1 / 8
第1話 ともだち
――ほんとこの人、体は大切にしてほしいけど、なんか憎めないんだよなあ。
背中のあざに軟膏を塗り、ガーゼをあてる。
一旦それをそのままにして、肩の擦り傷へ別の軟膏を乗せると、肩がわずかに指先から逃げた。
それ以上逃げていかないよう、相手――騎士見習いのヘイデンの肩を掴む。
「それ痛いー。」
「傷になってますから、我慢してください。」
傷口を洗った時には何も言わなかった男が、軟膏を塗った程度で弱音を吐くのに、つい冷たい口調になってしまった。
「広げる時は優しくしてね。沁みるから。」
リオネルの言葉にへこたれず、ヘイデンはなおも言い募った。
ヘイデンはとにかく怪我が多い。
若手だから、しごきや巡回での無茶もあるのかもしれない。
「そこまで沁みる薬じゃありませんから、少し我慢してくださいね。」
「うん……」
指先で、できるだけそうっと、軟膏を塗り広げてやる。
まあ、打ち身はともかく、傷口に薬を塗るのが全く痛くないことはない。
広げ終わって、そこにもガーゼを乗せると、リオネルは包帯を取り出し、ヘイデンの肩口から胸囲へぐるりと巻きつけていく。
騎士の大きな体に、少し手が届きづらいのはいつもの事。
諦めて半ば抱きつくように包帯を巻いていると、ヘイデンの柔らかくウェーブした髪の毛がリオネルの鼻先をくすぐった。
「はい、こっち向いてください。」
包帯を何周かさせたあと、体を正面に向けてもらう。
少しかがみ込み、体の横――脇腹のあたりで結び目を作った。
少し長く残った包帯の端がひらひらと揺れると、ヘイデンがたまらないというように身をよじって笑い出した。
「ひえぇ、駄目だそれ、くすぐったい」
「――あ、ごめんなさい。」
慌てて包帯の端を指ですくい上げる。
すると、リオネルの指がヘイデンの脇腹を撫であげてしまった。
ヘイデンが脱力するような声で悲鳴をあげる。
「ふひぃ、やめてー」
思いがけない反応に、思わず指を引っ込めた。
「もう……、すみません。」
憎めないというか、困るというか。
「ああ、リオネル。さっきの子はもう帰ったのかい?」
軟膏を片付けて手を洗っていると、医務官のサミュエル先生が処置室へとやってきた。
「先生。はい、先程戻りました。
服も破れていて、かなり痛々しかったです……」
先生は、診察用の椅子に腰掛けると腕組みをしてため息をついた。
「なんだろうねえ……」
まったくだ。
「ああ、それでね、リオネル。」
空気を変えるように先生が言った。
手を拭きながら先生に応える。
「はい。」
「君明日誕生日だろう、18歳の。せっかくの誕生日なんだから、おやすみでも取りなさい。」
言われた言葉に驚いて顔を上げた。
休みを取れと言われたこともだが、自分の誕生日を覚えていてくださったことについても。
「これで君も成人だろう。そんな日くらいご両親とゆっくり過ごしなさい。
おやすみにしていなかったと気づいてなくて、今更で申し訳ないけれど。」
「ありがとうございます。
――そうですね。確かに、両親にはここまで育てて貰ったお礼を伝えるべきでした。
教えてくださりありがとうございます。」
先生の優しい笑顔に、リオネルもつられて笑顔になった。
翌日。
久しぶりに実家の施療院に戻り、両親とささやかなお祝いをして、リオネルは夜道を歩いていた。
「あれ、医務課の、――えっと、名前聞いていいんだっけ?」
不意に呼びかけられた声に振り向いてみると、準騎士服に身を包んだヘイデンがいた。
「ヘイデンさん。こんばんは。」
「うん、こんな時間にどうしたの?出かけてた?」
にこっと笑いかけられて、つられてリオネルの口角もあがる。
「はい。実家に少し顔を出していました。」
へー、と相槌を打ちながらヘイデンがリオネルの隣に並んだ。
「――巡回中じゃないんですか?」
「ん?うん。ただの見学。俺が勝手にやってるだけ。」
――それは、叱られない……のか?
一瞬そう思ったが、制服で出歩くだけで咎められるわけもないので、叱られようもないのか。と思い直した。
「俺も帰るから、一緒に帰ろ。ね、――名前教えてよ。」
「――リオネル。」
それを聞いて、ヘイデンがニコッと笑う。
「ん、俺ヘイデン。よろしくね。」
知ってますよ。とはなぜだか言えなくて、うん。と少し軽く返事をしてみる。
「今日、実は処置室遊びに行ってみたんだけどさ」
隣を歩きながらヘイデンが言った。
「え?処置室に?」
処置室は遊びに来るところじゃないぞ。
そう思って尋ねると、ヘイデンはへらっと笑った。
「今日非番で暇だったからさ。ちょっとね」
軽い返事に目をまたたくと、ヘイデンはさらに言葉を続けた。
「リオネルおやすみって聞いてさ。
なーんだ会えなかったなーって思ってたから。今会えてラッキーだった」
「ラッキーって……」
急にそんなことを言われて言葉を失っていると、ヘイデンは「あっ」と言ってから口元を押さえた。
「遊びに行ったわけじゃないよ。ガーゼ変えてもらいに行っただけ」
口元を押さえたまま言うヘイデンに、思わず頬がゆるんだ。
「ふっ、はは。
――ヘイデンさん、心の声が全部漏れてる」
遊びに来たんだなあ。
なんだか素直にそう思って、力が抜けてしまった。
「ヘイデンでいいよ。
――その。いつも遊びに行ってるわけじゃないよ……」
しょんぼりとした顔で言うヘイデンはまだ口元を押さえたままで、もう耐えきれなくて大声で笑ってしまった。
「――っはは!知ってるよ!」
なんだろう。
ただの困った患者さんから、急に友だちになった感じ。
しかも、
――憎めないかわいいやつ。
昨日から積み重なっていたあったかい気持ちが、また、少し増えた。
ともだちにシェアしよう!

