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第1話 ともだち

 ――ほんとこの人、体は大切にしてほしいけど、なんか憎めないんだよなあ。  背中のあざに軟膏を塗り、ガーゼをあてる。    一旦それをそのままにして、肩の擦り傷へ別の軟膏を乗せると、肩がわずかに指先から逃げた。  それ以上逃げていかないよう、相手――騎士見習いのヘイデンの肩を掴む。   「それ痛いー。」 「傷になってますから、我慢してください。」  傷口を洗った時には何も言わなかった男が、軟膏を塗った程度で弱音を吐くのに、つい冷たい口調になってしまった。   「広げる時は優しくしてね。沁みるから。」    リオネルの言葉にへこたれず、ヘイデンはなおも言い募った。  ヘイデンはとにかく怪我が多い。  若手だから、しごきや巡回での無茶もあるのかもしれない。 「そこまで沁みる薬じゃありませんから、少し我慢してくださいね。」 「うん……」  指先で、できるだけそうっと、軟膏を塗り広げてやる。  まあ、打ち身はともかく、傷口に薬を塗るのが全く痛くないことはない。  広げ終わって、そこにもガーゼを乗せると、リオネルは包帯を取り出し、ヘイデンの肩口から胸囲へぐるりと巻きつけていく。    騎士の大きな体に、少し手が届きづらいのはいつもの事。  諦めて半ば抱きつくように包帯を巻いていると、ヘイデンの柔らかくウェーブした髪の毛がリオネルの鼻先をくすぐった。 「はい、こっち向いてください。」  包帯を何周かさせたあと、体を正面に向けてもらう。  少しかがみ込み、体の横――脇腹のあたりで結び目を作った。  少し長く残った包帯の端がひらひらと揺れると、ヘイデンがたまらないというように身をよじって笑い出した。   「ひえぇ、駄目だそれ、くすぐったい」 「――あ、ごめんなさい。」    慌てて包帯の端を指ですくい上げる。  すると、リオネルの指がヘイデンの脇腹を撫であげてしまった。    ヘイデンが脱力するような声で悲鳴をあげる。   「ふひぃ、やめてー」    思いがけない反応に、思わず指を引っ込めた。   「もう……、すみません。」    憎めないというか、困るというか。 「ああ、リオネル。さっきの子はもう帰ったのかい?」    軟膏を片付けて手を洗っていると、医務官のサミュエル先生が処置室へとやってきた。   「先生。はい、先程戻りました。  服も破れていて、かなり痛々しかったです……」  先生は、診察用の椅子に腰掛けると腕組みをしてため息をついた。   「なんだろうねえ……」  まったくだ。 「ああ、それでね、リオネル。」  空気を変えるように先生が言った。  手を拭きながら先生に応える。   「はい。」   「君明日誕生日だろう、18歳の。せっかくの誕生日なんだから、おやすみでも取りなさい。」    言われた言葉に驚いて顔を上げた。  休みを取れと言われたこともだが、自分の誕生日を覚えていてくださったことについても。 「これで君も成人だろう。そんな日くらいご両親とゆっくり過ごしなさい。  おやすみにしていなかったと気づいてなくて、今更で申し訳ないけれど。」   「ありがとうございます。  ――そうですね。確かに、両親にはここまで育てて貰ったお礼を伝えるべきでした。  教えてくださりありがとうございます。」    先生の優しい笑顔に、リオネルもつられて笑顔になった。  翌日。  久しぶりに実家の施療院に戻り、両親とささやかなお祝いをして、リオネルは夜道を歩いていた。 「あれ、医務課の、――えっと、名前聞いていいんだっけ?」    不意に呼びかけられた声に振り向いてみると、準騎士服に身を包んだヘイデンがいた。   「ヘイデンさん。こんばんは。」 「うん、こんな時間にどうしたの?出かけてた?」  にこっと笑いかけられて、つられてリオネルの口角もあがる。   「はい。実家に少し顔を出していました。」    へー、と相槌を打ちながらヘイデンがリオネルの隣に並んだ。   「――巡回中じゃないんですか?」 「ん?うん。ただの見学。俺が勝手にやってるだけ。」  ――それは、叱られない……のか?  一瞬そう思ったが、制服で出歩くだけで咎められるわけもないので、叱られようもないのか。と思い直した。 「俺も帰るから、一緒に帰ろ。ね、――名前教えてよ。」 「――リオネル。」  それを聞いて、ヘイデンがニコッと笑う。 「ん、俺ヘイデン。よろしくね。」  知ってますよ。とはなぜだか言えなくて、うん。と少し軽く返事をしてみる。 「今日、実は処置室遊びに行ってみたんだけどさ」  隣を歩きながらヘイデンが言った。 「え?処置室に?」  処置室は遊びに来るところじゃないぞ。  そう思って尋ねると、ヘイデンはへらっと笑った。 「今日非番で暇だったからさ。ちょっとね」  軽い返事に目をまたたくと、ヘイデンはさらに言葉を続けた。 「リオネルおやすみって聞いてさ。  なーんだ会えなかったなーって思ってたから。今会えてラッキーだった」 「ラッキーって……」  急にそんなことを言われて言葉を失っていると、ヘイデンは「あっ」と言ってから口元を押さえた。 「遊びに行ったわけじゃないよ。ガーゼ変えてもらいに行っただけ」  口元を押さえたまま言うヘイデンに、思わず頬がゆるんだ。 「ふっ、はは。  ――ヘイデンさん、心の声が全部漏れてる」  遊びに来たんだなあ。  なんだか素直にそう思って、力が抜けてしまった。 「ヘイデンでいいよ。  ――その。いつも遊びに行ってるわけじゃないよ……」  しょんぼりとした顔で言うヘイデンはまだ口元を押さえたままで、もう耐えきれなくて大声で笑ってしまった。 「――っはは!知ってるよ!」  なんだろう。  ただの困った患者さんから、急に友だちになった感じ。  しかも、    ――憎めないかわいいやつ。    昨日から積み重なっていたあったかい気持ちが、また、少し増えた。    

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