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余韻02 心外

「――しだんちょって、休みの日は何してるんですか?」 「――あ?」  大人しく報告書を書いているかと思ったら、唐突にそんなことをのたまうヘイデンに、胡乱な目を向ける。 「……すいませーん」  大人しく報告書に目線を戻したヘイデンに、少し笑って言ってやる。 「さっさと仕上げて、楽しい休みに入ってこい。」 「はい!」  いつも最後まで書類仕事をやらないのに郷を煮やしたヘイデンの指導役は、ついに「書類仕事」と呼ばれるものが発生するたびに、ヘイデンをアーネストの執務室へ放り込むという暴挙に出始めた。  待機室では、やらせていても周りに雑音が多すぎるのだという。  セドリックが、執務室をなんだと思っているのかと怒り狂っていたが、その点は正直、アーネストにとってはどうでもいい。  ただ―― 「ヘイデン、そこ違う。」 「え、なんで。これ行った場所書くんじゃないの」 「……行った場所の領地名を書くんだよ。領主の名前じゃない」  その言葉にしばし黙って、同じじゃないの?と返すヘイデンに、ダートが無表情で返した。 「違う。」  ――なんで後輩(ダート)先輩(ヘイデン)に教えてるんだ……?  不思議な光景を横目に、アーネストは春先の魔獣駆除対応のシフトを組んでいた。  冬眠していた魔獣達が(驚くべきことに、魔獣も冬眠をする)起き出してくる春先に、師団は毎年ディッカーを派遣し、各地の騎士達と駆除を行う。  この時は、地元の騎士たちと協働するため、普段三人一組で派遣しているのを、二人一組で行かせることになる。  アーネストが悩んでいたのは、ダートと自分の配置だった。 「――――」 「――」  ダートはまだディッカーになって数ヶ月。一人前の戦力として数えるには、ウルラへの貯留量に不安がある。  特にそれが、魔力切れのタイミングが死と隣り合わせになる現場であればなおさら。 「――――!」 「……」 「おい」  さすがにたまらなくなって、アーネストは若手二人に声をかけた。 「「はい」!」  はー。とため息をついて、それから二人に伝えた。 「イチャつくなら外でやれ。」  ここはやはり、副師団長のウィズに頼るところだろう。  そう考えてシフトを書き込みながら言うと、ガタッという大きな音が室内に響いた。 「?」  それきり音がしなくなったのを不思議に思って顔を上げると、椅子を蹴倒して立ち上がったダートが、愕然とした面持ちで突っ立っていた。  ダートの、何やらただ事らしからぬ雰囲気を察したのか、ヘイデンは「師団長、イチャついてないっす!」などと言いながら執務室を飛び出していき、アーネストはダートと二人、室内に取り残されていた。 「――フリード、何ぼーっと突っ立ってる。……ヘイデンが逃げたぞ」  さすがに何も言わないわけにもいかずに、そう声をかけると、ダートは黙って椅子を起こし、アーネストの前までやってきた。 「――なんだ?」  一言も発しない様子に何か不穏さを感じつつ、アーネストがそう促すと、ダートは一瞬唇を噛みしめて、それから口を開いた。 「心外です。」 「――――っ」  あまりに鎮痛な面持ちで口を開くから何事かと思ったら、思いもかけないことを言われて、アーネストは少しの間反応ができなかった。  どころか、なんだか面白くさえあって、口元がむにむにと動いてしまう。  そんなアーネストの口元を見て、ますますダートの表情は暗くなっていった。 「――僕の休暇ぁ?」  仕事にならない。  そう判断したアーネストは、ダートを連れ出して厩舎を訪れていた。  午前のうちに、厩番が綺麗に整備してくれた厩舎内で、アーネストはダートの馬を構ってやっていた。  その後ろから、なにやらしおしおとした様子のダートが、ブラシを握りしめたまま小さくこぼした。 「――師団長は、いつも忙しくしておられるので……。おやすみを取られることは、ないのですよね。」  よくよく話を聞いてみると、ヘイデンから自分の番いを誘い出すためのアイデアを相談されており、それでアーネストの休みの話になったということだ。  しかし、アーネストはほとんど休みを取ることはない。さほど必要に思ったこともない。  早番、遅番、深夜番に丸一日の休みというシフトで勤務する騎士たちと異なり、アーネストは基本的には全て日勤だからだ。  それで、何があればアーネストが休みを取るのかと、ヘイデンが気を利かせて質問してくれた。というのが先ほどの真相らしかった。 「――俺に休んでほしいってこと?」  心配してくれているということなのかな、そう思いつつ聞いてみると、ダートからは少し歯切れの悪い答えが返ってきた。 「それも、そうですが」 「うん?」  振り向いてみると、馬の鼻先で少し背中を押され、アーネストは抵抗せず一、二歩前に踏み出した。そこに、ダートが踏み込んでくる。  近い距離で顔を見合わせると、ダートが腕を上げて、――聞いた。 「触れてもいいですか」 「――勤務時間中だけど……」  上げた手をそのまま下ろして、    ――ダートが一歩さがった。 「――フリード」 「戻ります。――すみませんでした。」

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