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第2話 機密
温かい気持ちで宿舎に帰ると、リオネルは室内の異変に気がついた。
扉、――騎士団の魔力資源管理課と直接つながる扉の下に、封書が顔を覗かせていた。
「――うわあ。久々。」
入団した時に、この扉のことは説明を受けていた。
管理課と直接つながり、人目につかずに人の行き来を行うためのものだ、と。
久しぶりの通達の封書を扉の下から引き抜いて、テーブルの上に置く。
入団直後にこの扉の説明を受けた時には、――率直に胸が高鳴ったのを覚えている。
なんだか秘密基地のようで。
今も少しだけワクワクしていた。
それが、自分の人生にどんな変化をもたらすかなんて、知らないまま。
「――番い、ですか……」
思わず、言葉を繰り返してしまった。
管理官は落ち着いた声で「そうです」と答える。
それきり、沈黙が落ちた。
――番い。
聞き慣れない言葉ではない。
けれど、それが自分に向けられるとは思っていなかった。
「ディッカーという騎士達をご存知ですね」
「……はい」
この国の子供なら誰もが知っている、英雄的な騎士。
「一般には知られていないことですが、彼らは単独では成立しません」
その言葉に、目を見開く。
絶対的な強さを持つディッカーの、思いがけない側面を今、聞かされていた。
――なぜかは、まだわからないけれど。
「彼らには、番いと呼ばれる存在が必要です。魔力を蓄え、供給する役割を持つ者です」
「蓄えて、――供給。……供給?」
よくわからなくて、おうむ返しに問い返す。
蓄えて、供給。
――どうやって?
「魔力の遠隔譲渡、並びに利用ですね。
ディッカーとなれる騎士には、そうした魔力の遠隔操作の技術が求められます」
「はあ……」
遠隔操作。
治癒術は使えるけれども、魔力の操作や、体から離れたところで魔法を使うのに慣れていない自分にはピンとも来ない。
ソファの背もたれに体重を預けて、首を傾げた。
「それで、番いですか?誰でもよくはないんですか?」
そして、自分がその話を聞かされている理由はなんなのか。
言葉にできない問いを胸の内に秘めたまま、管理官に聞いてみると、管理官は淡々と返答した。
「他人の魔力を預かるのには、あなたの体に魔力の道をつける必要があります」
「魔力の……道。――を、私に。……私に?」
「はい」
簡潔に答えて、管理官は頷いた。
思わず、息を止める。
「あなたには、その資質があります」
――自分に?
胸のざわつきに、大きく息を吸って、唾を飲み下してみた。
だけど――
「番いの成立には――魔力の道をつけるために、特別な環境下で一度、
身体を重ねていただく必要があります」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかがわからなくて、思わず声を上げてしまった。
だけど管理官は、ただ黙ってこちらを見つめていて、
聞き間違いではなかったのだと、思い知らされた。
それから――
保障の話もされた。報酬の話も。
けれど、さっきの話が頭の中を占めていて、半分くらいしか理解できなかった。
「……どうでしょう」
「――え……」
呼びかけられて、自分がしばらく呆然としていたことに気がついた。
「ウルラとなり、ディッカーの番いとなること。……ご検討いただけますか?」
だから、管理官に問われた時も、すぐに答えることなんて到底できなかった。
たっぷりと沈黙したリオネルが目線を上げた瞬間、管理官が口を開いた。
「お断りいただいて、構わないのですよ。」
思ったよりも、優しげな声だった。
管理官の顔は、認識阻害の魔法でリオネルから見ることはできないけれど、無理強いしようと言う気はないのかもしれない。
ただ、そのためにすべきことと、自分のなし得ることのバランスがどうにもつかめなかった。
魔力を蓄え、ディッカーにそれを渡す。
身体を重ねて、その役目を果たす
それだけ。
口元に手を当てる。
……それだけ、――本当に?
見も知らぬ騎士と、体を重ねるというのに?
「――私がウルラとなることで、……私、……以外の、何が変わりますか?」
慎重に、言葉を選んで聞いてみる。
ウルラとなるためにすべきこと、この身に起こる変化や、報酬についてはひととおり聞いた。
だが、その貢献がどんな影響をもたらすのか、自分が何に貢献できるのかは、はっきりとはわからなかった。
「――あなたがウルラになることで、あなたの番いとなる方が、ディッカーとなります。」
管理官の簡潔な言葉に、少しだけ姿勢を正した。
ただ、一人のディッカーが生まれる。
自分は、そのディッカーを通して、この国への貢献を示すことになる。
つまり――、
「では、私の番いになる方によって、私の貢献の形は変わる。――と言うことですね?」
目線の先で、管理官がゆっくりと頷いた。
「その通りです。」
それで、肩に入っていた力がストンと抜け、口元が緩んだ。
「では、私の番いになる方によって、受け入れるかどうかを決めることができますか?」
管理官はリオネルの質問に頷くと、
リオネルの尊厳の保護のために、認識阻害の魔法をかけた状態での、
番い候補となる青年との顔合わせを提案してきた。
「番いの組み合わせは、どのように決まるのですか?」
候補、と聞いて、他にも対象となる人がいるのかと感じた。
管理官は、少しだけ黙ってから、リオネルに教えてくれた。
「お互いの魔力の波長の相性の良さで決めておりますよ。」
少し考えてみる。
相性の良い人を、待たせていたのか、それとも――、
「それって、結構ゆるい基準なんですか?」
なおも尋ねるリオネルに、また管理官が沈黙した。
「――なぜそう思われました?」
なぜ、って。
「私の成人を待ってこの面談を設定いただきました、よね。
それで、もうすぐに番い候補の方がおられるということなので、」
それで、管理官が額に手を当てたので、しまったかな、と一瞬言葉を止め、それから続けた。
「番いの組み合わせに自由度が高いのか、それか、
――私の成人を待っていただいていたのかな、と……。」
管理官はしばらく黙った後で、絞り出すように言った。
「――このことをお伝えすることは、あなたの選択を偏らせてしまうことになりえますので……。
私からはお伝えすることはできません。」
困らせてしまって申し訳ないなあ、と少しばかり思ってしまった。
けれど管理課に、もしかしたら番い候補の人にも、リオネルの成人を待ってもらっていたのかもしれない。
そのことが、なんだか少しだけ、くすぐったかった。
断ることもできる。
けれど、会ってみなければ何もわからない。
「わかりました。では、お会いしてみます。」
怖い人でなければいい。
できれば。
安心させてくれる、好きになれる人ならいいな。
そう思っていた。
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