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第43話 親密

 ぎこちない空気を含んだまま、会議は終了した。  深夜勤明けのダートとスコットはそのまま退勤し、アーネストは、沈黙を抱えたまま会議室をあとにした。 「――あの、室長。少し、いいですか。」  執務室に戻る途中、言いづらそうに声をかけてきたのは、ウィズだった。 「うん?」 「業務外のお話、なんですけれども。」  そう言いながら、中庭へ続く道へと促された。  ウィズは、この師団の最古参ディッカーの一人だ。  アーネストとともにこの師団の創設に立ち会い、それから、今までともに仕事をしてきた。  そして、数少ないアーネストより年上の師団員でもあった。  中庭に人影はなく、黙ってアーネストを先導するウィズは、周りが少し開けたスペースで立ち止まった。 「室長、あの……、多分これは自分しか言えないことなので、自分がお声掛けしましたが」  そう切り出したウィズの言葉を聞いて、今日の会議のことだ、と思った。 「うん」  それで、アーネストは、正面からウィズに向き直った。  先程の会議で、アーネストが、何か取り返しのつかないことをした。と言うことだけはわかっていた。  そして、そのことをアーネストは知る必要があった。  だが、ウィズの口から出てきたのは、全く想定していない言葉だった。 「室長、お願いです。――フリードと、……話をしてやってください。」 「――え?」  陽が高くなりつつある空の下で、ウィズがさらに言葉を続けた。  アーネストの疑問をよそに。 「自分は、――自分たちは、番い同士のことに、無闇と他人が口出しすべきじゃないこと、よくわかっています。  フリードと室長のことも、同じように口出しすべきことでないのはよくわかっています。」  後半、少し早口になったウィズは、そこまで言い切って、少し黙った。  それで、思いがけないことを言われた戸惑いのまま、口を開く。 「――えっと……、それは、僕に、フリードとの面談をしろってことではなくて」 「室長としてではなくて」  アーネストのその言葉を、強い口調で遮ったウィズは、少し柔らかい口調になってその先を続けた。 「アーネスト・ブリュージュ個人として、  ――フリードと、会ってやってください。」  言われた意味が、うまく掴みきれなかった。 「ウィズ、――それって、フリードに、なにか問題が、」 「もう、俺らはフリードのこと見てられません。痛々しくて。  すみません、見てるだけで俺らの方がつらいです。」  言われたことを、ゆっくりと咀嚼する。  つまり、それは、 「俺――が。  なにか、フリードのことを、追い詰めてることが、ある……?」  ウィズは、首を横に振った。 「室長が、何か悪いわけじゃないんです。  それに、これ以上は俺は何も言えません。でも」  お願いです。  そう言って、ウィズが頭を下げた。  アーネストは、ただ、その頭を見ているしかできなかった。  ただ、言いようのない焦燥感が、胃の奥に集まり始めていた。  ――実際のところ。  アーネストにとって、ダートと個人的に会うということは、色々な意味で適切な判断とは言えなかった。  番うまでの期間のように、交渉や魔力の指導、または交渉の練習のため――という理由がなくなると、アーネストはダートの上司で、交渉の成立し終わった番い同士で。  合理的には、どちらかと言えば個人的には会うべきでない間柄だとも言えた。  なので、ウィズから懇願されても――あれは、懇願だった――、どのように会えばいいのか。  それすらアーネストにはよくわからなかった。  ただ、わだかまり始めてしまった何かが、早くしろ、と伝えてくる。  半ば義務感のようなものに背中を押されたアーネストは退勤後、騎士たちの宿舎へと足を向むけていた。 「室長、――珍しいですね。」 「ああ、セド。ちょっとな」  宿舎の前で行き合ったセドリックから声をかけられた。  お互い勤務外だと思うと、ついニックネームで呼びかけてしまう。 「室長にそう呼ばれるのも珍しいですね。  フリードのことも、やっぱオフなら名前呼びなんですか?」 「――は?」 「え?」 「え、……今何つった?」  こちらをみてきょとんとしているセドリックが、先程言ったことを、もう一度なぞってみる。  俺が、ダートのことを、オフの時に、――何だって? 「――オフ……?」  の、時に、会うことがある?呼びかたを、変える……?  そんな親密さが、自分とダートとの間にあるように、  見えていた……?  ざわざわと背中の毛が逆立つような感覚があった。 「あ……、れ?すみません」 「いや、――なんで……?」  それは、自分が、それほどダートのことを、特別扱いしているように見えた、と言うことだろうか。  番いとして、これ以上怖がらせたくない。  そう言ってくれたダートに、自分はなにか、目に見える親密さや、甘え……を表してしまっていたのだろうか。 「いや、……いや。教えてくれて、ありがとう。セドリック。」 「あ、違います室長、そうじゃないです」  慌てたように言うセドリックを、手で制する。  だがとても、そうじゃない、とは思えなかった。  ウィズからも、言われたばかりだ。  ダートが、何かに追い詰められている。  そして、それは、アーネスト個人によるものだ。  だから、アーネストとして、会って話をしろと。    あの、ときめきに明け渡した自分の心が、  ――それでも、何も変わってはいないと思っていたのに。  ダートを追い詰めるような、何かを、  してしまっていたのだろうか……?   「そうじゃないことなんてない。――わかった、よく気をつけてみる。」  自分のふるまいが、わからなかった。  自分の、何がダートを追い詰めているのかわからなくて。  ただ、今、そのまま話をすることが正解だなんて、とても思えなかった。

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