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第34話 立場
翌日、アーネストは医務課から解放された。視力を失っているため医務官にはしぶられたが、アーネストの介助はダートが行っており、体力もある程度回復した今、そこにとどまる意味はなかった。
少なくともアーネストには。
手を取られて官舎に戻り、ダートに部屋の説明をした。ダートは静かに聞き、時折質問をした。
「室長、部屋への扉は、――これで間違いないすか。」
手を取られ、扉に触れさせられた。
独特の装飾の施された――それが回路であることを知る者はあまり多くない――扉に、手を触れて、頷く。
「ああ。――何かあったか。」
ダートがしゃがみ込む気配があり、足元から声がする。
「通達のようです。」
――管理課からの、通達。
「まいったなぁ……、読めないね。――フリード、読み上げてもらっていい?」
「え、――でも。」
「大丈夫、僕が読めないことはもう把握してると思う。読まれて困ることは書いてないよ。」
気配が動き、腕を取られて椅子に誘導された。背もたれを確認してから腰を下ろし、ダートの声を待つ。
「読み上げます。」
――先般の事故により、意図せぬ情報の開示があった可能性を確認した。管理課にて確認するべき事由と判断するため、面談に臨まれたい。
読み上げられた内容に、しばし考える。
意図せぬ開示、とは、何のことだろうか。
ウルラであることは、自ら明かした。と言うことは、道のこと――か。
このことについて、まだダートと話をできていないことに思い至る。
いや、できていないのではない。していないだけだ。
「――ありがとう。承る。代わりに返書お願いできる?そこの――」
首を巡らせて、壁側のデスクを指さそうとしたところで、その手を掴まれた。
「自分は、同行できますか。」
――どうだろうか。
管理課の確認したいだろうことを思い浮かべる。
道の場所。そのことに対する今後の扱いの希望の有無。
番い関係の開示に関する所感。
逆向きの譲渡に関する意見。
「――わっかんないなぁ。」
ダートが、息を飲み込む音が聞こえた。
それから、細く、吐き出される。
「自分が、返書に同行の希望を書き添えても、よろしいですか。」
――――。
「えへ、――それは、やだなぁ。」
ああ、今上目遣いが使えるならよかったのに。
祈りを込めて待っていると、長いため息の後に、ダートの「わかりました」と言う答えが返ってきた。
「うん。――ありがとう。」
「室長、結局お口だったんすか。」
いつもの「部屋」で、アーネストはユーリと向き合って――おそらく――いた。
目が見えなくても、口調を取り繕っても、声を隠せないならば意味がない。それで、ユーリは管理官の仮面をかぶるのは早々に諦めていた。
「いや……、それ俺もびっくりなんだけど。」
「え、うそ?!」
「嘘じゃないよ……。てっきり普通におしりだと思ってたもん。多分フリードも。」
しばらく沈黙が続き、ええ…。というユーリのか細い声が聞こえてくる。
思わず鼻から小さく息が漏れた。
「悪い。お互い想定外だった。多分本当はフリードが一番ショック受けてる。」
「ディッカーくんが?」
問われて、背もたれに体重を預ける。
「――うん。一回、口に道ができそうになったことがあって。――この部屋で。その時、……かわいそうなくらい怯えて、続けられなくなったことがある。」
自分の呼吸を意識する。
あの時のダートの怯えは、今でも覚えている。
そして――だから、まだダートと話せていない。
「聞いてないけど……。いや、いいや。とにかく。」
ユーリの声がしまる。つられて、背もたれから体重を取り戻した。
「道の場所は、管理課で把握しておくべきことだから。安全管理に関わるからね。それから、場合によると、ウルラの尊厳の保護のためにも。」
「――ああ、うん。尊厳?」
紙に何か書き付ける音が聞こえ、ユーリが続けた。
「うっかり誰かが道に触れたら、そこでその人がウルラだってバレるわけでしょ。まあ、室長の場合自分でバラしてたけど。」
「ああ……、そっか」
「道の場所も、気道確保しようとした治癒術師に障壁が出て明らかになったって聞いてる。……管理課にクレームきたからね。」
「それは……、申し訳ない。」
「謝ってほしいわけじゃないよ!――知らなかったんだし、そう言うこともある、と思う。ただ、なんて言うのかな。――理解してほしいんだよね……。」
「――うん。」
ユーリが立ち上がり、数歩足音が聞こえる。
「室長、今熱いお茶とか飲めるの?」
「あー……、熱々は無理。」
「じゃあ冷めてからね。」
茶器の音がして、ユーリが話を続けた。
「聞いてほしいんだけど。つまり、今回の道の話とか、魔力の譲渡、……逆譲渡って言うの?それの話とか、その辺は、だから、室長は誰にも話さない権利があるのね。」
暖炉へと足を向けたユーリが、話を一旦止めた。
水音がして、足音が近づいてくる。
「室長は、事故の検証のために必要だと考えてるかもしれないけど、それと、これとは別の話。」
茶器の音が密やかに続く。
「特に今回、本部が室長の「道」のことに、無遠慮に踏み込んだことは、妃殿下が大変ご懸念を示されてる。」
「――あー、それは申し訳ない。」
「だからさぁ」
カチャン、カップの置かれた音が大きく響く。
「室長の謝ることじゃないの。」
足音がして、ユーリの声が近づいてきた、
「室長も、自覚して欲しいんだけど。――他のウルラのためにもだよ。」
「――あ。」
他の、全てのウルラのために。
「ウルラの尊厳にかかることに、本部が、同意なしに踏み込む権利はない。それが、例え師団長個人のことでも。」
ユーリが、アーネストの隣に腰を下ろした。
「そこをちゃんと守ることが、――ひいては、全てのディッカーのためでもあるんだよ。」
妃殿下の言葉を思い起こす。
――貴方は十分に強い人だけど、守られるべき存在でもある。そのことは理解しておきなさい。
全く、理解できていなかった。
自分は、いい。戦えるし、その立場もある。何があっても、多分、耐えることができる。
「俺は――」
思い上がっていた。
自分が飲み込めばいいと思っていた。それで、師団を。――ダートを守れるならそれでいいと。
「――室長はさ、」
一つ息をついたユーリが、言葉を続けた。
「全部自分で持っちゃおうとするけど、それって、周りからしたら寂しいことかもしんないよ。頼ってほしいって、思ってる人はたくさんいると思う。――特に、室長のディッカーくんとかは。」
「――――。」
何か言おうとして、――言うべき言葉を見つけられなかった。
そんなはずはない。とも、その通りかも知れない。とも、何も、わからなかった。
「ごめん、なんかうまく言えないんだけどさ。――まあ、みんなにも、みんなの室長のこと思わせてあげてってことかな。」
ユーリはそう言うと立ち上がって、ポットのお茶を注ぎ分け始めた。「あ、やべ。これ渋いかも」そんな独り言が聞こえてきた。
ソファの座面を撫でる。革のソファは、しっとりとアーネストの手のひらを受け止めている。いつもの場所も、何気なくアーネストを受け止め、ただそこにあった。
ため息をつく。
何かが見えて、暗闇に消えていった気がした。
「あ、そうだ室長。ここだけの話さ」
言いながら、茶器が置かれた音がして、ユーリに手を取られる。
「ここね、カップ。冷めてきてるけど気をつけて。――えっと、ここだけの話。妃殿下は、室長がウルラになるのを心配がってたんだけど。」
「ん、あ、ああ。」
妃殿下のお話は、そんなに簡単にしていい話なのか。戸惑ってうまく返事ができなかった。
「僕はね、室長が室長のディッカーくんのウルラであってよかったと思ったんだよ。」
正面に座り直して、ユーリがため息をついた。
「室長、――生きててよかった。」
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