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第53話 解名
「――はい。」
イヤな予感とも違う、何か掴みきれない違和感に胃の奥を押されながら、閣下の言葉の続きを待つ。
そんなアーネストを見て、宰相閣下がにっこりと微笑んだ。
「今、この時をもって、あなたを特殊室の室長から解任いたします。――と言うか、元々あなたが特殊室の室長に任命されたこともなかったのですけれどもね。」
「は、――え……。」
言葉が喉の奥に張り付いて、何を言うこともできなかった。
覚悟はしていた。
そのための準備もしていた。
だがまさか、自分のことが無かったことにされるとは、
――思ってもみなかった。
「そんな!――閣下、そんなのあんまりです!」
声を上げたのはセドリックだった。室員の中で数少ない貴族階級の生まれであり、このように宰相閣下に声をあげることがどのような意味を持つかわからないわけではないはずだ、
「セドリック、やめろ。……宰相閣下のお言葉は、陛下のお心だ。」
振り返ることなく告げると、それでも何か言い募ろうとしたセドリックの声が途中で不自然に止まった。
抑えた足音がして、自分のすぐ右後ろで立ち止まる。
――ダート。
つい数日前に騎士叙任されたばかりの若者が出てくる場面ではなかった。
だが、名を呼んで下がらせることも、――アーネストにはできなかった。
閣下が室員達の方をチラリと見て、アーネストの後ろにも目をやって、それから面白そうに笑う。
「そうだね。僕は今日、陛下のお言葉を代わりに伝えにきたんだ。だから、しっかり聞いてほしい。」
宰相閣下の目線で、ダートの存在をまざまざと感じた。
それから、先程陛下から確かに副師団長を任命されたウィズも、目線の端で捉える。
大丈夫だ。陛下は、それでもウィズを副師団長に、――つまり次期師団長に推すことを、正式に約束下さった。そう言うことだ。
自分自身を落ち着かせるように大きく息を吸って、胸元の共鳴具を握りしめる。
そこで、見学者達にもざわめきが広がっているのを感じた。
「――解任とのこと。承りました。」
努めて落ち着いた声で応じる。
これが、この師団での最後の仕事。
ならば、最後まで、何事もなかったかのように引き受けてやる。
「陛下のお心に沿うことができず、本当に、残念なお気持ちを抱かせてしまったことかと思います。私の力が至らず、――いえ、私の勝手で、これ以上ご迷惑をおかけすることがないよう、ご指示の通り解任の命を確かに承ります。」
まっすぐに宰相閣下の目を見てそう言うと、閣下になおも問われた。
「すぐの解任で、困ることはないのかな?」
「――お心遣いを、ありがとうございます。問題ございません。……全て引き継ぎが済んでおります。」
背後で、靴が土を踏みにじる音が聞こえる。
頼む、――抑えてくれ。
ここで起きていることよりも、この後起きてしまうかもしれないことの方がずっと恐ろしくて、共鳴具を握りしめる手のひらに力が入る。
その様子を眺めていた宰相が、ふと顔の力を抜いてから言った。
「ごめん、やめよう。――これ以上いじめたら、そこの子にどうにかされてしまいそうだ。」
ひゅっと喉がなり、思わず後ろを振り返りそうになった。
体がびくりと動いた気はするが、振り向いてしまうことはなんとか押しとどめられた。
「それは――どう言うことですか……?」
アーネストの問いかけに宰相閣下は、やれやれとでも言った様子で腰に手を当てた。
「引き継ぎが全部済んでしまってるだなんて、――陛下がお聞きになったら多分ショックを受けてしまうよ。本当に残念だ。」
そう言うと、隣に立つ――かなり胡乱げな顔をした、書記官から、一枚の紙を受け取った。
「そもそもね君、僕さっきなんて言った?」
問われた意味をすぐには理解できず、口を開いて、言うべき言葉を見つけられなかった。
それで、宰相閣下が言葉を続ける。
「僕は、特殊室室長の任を解除する、と言ったし、そもそも特殊室なんてものに君らを紐づけたことはなかったと言ったんだよ。」
「彼らも……ですか?」
閣下の言葉に、さすがに身体中が震えるほどの恐れを感じた。
――自分だけでは、ない?
「閣下、それは……、」
うまく息をすることもできず、途切れ途切れに言葉をつなぐアーネストに向かって、閣下が手のひらを向けた。
「陛下はね、――ご自身が君らディッカーと共にこの国を守るために作った師団が、特殊室だなんて矮小な形で受け入れられてしまっていることを、いたく嘆いておられた。これは――、」
つい、と辺りを見まわし、それからまたアーネストに視線を戻す。
「これは、君ら師団のことをそのように呼称した、私たち全員の犯した罪だ。」
いつのまにか辺りはしんと静まり返っており、閣下の声は広場の中を静かに広がっていった。
「そのため、陛下はこの日、厳に君を「特殊室室長」から解任することをお決めになった。また、改めて特殊師団は改名される。君らは、その師団の師団長ならびに副師団長、団員として任命される。」
閣下は、もう一度あたりに顔を巡らせてから、少しだけ息を吸い込み、微笑んだ。
「君らは、国王陛下直轄の師団、炉環師団となる。今後、間違っても自らを室長、室員などと呼ぶことのないよう。――君らもだ。」
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