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第46話 限界
――まずは、馬を落ち着かせられる人間に補助してもらいながら、乗ってみるべきだ。
そう言ったバロウズは、部屋の隅で備品のリストを書き写していたダートを振り返り、言った。
「あんたが補助しろ。あんたが一番室長さんの馬に懐かれてる。」
ダートは黙って頷き、スコットはそのままダートから書類を引き継いだ。
アーネストに選択の余地はなかった。
「補助って、どんなことをすれば良いですか?」
ダートが、後をついてくるバロウズに尋ねている。アーネストは、ダートに右手を取られて歩いていた。
部下に手を引かれることに慣れておけ。――バロウズの言葉だ。
だが、ここ数日は、ずっと誰か――特にダートに、手を引かれていることばかりだった。いまさらそんなことに慣れなくても、思わずそう思ってしまったアーネストの顔を見て、バロウズはなおも言った。
「恥ずかしいって、少しでも思うなら、手を引かれとけ。」
だから、部屋を出る時に手を差し伸べられて、――その手を取った時。自分がどんな顔をしていたのか、――わかりたくもなかった。
「まずは、室長さんの馬と並んで、――あんたは歩きでな、危なくないところぐるっと廻る。室長さんの馬の走らせ方とか、見てるんだろ?だから、普段と違うとこ、馬の動きに室長さんがついてけなかったとこ、そう言うのを」
ぱしぱし、と手を叩く音がして、バロウズが言葉を続けた。
「手を叩いたり、間に合うなら、声かけしてやったりするんだよ。」
ダートがこちらを見た気がしたが、アーネストにはあまり見えていないので、気づかないフリをした。
この状況で、これ以上どうやって「親密さ」から距離を取ればいいのか、もうアーネストにはわからなかった。
「少し左によってます。」
「ん」
「この先右側段差あります。気をつけてください。」
「……うん」
ダートは、アーネストが歩かせている馬の、右隣を歩いていた。時々、アーネストの反応が遅れて馬が緊張した時などは、その首を優しく叩いて落ち着かせたりもしていた。
無駄な力を入れてはいけない、そう思うのに、少し緊張した脚が、つい馬の歩をはやめそうになり、その度ダートが小走りで横をついてきた。
馬に乗るときも、久しぶりに鎧に足をかけて体を引き起こした瞬間、右足の行き場を一瞬見失った。
だが、ダートが馬の首を叩いて落ち着かせているのをみて、体の覚えているままに騎乗することができた。
自分よりもずっと、馬は素直で自然体だ。
ダートの腕に顔をすりつけている馬を眺めて、アーネストはむずかゆい気持ちになっていた。
「――っ」
集中できていなかったようだ。少し馬の動きについていけず、ダートに右手ごと手綱を軽く持ち上げられた。
「どうしましたか、疲れましたか?」
そのまま歩みをとめられ、手を――手綱を離される。
「いや……」
左手で馬の首を撫で、すこしでもダートから距離をとる。
すこしでも、「親密さ」をダートに感じさせないように、――何でそんなことをしているのか、自分でもすこしわからなくなりながら。
「――室長、体傾いてます。こっちに寄ってください。」
少し焦った声で言われて、太ももを叩かれた。
思わず体が跳ねて、それに体を揺らした馬の首が、進路を逸れてブレる。
「――っ、」
思わず。
首を巡らせて、ダートの顔を、見てしまった。
ひどい顔をしていた、と思う。
少し驚いた顔のダートが、こちらを見上げていて、
鼻を鳴らした馬の顔も、ダートの方に顔を向けてから、静かに息を吐いた。
「――室長、戻りましょう。続きは明日です。」
ダートがすこし微笑んで言うのに、すぐに返事ができなかった。
その日の練習はそれで終いになり、アーネストは翌日も、かなりの時間を騎乗訓練に使うことになった。
「――今日の演習は、ウィズに先行してもらう。申し訳ないけど、僕は今日は、無理せずついてくことが練習でさ。」
演習に向かう前、集合した室員たちにそう言うと、数名の顔が和らいだのがわかった。
心配をさせていたのだと、いまさら気がついた。
「あー、フリードに補助をお願いしているから、僕らは最後尾につくよ。モノクルがいつでもあるわけじゃないから、この状態でどれくらいちゃんと走れるのかを確認しておきたい。だから、遅れたら切り離してくれていい。」
「わかりました。」
ウィズがそう答え、ダートを見て、それからアーネストの目を見て頷いた。
それで、先日のウィズの言葉を思い出したが、そんな話をする余裕が今日のアーネストにあるとは思えなかった。
ともかく、今日の演習だ。
それで、少し大切なことを思い出し、集まった顔ぶれの中からスコットを探し出して声をかけた。
「あ、あと、スコット。ダートの補助の交代要員で付き合ってくれるかな」
「室長」
スコットが返事をする前に、ダートが声を上げた。
「自分一人で大丈夫です。補助が途中で変わると、多分馬が困ります。」
「ああ……」
バロウズの顔を思い出す。少し髪の毛を触ってから、うん。と頷いた。
「フリードのいう通りだな。そうしよう。」
空は高く、その日は少し風も強かった。
結局、出発してしばらくも行かないうちに、アーネストとダートは室員たちから離れることになった。
ウィズはダートに声をかけてさっさと先を行き、室員たちも、ダートに声をかけては離れていく。
今のこの自分が、どれほど情け無い状態なのか、言葉なく突きつけられているようだった。
「室長、左に寄りすぎです。」
「ああ、悪い。」
心を無にして、ただ馬を走らせる。
やや遅めの駆け足。
これが、今のアーネストの限界だった。
「前方段差です。」
「――見えてる。」
見えは、した。
限界だった。
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