカーを呼んだ以上、大規模な魔法で問題を一気に解決してくれる――そう期待する人間は、とにかく多い。  だが、道を元に戻すことよりも、ひとまずの足場を生成し、それが「問題なく渡れる、安心して良い退路だ」と人々に理解してもらう方が、実のところずっと難しいのだ。 「あの、室長殿」  崩落のこちら側にいた騎士が声をかけてくる。 「はい」 「一応……、どんなふうに救助が行われることになるかは、うちの連中が大まかに説明してるはずです。いつも、方針を決めていただいてから動いてもらうのに苦労してるのは、自分たちも同じなので」 「それは――、ありがとうございます。」  それは、騎士たちが自分たちと同じことを危惧し、事前の説明を想定していたからこそ出る言葉だった。アーネスト達が、あちこちで騎士達と協働してきたことの、足跡のようだった。 「ありがとうございます、では、足場を形成します。人数は――――」  スコットと騎士とが細かい情報をすり合わせている間に、魔力に声を乗せて崩落の向こうへと呼びかける。 「この後、足場を形成してこちらへきていただきます。動かせない方がいれば、帽子を振って教えてください。」  しばしあって、崩落の向こうから、騎士の大きな手が振りかえされた。 「ありがとう、では、歩くのに助けのいる方は、皆さんで支えられますか。」  騎士たちが手を振る。 「室長、足場を形成します。人数が多いので少し強めに作りますから、いつもより時間がかかります。」 「どれくらい必要だ?」 「三、四十分程度ですね。」  様子を見に行かせているダートのことを思い出す。問題なければ、足場ができる頃にはここについているはずだ。 「よし、合図をしたら開始だ。」 「はい。」  スコットと短いやり取りをして、再び崩落の向こうへ呼びかける。 「これから足場を形成します。四、五十分かかりますので、合図をするまでは安全なところまで下がっていてください。」  ふたたび騎士らが手を振りかえし、一団は崩落からやや離れたところへと場所を移した。 「はじめ。」 「はい。」  短く応えたスコットが、崩落した柔らかい土砂を使って、少しずつ足場を形成し始めた。土砂そのままでは強度が足りないので、水分を抜いたり、倒木を使ったりと強度を補強しながらの形成だ。木の根を骨組みのように用いて足場にしていくのは、師団でこうした任務を請け負ってきた中で見出された手順でもある。  アーネストはその様子を確認しつつ、眼下へと視線を落とした。泥の色をした水がどうどうと流れており、岩場に引っかかっている荷物や、馬車の破片なども見えた。 「――あれ、見えますか。」  騎士に声をかける。やや下流で、水の流れが岩場にぶつかり、派手な飛沫をあげていた。 「あ……、はい。」  よく見ようと騎士が身を乗り出すのに、場所を譲ってやる。 「いや、でも……。多分、いままで見たことのない流れです。」  そうだろう、と思う。  普段から、水量が増えるたびにここへ流れが当たっているのなら、周りの木や土はもっと後退しているはずだ。  騎士と二人、周辺の状況もよく観察してみたが、この雨や崩落で流れが変わったものかどうかまでは、判断できなかった。しかし、新しい流れであれば、何かが起こる可能性は考えるべきだった。 「スコット、そのままで聞いてくれ。」 「はい」 「下流に、水の流れに違和感のある場所を確認した。念の為水の流れを探る。何かあればすぐ声をかけてくれ。」 「わかりました。」  騎士にも声をかけて、水の動きを探った。  崖下の川は水深が深く、複雑な岩場の中を水が進むため、流れを読むのはかなり難しい。だが、少しずつ地形を把握し、水の流れに触れ、アーネストは、ふとした違和感を掴んだ。  ――地形を読めない。  正しく言えば、岩場にぶつかり圧を増すはずの水が、どこかへすり抜けるように逃げており、見えている川の姿とリンクしない。  ふと、先日見た沼の姿が脳裏に蘇った。 「地下……。」  ばっと振り向いて、騎士に尋ねた。 「この近くに、沼や、雨の降った時だけ水の溜まる場所、滝などはありますか。」 「いやっ……。すみません、自分は聞いたことはありません。ただ、沼はないですが、この下に細い川はありますね。あまり水量はないですが。」  ――ダートを行かせた川だ。  確かに、聞いていたよりはずっと水量が多かった。  心臓の裏がひやりとした。この逃げた水の流れが、もし、全て流れ込んでいるならば。あの川の危険は想定をかなり上回っているはずだ。  特に、普段は牙を向くことのない穏やかな川べり、人々の油断か大きなリスクだった。 「スコット、そのまま聞け。ここの指揮権をお前に託す。俺はここを離れる。」 「何かありましたか。」 「この川の水が、かなり大量に別の場所へ逃げていると思われる。想定されるのは今朝のあの川だ。フリードの手に負えない状況が起きている可能性がある。」 「了解です。」 「ここは頼んだ。」  そう言って踵を返すと、一人の騎士が追いかけてきて声をかけた。 「下流にも拠点の騎士は配備しています。合流させますので、自分も同行します。」 「ありがたい。すぐに出ます。」 「はい。」  繋いでいた馬に跨り、合図を送る。馬は即座に応えて、地面を駆け出した。  同行の騎士も後に続き、二人は山道を駆け下りていった。  山道を急いで15分ほど、ようやく街道が視界に開け、川の警戒にあたる騎士の姿も見えた。 「――室長殿、私は各自に声をかけてから向かいます!数名単位で向かわせますので、先を急がれてください!」 「――よろしく頼む!」  軽く手綱を引いて馬の足を緩め、騎士に応答する。 「まずは下流だ。だが、数名は上流の状況確認もお願いしたい。足場が悪ければ、目視できるところまででいい。無理はするな。」 「了解いたしました!」  騎士に頷きで返して、馬の首に軽く触れる。馬が、汗をかいているのがわかった。  ――頼んだぞ。  再び足で合図をおくると、緩めていた歩調が早くなり、やがて駆け足となった。

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