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第39話 空白
本部の呼び出しは、アーネストの視力回復の報を受けて早々に行われた。
「行ってくるね。」
「――本当に、誰も同行不要ですか。」
ウィズの声に、振り返って笑ってみせる。
「今日は僕の状況確認だけだから、大丈夫だよ」
右手でドアノブを掴もうとして、指先が空を切った。
アーネストは、まだ慣れない感覚を掴み直して、扉を開けた。
今日の召喚は、事故の検証が目的ではない。
視力と魔力の状況確認のため、と召喚状には明記されており、師団には関係のない話だった。
そう、アーネストは判断していた。
「室長、――お気をつけて。」
室内から追いかけてきたダートの声に手を振ってから、執務室を出る。
一時的とはいえ、室長の視力が封印されるという事件は、室員達を過保護にしてしまったのかもしれない。
そう思いつつも、その感覚が自分の胸に馴染まない理由を掴みきれないまま、アーネストは本部へ向けて歩き出した。
午後から、時間をかけて行なわれた状況確認には、アーネストの治療にあたった治癒術師と医務官、それからモノクル製作の技術者、魔導技術室の室長殿が参席した。
魔力については、前日に確認した状況報告にとどめ、全開出力は演習にて確認されることで合意した。
モノクルは、演習までには、間に合いそうになかった。
「――室長殿!」
不意に、左腕を取られ、身体が横に引き寄せられた。
遅れて、体のすぐ右側に柱が迫っていたことを理解する。
「医務官殿――、ありがとうございます。」
少し息を整えた医務官殿の後ろを、治癒術師も小走りに追ってきた。
日が落ちかけ、あたりは薄闇に包まれ始めていた。
「室長殿、まだ見え方に慣れていないのですから。こんな風に見えづらい時間帯は、お一人では歩かれない方がよろしいです。」
「――ああ、……そうですね。」
確かに、黄昏時は普通にしていても見えづらくなる。
――気をつけなければならないのかもしれない。
ふと右手側を見て、今日は一人だったことを思い出した。
「気をつけて戻ります。ありがとうございます。」
医務官に笑ってみせると、大きく息を吐いた医務官が、きっぱりとした声で言った。
「とんでもないです。私がご一緒します。どちらまでお戻りですか、官舎ですか?いえ、執務室でしょうね……。」
「いや、そんな、いいですよ。」
返した言葉に、表情を変えることなく、見返された。
「あの、……ありがとうございます?」
「とんでもないことです。」
君は先に戻りなさい。
そう言った医務官に、安堵したように頷いた治癒術師を見送り、アーネストと医務官は再び歩き出した。
執務室の前まで送り届けられ、礼を伝えて見送ったところで、スコットとダートが廊下の奥からやってきた。
「室長、お戻りですか。」
スコットの言葉に頷いて返す。
日が暮れた後の廊下は、少しだけ人の顔が見えづらかった。
「どなたかとご一緒だったんですか?」
「うん?医務官殿が親切にも送ってくれたんだよね。」
そう返して、ドアを開けようとしてから、一度手元を見直した。
「室長?開けますよ。」
いやいや、いいよ。などと言いながら執務室に戻る。
その後は、ウィズとその日の引き継ぎを行った。
「室長、今日はご自宅にお帰りですよね?」
スコットの問いかけに、首を振って答える。
「うーん、慣れるまでは官舎で過ごそうかなあ。さすがに家まで夜道を歩くのはしんどいや。」
「……えっ、そうなんです?」
「ん?」
スコットの言葉に振り返ってみても、スコットとは目が合わなかった。
黙々と報告書を作成しているダートをみやるスコットに、慌てて声をかける。
「もうフリードの介助はいらないってば。さすがに申し訳ないもん。」
そう伝えて、思わず頬を撫でた。
もう、ヒゲも自分で剃れる。
――ちょっと心配だけど。
「――室長が、必要でしたらご一緒します。」
ダートが、書類から目を離さずに言った。
その様子を、なぜだかみていられなくて、目をそらした。
「うん。大丈夫。……ありがとう。」
「――官舎へは、自分がお送りしますよ……。」
スコットに言われて、本部からの帰り道のことを思い返し、ありがたくお願いすることにした。
「師団長、お届け物を預かっていますよ。」
官舎の入り口でスコットと別れ、部屋に戻ろうとしていると、使用人に声をかけられた。
「ありがとう。なんだろう?」
「技術室の室長様からとのことです。」
「――ああ。」
受け取った包みを手に、私室へと戻った。
デスクの前に腰を下ろして、荷物を開ける。何対かに分かれて包まれているそれを、つまみ上げた。
それは、アーネストが、任務の場へと引きずり出した共鳴具だった。
「ああ――、これが、ペア。……こっちが、トリオ。」
一つ一つ、取り出して確かめる。
小さなタイピンのような形をしたその共鳴具は、徽章に添えて装着できるよう加工されていた。
「あー、……徽章は執務室だ。」
明日、誰かと確認しよう。
そう考えながら、トリオ――三つがワンセットになった共鳴具――のうちの一つに魔力を流す。
残りの二つの回路がほんのりと光って、小さく震えた。
うん、よし。
三人単位での任務にも、十分使える。
元の通りに包み直し、デスクの正面に置いた。
明け方、馬の首を巡らせたダートの背中を、思い出した。
夜。
魔道具の確認で寝支度が遅くなったアーネストは、いつもよりも遅い時間になって、ようやく寝台に上がっていた。
気楽な寝巻きに着替え、首元から鎖を引っ張り出す。
手のひらに共鳴具を乗せて、しばし眺めた。
このところ、共鳴具が震えていない。
あるいは、自分がそれに気づいていない。
――ということに、気がついた。
つまり、ダートが魔力を譲渡していないか、アーネストが気づかないほど夜遅くに譲渡している、と言うことだ。
最後に自分が覚えている譲渡がいつだったかを思い返してみる。
それは、アーネスト自身の目覚めの直後。
ただの夢だったのか、譲渡自体の記憶だったのか、それすらも怪しい記憶。
そして、それを最後に、もう一週間近く譲渡を感じていなかった。
まさか。
いや、ダートが意図的に譲渡を「しない」とは、考えにくい。
何か、理由でもない限り。
だが、スコットからの報告では、ダートが譲渡出来なくなったという話もなかったはずだ。
――明日、聞いてみよう。
と、思った。譲渡に関してトラブルがあるなら、指導しないといけない。
ふと浮かんだ考えに、自分で待ったをかける。
その指導を、自分が今、どの立場でしようと考えたのか。
分からなくなった。
譲渡を確認するために、寝台のうえでまんじりともせずに過ごし、アーネストはその晩、ほとんど眠ることができなかった。
何度も共鳴具に手を伸ばしかけては、その接触が「合図」になりそうで、押し留めた。
――ダートとの共鳴具は、一度も震えなかった。
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