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余韻07 ごほうび

 上官のツッコミに、素直に「なんで?」と言う顔をした若者がかわいらしくて、アーネストはそのまま膝をついて身を乗りだし、ダートにキスをした。  唇を合わせるだけのキス。  少し離れてダートの顔を見下ろすと、ダートの瞳孔が開きはじめているのを見つけて、背中がぞくぞくとした。  もう一度唇に触れて、ダートの下唇を柔らかく甘噛みする。  ――キスが好きなのは、自分もか。  ほこりを握りしめたままの手で不器用にダートの背中に腕を回し、口付けをもう少し深くした。  いつもと目線の高さが違うキスは、アーネストが主導権をとりやすくて、楽しかった。  しばらくお互いの唇を求め合って、ゆっくりと顔を離す。ダートがアーネストを追いかけようとしたので、ついばむようなキスをもう一度してから、アーネストは口を開いた。 「スコットがな」 「――は?」  今までの浮ついた空気を切るような、低くて重たい声で、ダートがアーネストの言葉を遮った。 「ん?」 「なん、――何で今、先輩なんですか」  お前……、かわいいか。  腹の底がむずむずするほどダートがかわいくて、  ――それでも今、このかわいさを軽く扱ってはいけないことくらいはアーネストにもわかっていたので、腹に力を入れて口元を引き締めた。 「お前の先輩が、今日はもうあがっていいって言ってたんだけど……」 「あがります。お家にお邪魔します。」  ダメだった。 「ふはっ……、うん。来なよ。」  日中のうちに、ダートを連れ帰ることを決めていたので、この日は自宅で食事にありつくことができた。  先日急にここへ来た時には、食事をとる間もなくお互い没頭してしまったこともあり、翌朝は本当に大変だった……。  湯を使わせて、着替えをさせて、食事をとらせて。それから、手を出させて爪の手入れをしてやって。  そうして過ごしていると、ダートも少しずつ、アーネストが今日何をしたかったのかをわかってきたようだった。 「あの……」 「――うん?」  ヤスリで、短くした爪のカドをとっていると、頭上からダートの声が降ってきた。 「俺も、何かしたいです。」  そんな声に、アーネストは嬉しくなって、顔を上げる。 「何がいい?」  尋ねる口に、口付けを落とされて、それから――道の場所を舌でなぞられた。 「――っ」  何度も触れられるうちに、アーネストはいまや、そこに触れられると、条件反射のようにぞくぞくとしたものが体の中を駆け巡るようになってしまっていた。 「――少し、伸びていますか?」 「ああ、おひげ?」  ダートが頷きだけで返事をして、それからまた唇を唇でくすぐられた。  さわさわ、と。触れるか触れないかのような触れ合い。  答えを求められているのだと気づいて、――アーネストはものすごくためらった。  一度、顔を少し上げて唇を押し当ててから、顔を離す。 「フリードくん。――あれめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。」 「――はい……。」  ――まじか。  目の前の顔が、嬉しそうに微笑んでから、言った。 「めちゃくちゃ、――かわいかったです」  ――――まじか……。  そんなに嬉しそうに言われてしまっては、アーネストには断ることはできなかった。  湯を使った時に、少しでも早く済ませようと――なにしろ準備に時間がかかるので――、髭をあたるのを明日の朝にしよう、としたのが悪かった。  とはいえ、こういう触れ合いがダートを喜ばせるのなら、それは一応やぶさかなことではないのだ。  寝室の暖炉の前に椅子を引っ張ってきて、ひげ剃りの支度が整えられた。今日のアーネストは、目が見えないわけではないので、その支度を自主的にやったし、それでダートに許可を示してみせた。  オイルのボトルはやはり取り上げられて、じっと見つめられたので、アーネストは降参してダートに告げた。 「お願いします……」 「はい。――ありがとうございます」  両頬を、ダートの分厚い手で包み込まれる。  体温を浸透させるように、じんわりと包まれた下で、アーネストはできるだけ心を無にしていた。 「師団長は……」 「――うん?」  ダートがポツリと言う。  それにアーネストが返す。 「今のお立場が、辛いと感じたことは、あるのですか」  静かな問いだった。 「うーん……、」  今の立場、と言うのが、炉環師団長だけを指しているわけではないことは何となく察せられた。特殊師団長だった頃を含め、辛いと感じたことがあるか。  そういう質問だ。  アーネストは、師団ができてからのことを振り返ってみた。  確かに、色々なことがあった。  うまくいかなくて頭を抱えることもあったし、――結局救いきれなかったディッカーもいた。  それでも、この立場そのものがつらい。――そう思ったことはなかった。  ダートの目を見上げて答える。 「ないかな、――それは。」  目線で、ダートが続きを促してきた。 「この立場も、この仕事も、……つらいとか、辞めたいと思ったことは、ないよ。そりゃ」  一つため息をついてから、言葉を続ける。 「任命された直後は、何で俺なんだろうとは思ったけど」  思い出すと、今でも胸が重苦しくなる。  とにかくあちこちに駆り出され、力を求められ、失敗すれば大袈裟になじられ。  ――そうして疲弊していた、ウィズや、ディッカーになりたてだったセドリック達。  アーネストは、昔から自分の魔力量の大きさと付き合ってきたから、魔力が底をつくまで使い切ることもなかったし、そうして求められるたびに、彼らのように負担をかけているウルラのことを気に病むこともなかった。  つまり、――たった一人、健全だった。 「俺しかいなかったんだよね。元気だったの。」 「今は、皆さんとてもお元気です」 「ふは。そうだな、そう言われると、すごく褒められた気分になる。」  手のひらに包まれたままで笑顔になると、ダートがじっとおし黙った。 「……ん?」  口元の道の場所を、親指でなぞられる。そこから腹の中へ、ぞくぞくが落ちていく。 「キス、してもいいですか。」 「――よくできましたのちゅう?」  少し、ダートの目線がうろうろしてから、アーネストを見つめ返して、はい。と返事があった。 「うん。……よくやったって、……俺のこと褒めて。」 「――はい。」  重なって、じっとして、それから離れる。  ダートからのご褒美は、優しいキスだった。 「続きは、後で。」  目を合わせて、小さく頷く。   「うん。」

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