64 / 77
第64話 誰に逢いたいの?
剛は空虚だった。まだそれほど時間が経ったわけじゃない。けれど、会えない時間は長く感じる。
クラブの営業時間は朝5時までだ。5時過ぎに始発が出る。
剛は一人で駅への道を歩いていた。
(帰りたくない。このままどこかへ行ってしまいたい。)
剛は東京駅で乗り換えた。そのまま外房線に乗って一ノ宮を目指した。
うろ覚えの和菓子工場を探す。スマホで『山辺菓子舗』を見つけた。
(こんな朝早くで工房にいるかな?)
タクシーを降りて工房に向かった。あかりがついている。もう日が登って外が明るい。
工場に隣接した工房のドアを叩く。
「おはようございます。」
中から航が走って来た。
「剛、早いな。」
航の顔を見たら涙が溢れて来た。
「剛、どうした?」
「うん、仕事帰りなんだ。朝まで仕事だった。」
航が手に持っていた布巾で涙を拭いてくれた。
「あんこ、煮てたんだよ。
あっ、佐藤さん!鍋見てくれる?
俺、ちょっと抜けるわ。」
「ごめん、仕事中に。」
「大丈夫だよ。工場の隣に俺の家があるから、
行こう。」
航に案内されて家に行った。和風の豪邸で
玄関脇の引き戸を開けてすぐの階段を上がった。
意外な、広い洋室だった。水回りが付いていて独立している。
「なんか、ここだけでちゃんとした家みたいだね。キッチンもあるんだ?」
「ああ、親父が、嫁が来ても暮らせるように新婚用に建ててくれたんだ。
母屋にくっついてるけど独立してる。」
女連れ込み放題だ、と笑う。
「あり得ないけどな。」
ソファに並んで座った。
「剛は俺に何か話があったのか?」
ハワイ以来だった。ハワイでも、往きは一緒だったが帰りは別々だった。剛は青木家と一緒に
ファーストクラスに乗せられた。
なんだか仲間はずれみたいで寂しかった。勝手に決められた事が恨めしかった。
エコノミーで安いチケットでもみんな一緒が良かった。
帰ってからもペントハウスで暮らすのは気づまりだった。有人ならわかってくれるかもしれない。大仁にはわからないだろう、と勝手に思った。
もしかしたらこの兄弟は、剛とは全く違う価値観を持っているのかもしれない、と気付いてしまった。
この気持ちを航に説明するのは難しい。
剛も苦労をした事がないのだった。
ともだちにシェアしよう!

