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第49話 支度

 結論から言うと。  魔力譲渡による暴力は、いつのまにかアーネストの不安を落ち着かせていた。  代わりに、もう、誰かに言われたからとか、目が追いつかないからとか、そう言う後付けの理由ではごまかせないほど、ダートに気を許してしまっている、――特別な、何かがある、ことを自覚させられた。  譲渡はいつもより短い時間で終わり、落ちかけだった陽はすっかり沈んでいた。  ろうそくに火を入れなおし、暖炉の薪をかき混ぜる。  もうすっかり静かになっていた暖炉に、軽くため息をついた。  部屋を振り返り、綺麗に磨かれた装備を見つめる。    なにか、肩の荷がスッと落ちた気がした。    引きだしを開けて、いくつかの書類を取り出す。  内容を確認し、――少し考えて、そのうちの一枚には、筆耕のための追加人員を要する可能性を追記した。  その他に、いくつかの書類を持って立ち上がる。  この続きは官舎でいいだろう。  執務室を出て、待機室へ向かう。日勤と夜勤の境の時間。ウィズはまだいるだろうか。 「入るよー、ウィズいる?」 「はい、室長、ご用ですか。」  奥のテーブルで、書類を挟んでスコットと話をしていたウィズが立ち上がった。 「うん、これ署名しといてくんない。」  テーブルに近づきながら差し出すと、ウィズが駆け寄ってきて受け取った。 「スコット、今日深夜番だろ?まだこんなとこにいて良いの?」  言いながらアーネストがテーブルを見ると、いくつかの書類にスコットの几帳面な字で修正が入れられていた。  それを見下ろしてスコットが言う。 「――フリードから聞いたんです。代理の字がめちゃくちゃだし、報告の内容も……」 「はいはいめちゃくちゃだよ……。俺苦手なんだって。」  スコットの後を受けてウィズがヤケクソ気味に続けた。    それで、アーネストはまた昨日の報告書を思い出して、思い出し笑いが飛び出してきた。 「ふははっ、昨日のは本当にひどかった。もう今日とか、お前の書き付け読んでて頭痛くなってきた。」 「げっ……、すみません。あの、室長、なのでこれ」  振り向いて見れば、アーネストが手渡した書類を手にして、困ったように見下ろすウィズがいた。   「俺には荷が重いです……。」  その手元にあるのは、副師団長への推薦状だ。  書類仕事も、関連部署との連携も、本人が得意な仕事でないことはよくわかっている。  でも、この師団を古くから知り、アーネストと共に創ってきた人間で、室員からも、周りからも信頼が篤い。  アーネストには、ウィズ以外にその場所を預けられる人物を思いつけなかった。   「前も言ったろ。全部自分でやろうとしなくて良いって。」  自分より背の高いウィズの顔を、ちらっと見上げて、笑ってみせた。  カサ、とウィズの手元で紙の音がした。   「それに、そろそろ俺のこと助けてよ、頼む。」  目をつむって、少しうなだれたウィズは、その後姿勢を正し、アーネストに向かって返事をした。 「――はい。自分なりにやらせていただきます。」 「うん、ありがとう。――ま、陛下にご了承いただかなきゃだけどね。」  ほら、署名しろ。とウィズをデスクへ追いやり、それから思い出してスコットに向き直る。 「スコットはさ、バロウズさんとの会計のこと丸ごとよろしくね。  フリードのサポートもしてやって。たまには牧場行けるだろうし。」 「――えっ、いいんですか。やります。ありがとうございます。」 「ふっはは、いいよ、よろしく。」  素直な反応に思わず笑い声がこぼれる。  馬具関連をダートに任せることにしたときは少し落ち込んでもいたから、喜んでもらえて何よりだった。 「んーと、それから――――」    その後いくつかのことをウィズやスコットと確認し、署名済みの推薦状を受け取って部屋を出た。  外はすでに陽が落ちており、宿舎に戻るというスコットも退室する。 「なあ、スコット。今日フリードとこの後一緒だろ?」 「はい、深夜巡回です。」  明日明後日は休みか、と考える。 「じゃあ、次の日勤の時、フリードをちゃんと騎士叙任しようか。ディッカーの任命書は渡したけど、騎士叙任はまだだったなーと思ってさ。」  隣を歩くスコットが、少し考えている気配があった。 「この後、推薦状渡しに行くから、叙任の書類の用意もお願いしてくるよ。――フリードには、今夜伝えといてくれる?」  数歩歩いて、スコットの答えがないことを不思議に思い、足を緩める。  振り向いた先には、少し難しい顔をしたスコットがいた。 「――それ、室長が伝えなくても、良いんですか?」 「僕が?――別に良いんじゃない?」  手元に目線を落として、ウィズの推薦状を眺める。 「叙任してくださるのは陛下だよ?僕じゃない。」  誰が言ったって結局同じだって。  そう言って歩き出したアーネストの後を、スコットの重たい足取りがついてきていた。  本部の前でスコットと別れ、書記官の執務室をやや控えめにノックする。 「はい。」 「夜分に申し訳ない。特殊師団のブリュージュです。」 「――どうぞ。」  室内には、いつもの書記官と、補佐の青年とがそれぞれの机でまだ仕事をしていた。 「時間外においでになるのは、珍しいですね。」  手元の書類を避けながら書記官が言い、申し訳ない、と改めて謝罪する。  ソファを示されたが、アーネストは手を前に出してそれを断った。 「今日はこちらをお持ちしただけなんです。――それと、改めて師団のダート・フリードに騎士の叙任をと思いまして。」  差し出した書類を、書記官がわずかに目を見開いて受け取り、じっくりと改めてから、補佐の青年に声をかけた。 「特殊師団の案件ですから、そのまま陛下まで届けてください。」  思いがけない言葉に、また、胃袋をぎゅっと掴まれた気持ちになった。  師団の扱いを協議すると言われていたが、副師団長の推薦状すら、そんな特殊な扱いを受けることになるとは考えてもいなかった。  補佐の青年が、デスクを回って書記官から推薦状を受け取る。そのまま、推薦状はトレイに乗せられた。    少し戸惑って、アーネストが口を開く。 「その…、本部の方でご検討はなされないのですか?」  その言葉にこちらを向いた書記官は、何でもない顔をして答えた。 「急がれた方がよろしいから、こんな時間にお持ちになったのですよね?大丈夫です、内容に不備もありませんし、あとは陛下のお心次第です。」  青年が退室し、扉の閉まる音がした時、アーネストは、知らずに握りしめていた拳の力を抜いた。  ――いいや、自分のできることは、全てやった。 「それから――、」  書記官が立ち上がり、部屋の隅のキャビネットを開く。  いくつかの書類を取り出して、その中の一つを机の上に置いた。 「フリードさんの叙任状はこちらです。師団長が代行なさいますね?」  陛下の名によって発効された叙任状。  それを手に取って、じっと見つめる。 「――はい。私が代行させていただきます。」  これは、自分の仕事だ。  そう思った自分の心をひとなでして、それから部屋を後にした。

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