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第47話 声
いつもよりかなり時間をかけようやく演習場所にたどり着いた時、浜のそばには何名かの見学者が集まっていた。
いつもよりも多いな、と思う。
魔獣駆逐や対外的な対応よりも、災害対応の方が人の口にのぼりやすく、注目を集めやすい傾向はある。先日の任務の影響があることは疑いようがなかった。
「――室長!」
馬から降り立った瞬間に、ダートが駆け寄り、アーネストの背中を支えた。膝が笑って、まっすぐ立てていなかった。
「――あれ?」
「いつもとは違う神経を、ずっと使われてたんです。そうもなります。」
ぐいと腕を引かれ、近くの岩場に座らせられる。
ダートが、アーネストの前に片膝を立ててしゃがみ込んだ。
まっすぐに、正面から見つめられて、言葉を失う。
「俺は馬を繋いできます。ここで、足腰休ませておいてください。お願いします。」
「――悪い。」
反射的に言葉を返すと、ダートは、一度唇を噛みしめてから立ちあがり、馬の方へ走って行った。
「――えぇ……、俺めっちゃ情け無くない…?」
こぼれ出た声は、自分でも思いがけないほど心細い響きで足元に落ちた。
それでも、今すぐ立ち上がることもできそうになかった。
騎士になる。
家を継ぐまでの期限付きであっても、自分は騎士になって、ディッカーになる。
そう夢を抱いた幼い頃から、馬はずっと自分と共にあった。
だと言うのに、――何という様だろう。
どうしようもないやるせなさと、それでも何とかここまでたどり着けたと言う達成感のようなもの、そして、久しぶりに魔法を思いきり使える、という期待とが、アーネストの中で場所を取り合っていた。
「――室長!……大丈夫ですか?」
岬から降りて駆けてきたウィズが、近寄りざまそう声をかけてきた。
いつもはアーネストがいる場所を、今日は彼に任せている。
「はは、思いの外体力使っちゃって、いま休憩中。情けないな〜」
そう言ったアーネストに、ウィズは少し困ったように告げる。
「そんなんで帰りどうするんですか……」
「いやあ、ホントそうだよね。大丈夫、ちゃんと回復します、代理。」
なんとか気力を振り絞って立ち上がる。膝の震えはおさまり、何とか歩けそうだった。
「それよりさ、今日俺出力確認して報告しないとなんだよね。見えにくい分制御ブレてるから、周囲に影響でそうならフォローしてもらいたいな。」
「――ぜ、んりょくでやる気ですか?!」
「いやあ?3割くらいでいーんじゃない。それ以上は、多分あってもなくても関係ないっしょ」
背伸びをして、体をほぐす。
思いっきり魔法を使う。そのワクワクを、自分の正面に連れてきた。
自分がここにいる意味を、ちゃんと確かめたかった。
その日、演習は大きな問題なく終わり、――アーネストは、はじめこそ制御に苦労したが、二度目からは難なく展開できるようになった。
大規模魔法の大雑把な制御は、見え方より想像力がものを言うのかもしれない。
体力温存のため、何度か展開したあとは大人しく休憩することにして、演習が終わる頃にはすっかり体の疲れも取れていた。
「室長、報告書ってこんな感じで問題ありませんか?」
詰所と休憩エリアとの間にある回廊で、ウィズから書類を手渡される。
いつもよりもゴワついた感覚を不思議に思いながら受け取り、
「――っ、ふっはは、ウィズ、おま、字ぃ汚すぎ……っ」
あまりの読めなさに、思わず吹き出してしまった。
「えっ、だって立って手に持って書き付けてますし、これ以上無理ですよ。」
そんなバカな。
あまりのひどさと、あちこちを勢い余ったペンが紙を傷つけている様子に、だから手触りが変だったのかと思い至る。
「これは……、このまま詰所に出したら、叱られるな。書き直しとは言わないけど、少し書き添えたり、ふははっ」
この後、このノリで書きつけられたフィードバックも読まされるのか。そう思うと余計に力が抜けてしまう。
そんなアーネストとウィズの後ろから、声がかけられた。
「室長、代理。詰所で書き物用の机をお借りできますよ。」
「フリード、よく知ってるな。」
笑った顔のまま振り向いた先にはダートがいた。
いつもの、彼の仕事をしにきたのだろう。
「はい。代理、行きましょう。室長すみません、少しお時間いただきます。」
なぜだか、すとんと気持ちが切り替わったアーネストは、軽く手を上げてダートに答えた。
そのアーネストに、少し申し訳なさそうにフィードバックの書き付けを差し出してきたウィズに、それをチラリと見てから、やっぱり堪えきれずに笑う。
「――いや、無理だって!」
帰ったらちゃんと清書させよう。
そう決意しながら、回廊の端、目立たない場所で壁に背をもたれさせた。
「――、――――?」
人が行き交う回廊、外の通路も近く、人々の話し声が遠く近く聞こえていた。
今日は人が多いな、と思う。演習の見学者もとても多かったから、そのせいかもしれない。
「…………だろ?ディッカーじゃねぇの?」
「馬も…………、」
普段気にも留めないあちこちの会話が、なぜか耳に引っかかった。
声の響く回廊、反響でところどころだけが聞こえてくる。
「……ウルラ……」
「……結局、ヤってんだろ?」
「全員……、…………」
密やかな笑い声、何か、面白がるような声色。
「室長とか言う…………ただの仲 良 し 集団ってか?」
――師団のことだ。
そう理解した時、指先が痛くなるほど血の気が引いた。
師団のことが、面白おかしく噂されている。
おそらく、――自分のせいで。
人の気配にふいと顔を上げると、以前言葉を交わした騎士が、他の騎士を従えながら歩いてくるところだった。
目があって、少し、会釈をして、そのまま通り過ぎる。
普通のことだ。
――そのはずだった。
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