80 / 82

余韻22 帰る場所

 体を清めて、きちんと準備もして――  このところ、その「準備」に興味津々の恋人は、しきりとアーネストに手伝いを申し出るのだが、今日も断ってしまった。  けれど、問答無用で手伝われることがあれば、それもまたアリではある。  本当は、……ダートにされて嫌なことなんて、何もないので。 「養い親殿とは、どんなご関係なの?」  汗を流してさっぱりしたダートの頭に指を突っ込んで、風魔法で風を送ってやる。  こうしておいてやると、朝になっても寝癖がつかないので、その分支度の手間が減らせる。  ダートは寝癖にあまり頓着しないけれど、ダートの気の抜けたところを、アーネストはあまり人に見せたくなかった。 「母の弟です。独身ですので、養子縁組しているわけではありませんが」 「――ああ。じゃあ、君はお父上の家の人、ということになっているんだね」  ダートは軽く頷いて、また口を開いた。  アーネストの指先が、ダートの髪の毛を追いかける。 「代々騎士の家系でして、それほど親類はおりません。フリードとしては俺一人で、あとははとこが一人」 「そうなのかい?」  ダートのこめかみから指を差し込み、地肌をなぞってやると、ダートが目を細めた。  その様子がかわいくて、おでこにキスを落としてやる。  ソファに座ったダートの前、アーネストは膝を乗り上げてダートを閉じ込めていた。  別に、先ほどの意趣返しではない。 「養い親も独り身ですし、俺の結婚や、例えばその子供などにはそれほど興味はないと思います」 「――そうかなぁ?」  アーネストだって、よく知らないけれど――  独り身で、子供を引き取って育てるのは、並大抵の覚悟ではない。  ましてや愛情がなければ、ダートがここまでまっすぐに、眩しいばかりの青年になることなんてなかったはずだ。  きちんとご挨拶をして、ダートの手を取ることを許していただくべきだと思った。  うなじから指を這わせて、頭頂部までなぞりあげると、ダートは軽く目を閉じて、また開いた。  目があって、ダートは少し口に力を入れてから、アーネストの耳元あたりに目線をやった。  ダートの腕が持ち上がり、アーネストの腰へと回される。 「ただ、もしお会いいただけるのなら、……その、とても嬉しいですが……」  視線を少し逸らしたまま、ダートが言った。  耳のあたりがうっすら赤い。 「……いいの?」  思わず聞き返してしまってから、  あ、やばい、と思った時にはもう遅かった。 「はい。……その、会っていただけたら、きっと」  言いながら、少しだけこちらを見た。  その目が、期待を隠しきれていない。 「――そっか」  次の瞬間には、もう腕が伸びていた。  ダートの頭を抱き込むと、それに合わせてアーネストの腰も引き寄せられる。  ダートの頭が少し動いて、胸元の共鳴具が鼻先でつつかれた。 「……ん?」  ダートの胸元にも、同じ共鳴具がかけられている。  二人の、繋がりの証だ。  ダートが顔を上げる。  その頬が柔らかく緩んでいた。 「俺は、……何をすればよいですか」  その言葉に、ほんの少し腰を落として、唇を寄せる。  ダートが口を開いて受け入れて、しばらくそこで会話をした。 「……っは」  キスと一緒に、お互いの体をなぞりあってしまって、息が上がってきた。  顔を少し離してから、完全にダートの太ももの上に座り込む。  追いかけてきた恋人の唇をついばんで、額を合わせた。 「俺の家族にも、会ってくれる?」 「……はい。もちろんです」  少しだけ、固い声でダートが言う。  アーネストは目を細めて口を開いた。 「父上には、恋人が男なことも、その恋人と添い遂げたいことも伝えてあるよ。その上で――」  鼻先を触れ合わせる。  安心して欲しかった。 「君と一緒になるための、やり方を教えてもらった」 「……やり方」 「うん」  額を離して、ダートの頬に手をやる。  少しだけ考えて、それからアーネストは口を開いた。 「ダート、俺をお婿さんにしてほしいな。フリードの家の」 「…………は、い?」  思った通りの反応に、アーネストは小さく声を立てて笑った。 「ええとね……」  それから、ダートに少しずつ説明する。  まずは、準結婚という婚姻制度について。  貴族家の当主のみに許された特権で、家を整えるための救済措置であること。  同性でも差し支えないこと。  ――重婚は許されないため、お互いが唯一無二となること。  それから、アーネストの小子爵という個人爵位に加えて、妃殿下から名誉爵位の打診を頂いていること。  これにより、アーネストは家の当主となることができること。  そこで、ダートが一度ゆっくりと瞬きをした。  アーネストも、ゆっくりと頷いてみせる。 「それで。……フリードの家を、俺に継がせてほしいな。ダート」  ダートの手のひらが、アーネストの腕をなぞって、二の腕を掴む。  引き寄せられて、アーネストは抵抗することなくダートに体を寄せた。 「名実共に、僕の帰る場所になって」  背中に腕を回されて、ぎゅうと抱きしめられて――  子供のようにただ、しがみつくように抱きしめられて、アーネストはそれを受け止めた。 「……はい。……ぜひ」  少し震えるダートの声に、アーネストは頭を預けた。    ダートにとっても、  自分がそうだといいと思いながら。

ともだちにシェアしよう!