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第8話
前回の愛斗は、柳田とのハプニングに見舞われましたね。
動揺する愛斗はどうなるのか!?
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取り敢えず自分も立たなければと愛斗が思っていると、厨房のムードメーカーである近藤が近寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…。何でもないよ」
近藤が差し出した手を掴んで、愛斗は立ち上がった。
「ありがとう」
「いえ。でも、気を付けてくださいね。シェフが怪我したら俺たちどうすればいいのか…」
「悪かったよ。気を付けるから。さ、仕事に戻ろう」
愛斗は気丈に振る舞ったが、内心では早打ちする心臓に落ち着かないでいた。
モヤモヤしながらも、愛斗は一心不乱に料理に専念した。
まるで自分の雑念を払うように…。
集中しなければ味に影響するだろうし、怪我だってしかねないから。
そもそも、集中できないようならプロとして失格だ。
閉店後、片付けを済ませたスタッフたちは順々に帰っていく。
その間、愛斗は翌日の仕込みをしていた。
それが終わり帰ろうとしたところ、人の気配を感じたのでその方向を見ると、厨房の出入り口で柳田がこちらを見ているではないか。
「まだ、いたのか?」
「えぇ。明日の予約確認などをしていました」
そう言うと、無表情の柳田がこちらに近付いてくる。
「ど、どうしたんだよ…」
「シェフも、まだ残っていたんですか?」
「あぁ…。明日もバタバタしそうだから、仕込みしてたんだよ」
そう言う間にも、柳田は距離を詰めてくる。
「そうでしたか…。ところで、今日女性のお客様を見ていましたよね」
「え?そうか?」
「はい。ああいう女性が好みですか?」
そう問う柳田の声は、何かを堪えているようであり、怒りが込められているようだ。
一体、なぜそんなことを聞くのだろうか、愛斗にはさっぱり分からない。
「べ、別にそんなんじゃないって…」
「ではなぜ?」
ますます柳田との距離が狭まり、愛斗は背中が大型冷蔵庫にぶつかりそうになるほど追い詰められた。
『何なんだよ、一体…』
「夏用に開発した料理を美味しく食べてくれてるか、気になったからだよ。それだけだ!」
顔を赤くしながら答えた愛斗。
「本当に、それだけ?」
自分より背の高い柳田になぜか詰め寄られるような形になってしまい、愛斗の心臓の鼓動が早くなる。
柳田が近くにいるのに、この状況から逃げたくなってしまう。
「そ、そうだよ…特に他の意味なんてない…てか、何でそんなこと気にするんだ?」
「…別に…。ところで、営業中のことは忘れてください」
「営業中のこと?」
射貫くような目で柳田が言った「営業中のこと」とは、キスしてしまったことを指しているのだろう。
愛斗もすぐに厨房でも出来事を思い出した。
「あぁ…あれか…。忘れられると思ってんの?」
なぜこんなことを口走ったのか、愛斗本人にも分からない。
けれど、柳田に忘れろと言われたことが何となく悔しく思えたのだ。
「はい。アレは、”事故”ですから。忘れるんです。私も忘れますから」
「で、でも…」
起こったことは事実なのに、どうして忘れないといけないんだ…。
そう思ったが、同じ職場の者同士だから引き摺るわけにはいかない、と愛斗も考え直した。
「では、そろそろ仕込みは終わりましたか?終わったなら、帰りましょう。もう遅いですから」
そう言うと、柳田は店内の見回りを始めた。
必要な仕込みは終えたので、後は帰るだけだ。
動こうとするのに、なぜか釈然としない気持ちが愛斗の心の中に渦巻いた。
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お読みいただきありがとうございました。
あの”ハプニング”を「忘れろ」と言われてしまった愛斗。
ますます柳田の心が分からなくなる!?
次回をお見逃しなく!
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