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余韻10 誰の目にも

「師団長、配置図の更新があったそうです。更新箇所に墨入れしますので、終わったらお渡ししますね」 「ありがとう、先ノアに渡しといて。配置が変わったら備品の配備変わるだろ」  執務室の扉を開けて言うスコットの後ろを、折よく兵站専門のノアが通り過ぎ、配置図を引き受けていく。 「師団長ー、セドさんから参列する貴族方の名簿もらってきました。なんか人数増えたみたいです」 「そこ置いといてくれ。誰が増えたか聞いてるか」 「……あー」  口を開けたまま固まるヘイデンの後ろから、事務官のデニスが手を差し出し、私が確認しますと引き取っていった。  時は年の瀬。新年を迎えるにあたっての大掛かりな式典に際して、アーネストは例年通りにディッカーの配置と、詳細の確認、全体指揮をとっていた。  この国の脅威は主に三つ。  天候や流行り病などの災害。  国内の僻地を中心に発生している魔獣。  それから、他国の干渉。  とは言え、昔からルイアナ王国には人間離れした魔法使いがいる。と言うことは他国にもよく知れ渡っていたし、数十年前に発生した、当時の隣国(今はルイアナに併合された)によるウルラの拉致事件の余波は大きかったようで、この国に面と向かって敵対する国はない。  ――まあ、敵対しないから厄介とも言える。  式典では、国内外に炉環師団長の威容を知らしめるため。との口実で、アーネストには魔法によるパフォーマンスをするよう陛下からご下命があった。  パフォーマンスとは……、と頭を抱えたアーネストに、「これが、師団長の仰っていた()()()を要する時、ですね。」とダートが言うので、アーネストは逃げ場すら失ってしまった。  まさか昔の自分の言葉に背中から刺されるとは。  いずれにせよ、陛下のご指示とあらば逃げようはないのだが。    結局、城内外の配置はほとんど例年通りとなった。  全体指揮をアーネスト、陛下がたのおそばを貴族出身のディッカーであるギー、客席周りをセドリック、それから、少しは儀礼的なところをわかっているスコット。  二名は式典翌日の警備のため、待機とした。  城外の指揮はウィズ。その補佐をダートとヘイデンに任せることとした。  また、緊急時の伝令として、申し訳ないがデニスとノアには城門近くの詰所で待機してもらうこととなった。  さすがに、この配置には誰にも文句を言われなかった。  ただ一人、デニスを詰所に待機させることについて、ウィズが少し心配気なそぶりを見せた程度だ。  デニスは、ウィズのウルラなので、――知った時にはその偶然に驚いたものだが、ウィズの悪筆を解読できる者を探したら、当然のように付き合いの長い番いにぶち当たった。と言うことらしい。  それで、その場所には当日は医務課の面々や、各隊の事務方も集まり、ささやかなお祝いムードもありつつ待機となる、という情報をヘイデンから聞いて、ウィズを安心させてやった。  デニスは落ち着いた雰囲気の大人の男性だが、それでもやっぱり、ディッカーからしてみたら、大切にしたくなることに変わりはないのだろう。  配置が決まると、次にアーネストは頻繁に王宮へと通うようになった。  ほぼ全ての余暇と、それから時には執務時間内の時間も使って王宮へと通い詰める理由を、アーネストは師団員達に詳しく説明することはできなかった。  式典準備のため、ということだけ伝え――ダートに対しても、それは変えられなかった――、全ての使える時間を使って、アーネストは準備を進めた。  ――当日。  厳かな雰囲気で始まった式典は、陛下のお言葉に始まり、いくつかの式次第を経て、つつがなく終了した。  式典自体はここまでで、この後は歓談と社交のパーティへと移行する。そして、その合間でアーネストがパフォーマンスを見せることとなっていた。  客席を警備しているセドリックに軽く手をあげて合図をし、アーネストは中央のステージへと向かった。  ステージ前まで来ると、楽団の演奏が終わり、楽団員達が楽器を下ろした。  その様子に、指揮者と頷いてから、アーネストは騎士服のまま、一度陛下がたへ向き直って一礼し、来賓にも一礼した。  騎士がステージ前にいるという異様な光景に、場内の注目が集まり、ざわめきが、一瞬静かになった。  魔法は、イメージ。  アーネストは、一歩ずつステージへと階段を上がった。  この式典の広場は、中央の広間に向けて緩いすり鉢状に構成された場所で、楽団のいるステージも、広間からは迫り上がっているが、客席や陛下がたのおられるフロアからは低い。  それで、アーネストはステージに一歩踏み出すごと、足元から白い光の花を咲かせる演出を見せた。  式典とパーティの間をつなぐ華やかな演出に、あちらこちらから歓声が上がる。    ――よし。  人の目を惹きつけた、という手ごたえを感じて、心の中で拳を握る。まずはここから。  壇上、演者の不在であったピアノに向かって歩みを進め、到着したタイミングで、全ての光の花をピアノの筺の中へと納めた。  陛下がたへ向かってもう一度。来賓にも。  その度、アーネストの礼に従ってピアノから光の花がこぼれ落ちてはステージを這い広がり、消える。  いまや、場内の視線はすべてアーネストのもとに集まっているようだった。  一度だけ、胸元の共鳴具を優しく叩く。  この合図に、気づかれなくてもいい。ただ、自分が伝えたかった。  椅子に浅く腰掛け、鍵盤に指を乗せる。  楽団が一斉に楽器を構え、  ――一音。  柔らかく伸びた音につられて、光の花が筺から中空へと舞い上がる。  もう一音。二音。……続けて、小さなフレーズ。  誰もがよく知る、馴染みのあるメロディ。  国王陛下や、各国の来賓の前で披露するにはあまりにもシンプルなそれが、ピアノから広がるたびに軽やかな光の魔法に彩られ、可憐なメロディラインを紡いでいた。  一つのフレーズを弾き切り、同じフレーズの繰り返しに入ると、続けて楽団からいくつかの楽器が同じフレーズを追従した。  アーネストは、音の重なりに合わせて光の魔法を増幅させ、別の色の花を咲かせた。  可憐な一筋の花のラインだったものが、広がりながら場内に行き渡り、次の繰り返しでは、吹き抜けを超えて、星の瞬く空へと広がっていく。  やがて、楽団の全員が音を奏でるころ、ピアノから広がる色とりどりの魔法は、城下の至る所へ光の花を降らせていた。    ――あの目にも、この光が映っているといい。    最後のフレーズでは、光の花を次第に収束させ、  妃殿下のお手元へ、最後の一輪をお届けした。

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