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余韻18 覚める
「とにかく、今日は帰って、お相手の方としっかり考えなさい。お相手の家のこともあるだろう」
そういうと子爵は立ち上がり、メイドを呼んだ。
確かに、アーネスト一人で考えるべきことではない。
そう考え、アーネストも腰をあげかけた。
「そうはいえ、あまり時間の猶予はないぞ。ニコラスはもう早速自分の縁談をまとめてきたからな。来年には結婚するだろう」
「――やっぱり、俺の縁談じゃなかったじゃないですか!」
お前の話もたくさんあったろう。子爵はそう言って笑うと、一通の手紙をアーネストに差し出した。
「婚約式の招待状だ。兄宛に出させるのか、それとも他家の当主として改めさせるのか、ニコラスに伝えてやりなさい」
「――はい。」
ダートと話をしよう。
――ちゃんと。
そう、改めて考えながら、その招待状を受け取った。
「ニコラスの縁談、早くないですか?」
「跡を継ぐ条件に、自分で相手を選ばせて欲しいというのでな。
許してやったらさっさと整えてきたぞ。この辺りは、お前よりずっと上手だな」
「……それはそれは。」
家のことを押し付ける形になったニコラスには、申し訳ない気持ちがなかったわけではない。
だが、それがニコラスが欲しいものを得る足がかりの一つになったのなら。
少しは、良かったと思ってもいいのかもしれない。
師団に馬を戻して、私邸に帰るともう夜だった。
あと数時間でダートは深夜番に出る頃合いだ。
後で起こしてやろう。
そう思いながら玄関を開けると、家の中の空気は温かく、居間に続く扉からはほのかな灯りが漏れ出ていた。
「――ダート……?」
扉を開けてみると、暖炉の前の長椅子からはみ出している頭が見えた。
揺れる火に照らされた頭は、じっとして動かない。
そっと近づいてみると、ダートは椅子の肘掛けに窮屈そうに頭を預けて、目を閉じていた。
――こんなとこで寝るなよ……。
そうっと頬に指を寄せる。
指の背で確かめると、頬は温かく、体が冷えていることはなさそうだった。
「――っ」
その手を、思いがけず素早く掴まれて、肩が揺れた。
うっすらと開いた瞼の奥、まだ焦点を結びきらない灰青色の瞳が覗く。
「起こしたか……?ごめんな。ただいま」
「しつちょう……」
「うん」
寝起きの、舌ったらずの呼びかけに思わず眉が下がった。
しゃがみ込んで、唇を寄せる。
一瞬だけ触れ合わせて顔を離すと、ダートの目は、ゆっくりとアーネストを捉えた。
「こんなところで寝てたらダメだよ、ダート」
「……おかえりなさい……」
なんだか、まだ夢うつつのような返事に、頭をくしゃくしゃとなでる。
「ただいま。まだ勤務まであるだろ、寝台に行っておいで。起こしてあげるから」
ため息のような、返事のような、
声になりかけの音がダートの喉から漏れて、アーネストの手のひらを掴んでいた指に、力が入った。
「うん?」
ゆっくりと、ダートが体を起こす。
ダートが腹筋だけで体を起こす時の、脇腹の締まり具合が好きだ。
服を着ていると見えないけれど、のっそりと起き上がる体を眺めて、いつもの好きなところをちょっと想像した。
しゃがみ込んでいた体勢のまま、ダートを見上げる。
ダートは、長椅子から投げ出していた足を下ろして、アーネストに向き直った。
「おかえりなさい。お待ちしていました」
「うん」
そのまま、ダートの腕が伸びてきて、体を持ち上げられた。
自分でも足に力を入れて腰を上げると、引き寄せられてダートの足の間に収められる。
最近の恋人は、アーネストをここに収めるのが大好きなようだ。
「寝ないの?」
「もう寝ました」
嘘だあ。
そう思ったが、ダートに自分の管理ができないとは思っていないので、アーネストは口を閉じたままにしておいた。
昨日のことを聞きたいんだろうな、とも思う。
引き寄せられたまま、顔を巡らせて少し伸び上がり、頬に唇を寄せる。
「今日ね、家に行って話を聞いてきたよ」
アーネストに向き直ったダートの目を見つめながら、少し考える。
暖炉の火を映して、いつものうるうるお目目がゆれていた。
下唇を舐めて、湿らせる。
「ダート」
顔を寄せてもいいのか、今はダメなのか、自分に聞いてみた。
ただ、もうこんなにすっぽり包まれていて、かっこつける段階でもない気はする。
少しだけ、口が震えているのを自覚しながら、鼻先だけでダートに触れた。
「ね、俺の……奥さんになってくれるかな」
ゆっくりと、ダートが二回、瞬きをした。
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