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余韻20 帰り道に

 師団の面々からそれほど心配されていたことに、ほんの少しだけ打ちのめされながらも、アーネストはその日の仕事を終えた。  もしかするとまだ、アーネストが気付いていない失態があるのだろう。 一度や二度のことであれば、ああまで言われることはないだろうから――    父の指摘が脳裏をよぎる。  ――ダートを不安にさえさせなければ、  とりあえず自分に合格を出してやろう。  暖炉の火が小さくなっていることを確認し、アーネストは執務室を出た。 「師団長、フリードが迎えにきていましたよ」  廊下を来たセドリックが、そうアーネストに告げた。 「……迎えに?」  小さく肩をすくめて、セドリックは訓練場に続く廊下を見やった。 「あいつ今日深夜番明けですよね?鍛錬してますよ」 「――ああ」  こういうことか。  アーネストとダートが、これ以上すれ違ってしまわないように。  こうして気を配ってもらっていた。  そのことに気づいて、思わず眉が下がった。 「ありがとう。拾って帰るよ」  幼かった頃、父にキツく叱られた日に、ただ隣にいてくれた弟を思い出す。  あの時は、変なプライドで弟には何も言えなかったけれど。  軽く頭を下げて踵を返したセドリックを見送り、アーネストも訓練場へと足を進めた。  訓練場では、ダートは専任教官と木剣を交えて手合わせをしていた。  私服に軽装鎧の出立ちに違和感を覚えると、訓練場の端にいたノアに頭を下げられた。 「すみません、フリードくんは師団長に会いに来たんですよね、きっと」 「ああ、――いいよ。フリードも練習になるだろ」  ノアの言葉に、ダートは鍛錬に付き合わされていたらしいと察した。  恋人の距離で接すると大きいな、と思うダートもまだ成長期。  大男の部類に入る教官と手合わせをしていると、まだこれからという風情ではある。  基本のよくできたダートの剣を、実戦で慣らした教官の剣筋がいなす。  ダートは剣技を放つ際に、無意識で空間魔法を行使している節がある、と教官から指摘されたところだ。  魔力切れになった時の動き方を理解していなければ、騎士としては致命的だと指摘をうけて、ダートはこのところ隙があれば指導を受けさせられていた。  アーネストからしてみると、教官について来られる数少ない人間と、手合わせをするのがただ楽しいだけに見えはするが。  何合かやり合ったのを見届けてから、教官に声をかける。 「ローグさん、そろそろしまいです。そいつ今日非番ですんで」 「――来たのか。フリード、しまいだ。踏み込みの足、あと半歩出せるように練習しとけ」 「……っ、はい。ご指導、ありがとうございました」  息を整えながら鍛錬の礼を言ったダートは、腰を折って頭を下げると、小走りでアーネストに駆け寄った。 「師団長、お疲れ様です」  ダートの額に光る汗に、少し目を奪われた。  そこそこ付き合わされたとみえる。  思わず手が伸びて、指で汗を拭った。 「お疲れ。――帰ろ」  そう言ったアーネストを、少し眩しそうに見たダートは、はい、と小さく頷いた。  後ろを向かせて鎧を外してやり、それから木剣と共に片付ける。  ノア達が片付けの途中だったというので、その先は二人に任せて、アーネスト達はそのまま帰ることにした。  ダートの汗を拭いてやりながら、ほんのちょっとだけ、今ここでキスしたいなあ。と思ってしまったので。 「魔法を使わない手合わせは、慣れてきた?」  帰路を歩きながら、ダートに話しかける。 「いえ、まだ……。無意識に使ってしまっては、お叱りをいただきます」  あはは、と笑い声がこぼれる。  ダートにかかると、叱責も、いただくものになる。  変に真面目で、そこがかわいい。 「まあ、いざという時の君を守るための訓練だからね。しっかり使い分けできるようになろう」 「はい。励みます」  そう言ったダートの前髪を、春めいてきた風が少し揺らした。    春の訪れの早い南方へは、すでにギー達が魔獣討伐へ向けて出発した。  近いうちに西方東方へ向かう者たちも出発し、少し遅れてから北方へも向かう。  そうなるとしばらくの間、中央に残る師団の戦力は、アーネストとダートの二人だけになる。  二人でシフトをカバーすることになるので、その時期はかなり忙しくなるだろう。  だから、アーネストは、ダートと早くこの話をしておきたかった。 「ダート。……お前のご家族って、どんな方?」 「家族、ですか?」  足の運びはそのままに、ダートはアーネストの顔を見た。  アーネストも、ダートの顔をみて、それから少し笑う。 「結婚は、俺たちだけでできるものでもないだろ。  ……ご両親はお前の結婚のこと、家のこととか、どう考えているのかなぁってさ」  貴族でないことは知っていたが、騎士養成所に子供をやれるほど余裕のある家であれば、それなりの家であることに間違いはない。  そうした家の場合、子供に家をつないで欲しいと考えるのは自然なことだ。  同姓同士では、特別な場合を除いて伴侶として法的な権利もないし、そうした面でいい顔をされないケースが多いことも承知している。  それでも。  自分が手に入れたカードを切れるならば、少なくとも法的な伴侶となることは可能なのだ。    可能性はある。  アーネストはそう考えていた。  目線の先で、ダートは少しのあいだ口をつぐんで、それから前を向いた。 「両親は、すでに亡くなっております。今は、養い親が一人」 「……えっ、そうなの?」  思いもかけない応えに、歩きながらする話ではなかったと焦りを感じた。  思わず、ダートの袖口を掴む。 「ごめん、こんなところで聞いていい話じゃなかった」  ダートは、小さく目を見開いて振り返ると、アーネストの顔を見て、なんてことないように笑った。 「室長、大丈夫です。もう、ずっと前の話です」  そう言ったダートは、袖口をつかんだアーネストの手をひょいと掴み返して、指と指とを絡ませるように手を繋いだ。  繋いだまま、手のひらを親指でなぞられる。 「あ、ばか。やめろって」  くすぐったさに手を引っ込めようとすると、ダートが面白そうに笑って言った。 「室長。……こんなところですることじゃ、ないですか」 「お前――……っ」  くいと引き寄せられて、笑んだ目のままのダートに、一瞬唇を奪われた。 「早く、帰りましょう。」  ほんのわずか、押し付けられただけのキスに目を瞬いていると、足早になったダートに手を引かれた。  正直、共鳴具が告げるときめきの奔流なんて、ほんのかわいいものに過ぎなかった。  恋人同士になってから、そのことを毎日思い知らされているけれど。  絡め取られた手指に、身体中の体温が上がって、胸の内がぎゅうと引き絞られて、  わかりやすい顔をしている、自覚があった。 「……うん」

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