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第56話 ただいま

 師団へと戻ってくると、厩舎ではダートとバロウズとが、師団員達の馬の装備を整えていた。 「師団長」  厩舎の入り口から顔を覗かせると、ダートがすぐに気づいて駆け寄ってきた。  落ちかけの日に照らされた瞳がすこし眩しくて、目を細める。 「お待ちしてました。今他の方達の馬は整備終えたところなんです。師団長の馬もお預かりします。」  そう言って差し出された手に、アーネストはそっと手綱を預けた。  帰ってきたな。  と、素直にそう思った。 「ありがとう。――ただいま。」   「はい。――おかえりなさい。」  翌日、任命式。アーネスト達は、王宮の広間で式に臨んでいた。  陛下から直々に新しい師団名を賜り、そして古い師団名の解任が言い渡された。  先日の宰相閣下のなさりようは、つまりアーネストの覚悟を図り、周りへ知らしめるパフォーマンスだったのだろう。  新師団長としての任命状を、陛下自らの手で手渡していただく際には、間近で顔を上げるようお言葉をいただいた。  陛下は、アーネストのモノクルのはまった右目をご覧になると、怪我のことを労るお言葉と共に、それでもこの師団を任せた、というお言葉を下さり、アーネストは――胸が熱くなった。  炉環師団の名前が改めて参列者達へ伝えられ、師団の新しい象徴も披露目された。  円環と、炉に包まれた炎を表す形が合わさった、師団の象徴。  色味の少ない、やや無骨にすら思えるその象徴が、これからのアーネスト達の帰属を明かす標となる。  付け替えた古い徽章を返却し、まっすぐに立った。  師団員達の、誇りを預かる立場だからこそ。 「フリードですか?ご一緒じゃなかったんですか?」  師団の待機室に顔を出し、ダートの居場所を師団員達に尋ねたら、スコットからそんなことを返された。 「なんだって僕がいっつもフリードと一緒みたいなことみんなしていうのさ。前もちょっと思ったけど。」 「だって?そういうもんじゃありません?」  不思議そうにいうスコットの後を引き継いで、ヘイデンが割り込んできた。 「しつちょ……、師団長とフリードは番いでしょ?一緒にいるもんですよ。おれらだってそうです!」 「つがい……」  思いがけないトーンでそんなことを言われて、思わず言葉を失うと、ヘイデンも困ったように返してきた。 「え?違いましたっけ?違わないですよね?」  違わない違わない、と言いながらスコットがヘイデンを連れていくのを眺めつつ、もう少し今の会話を噛み砕いてみる。  ――そういうもん?  これまでに感じたことのある、いくつかの違和感が思い出されては、じわじわ消化されていく、気がした。   「師団長、どうされました?」  振り向くと、アーネストの番いが、そこにいた。 「フリード。――その、伝えたいことがある。」  二人で執務室へと戻り、アーネストは口を開いた。胸から外した徽章を、机の上にそっとおきながら、そう口にする。 「はい。」  すぐ近くでダートの声がした。  いつも、この青年は、自分のそばでじっと待ってくれていたのだということに改めて気づく。  あたたかいな、と思った。  自分の帰る場所が、この青年のいる場所だと思うと、共鳴具が寄り添ってくれている胸の内が、じんわりあたたかくなった。  振り返って、ダートの目を見る。 「――昨日、父に会ってきたんだ。僕はもう、この師団を辞める気にはなれないし、家はもう、僕の帰る場所じゃないと思ったから。」  ダートは、沈黙で話の続きを促した。 「継承権を手放して、やっと、何者でもない、アーネスト・ブリュージュになった。」 「師団長は、自分たちの師団長です。」  アーネストの言葉に、かぶせるようにダートがそう言うので、アーネストの顔には知らずに苦笑が浮かんだ。  退任するつもりでいたことは、幾人かの師団員達から寂しそうになじられたので。 「――うん。そのことは、悪かった。預かった誇りを無碍にしたと反省している。」  ダートが、半歩だけアーネストに近寄った。 「自分たちも、師団長の力になりたいと思っています。師団長の、誇る者達であり続けます。」  真剣な顔でダートが言うので、嬉しくなって頷く。 「うん。――ありがとう。――あと、それから……」  それから、その先に続ける言葉を少し探して、アーネストは口を閉じた。  少しの間、沈黙が二人を包み込んだ。  すると、アーネストの両手をとり、ダートが言った。 「……あの、師団長。」  その、少しためらう様子に、顔を上げて続きを促す。 「うん?」  ダートは、伏せていた目を上げて、そっと口を開いた。 「今、魔力、……渡した方が、いいですか?」  言われた言葉に、ダートの手が包んでいる自分の両手に、ぎゅうと力が入った。  つまり、それは―― 「――い、つから、知って、」  アーネストの手を優しく包み直してダートが言う。 「――事故のあと。師団長が、俺に見せてくださったので。」  そして、ダートはアーネストの両手を持ち上げて自分の肩にかけさせ、自分もその両腕をアーネストの背中にゆるく回した。 「こうしたかった。――そう、教えてくださって、自分が師団長の一番近くにいることを許してくださった。」  ――だから、いくらでも待てました。  ささやくダートの言葉に、自分がもう、とっくに選んでいたと言うことを思い知らされた。  小さく笑い声がこぼれて、体から力が抜けた。  完敗だ。  でも、――全然悪くない。 「――譲渡は、いらないよ。でも、ダート」  少しだけ、ダートのことを引き寄せる。  顔を上げて、鼻先を触れ合わせた。   「――好きなんだ。……俺の、帰る場所でいてほしい。」   「――はい。」  ◇ ◇ ◇  妃殿下への報告  整理番号:八四五の二  件名:ダート・フリード/アーネスト・ブリュージュ組み合わせ  当該組み合わせについて、以下の通り報告いたします。   一.交渉経過  六月六日 相互顔合わせ  九月六日より交渉開始、四度未達成  十月二日 五度目にて交渉成立確認   二.譲渡状況  非視認下・擬遠隔譲渡にて観察  譲渡量十分  受容耐性問題なし  即日より遠隔操作可能と判断   三.健康状態  疼痛・苦痛等の訴えなし  生命・精神活動に異常所見なし  ただし呼吸等軽微な身体反応を観測  譲渡との因果関係は特定不能  (規定に従い追加検証は行わず)  以上をもって、当該組み合わせは制度上の手続きを完了し、安定運用可能と判断する。  魔力資源管理課  歴八四五年 十月二日  セロ・ワーグナー

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