3 / 8
第3話 確認
――これは、心臓が止まるどころの話じゃなかったな。
飛び跳ねた心臓は、まだリオネルの胸の内で存在を主張していた。
場所は管理課の用意する部屋の中。
そこには、管理官とリオネル、それから、なんと、――ヘイデンが座っていた。
「ウルラ殿。私はこれで退席しますが、ディッカー殿とお会いしてみて、一番気になったことを教えてもらえますか?」
かけられた言葉に、飛んでいた意識を取り戻した。
その言葉には管理官の気遣いが感じられた。
リオネルもよくやる、相手から不安を聞き出すための質問。
驚きで散っていた思考がようやくまとまり始め、リオネルは素直に管理官に答えた。
「そうですね。……ディッカー殿が思ったよりも若かったので。少し驚きました。でも、それ以外には今のところ何も。」
管理官は静かに頷くと、二人に向かって一礼し、部屋を出て行った。
「あー、えっと。」
管理官が退室する姿を座ったまま見送っていると、正面に座ったヘイデンが声を上げた。
「えっと、俺、ヘイデンっていいます。まだ騎士じゃないから、ただのヘイデン。
その、……あなたのこと、なんて呼んだらいいかな」
昨晩、街で会ったヘイデンの言葉を思い出す。
あの時も、名前を聞いて、名乗ってくれた。
いつもへらっとしていて、あまり器用そうではない人だけど。
お互いの名前を大切にしたり、慣れない言葉遣いで相手のことを気遣ったりできる。
リオネルは笑って答えた。
「あなたなんて呼ばなくていいよ。多分同じ年くらいだし、気楽に話して。
――僕のことは、ヘイデンが名前をつけてくれるんだろ?」
ウルラの個人情報を守るため、顔も声も名前も明かさない。
だから代わりに、ディッカーが呼び名をつけることがあると聞いていた。
「どんなのつけてくれる?」
少し楽しみになって尋ねると、ヘイデンは少し困った顔をして、それから口を開いた。
「――ロビン、って呼んでもいい?」
「ロビン?小鳥の?」
「うん。なんかさ、ちょっと似合うかなと思って。……鳥好きだし。」
ちょっと唇を尖らせて、照れたように言うヘイデンに笑ってしまった。
「うん、いいね。――ありがとう。」
「それでさ、えっと、なんか聞きづらいなこれ」
気を取り直したヘイデンが、定型の質問をしようとして言い淀み、
自分の髪の毛を――あのふわふわの髪の毛をかき混ぜてうなるので、続きをリオネルが引き取ることにした。
「僕からするよ。えっと、今付き合ってる人いないし、好きな人もいないし。
――んー、いたこともないかな。
多分、普通に女の子と恋愛して、将来結婚するかなと思ってる」
性交渉がある関係性なので、セクシャリティや恋人の有無は事前に確認するのだそうだ。
管理官に理由を尋ねたときには、ウルラの将来のため、と教えられた。
「うん、そっか。えっと、俺ね。
今付き合ってる人いない。でも、今までそういうことしたことはある。
女の子と、男も一人。付き合ったって言うか、……まあ気軽にって言うか。」
リオネルも市井の育ちなので、その辺りの寛容な文化はよくわかっている。
男も、とは少し驚いたけれど、むしろ安心かもとも思った。
「あれ、男の子って、どっち?」
「どっち?」
ヘイデンが一瞬、ぽかんとした顔をする。
「……あっ。いや、俺が入れるほう。」
「あ、よかった。」
経験者。
そう聞いて、少し肩の力が抜けた。
軽く頷きながら、管理官が置いていった書面を覗き込みつつ尋ねる。
「んー、相手の子って、痛がってなかった?」
少し間があいても、ヘイデンの返事がない。
顔を上げると、ヘイデンがまた少し唇を尖らせていた。
「――え、なに?」
「いや……。俺さ、ロビンが番いになってくれるんなら、ちゃんと大切にしたいし。
ロビンにもそれはわかってほしい」
こちらを見ずに、鼻先をこすってそんなことを言うヘイデンに、慌てて背筋を伸ばした。
思わず問診のトーンで聞いてしまった。
「ごっ、ごめん」
「ううん、ロビンは悪くないよ。ただ、俺こんな感じだから、ちょっと拗ねただけ。」
「あー、ごめん。あの、僕もヘイデンと同じだから。ただ、ちょっと、
――大事なことだからうっかりこっちに集中しちゃった。」
うん。大事だね。
なんてことないようにそう言われて、気持ちが軽くなった。
ヘイデンは、ちゃんとわかってる。
「……ありがとう」
「ううん。――心配になる気持ち、わかるし。
それで、えっと……ごめん、痛かったかは、わかんない。
なんかその、気づいたらそうなってて……」
まごついて言うヘイデンがなんだかかわいくて、うん、大丈夫だよ、と言葉をかけた。
確かに。
あまり人のそうした経験を聞くのは、よくない。
リオネルは空気を変えるために、聞きそびれていた質問を口にした。
「じゃあ……。えっと、今、好きな人は?」
ヘイデンは、うん、と返事をした。
「好きって言うか、かわいいなあって思ってた子は、いた。
でも、さっきも言ったけど俺、中途半端な気持ちで来たわけじゃないよ」
ヘイデンはそこで一旦言葉を区切ると、少し姿勢を正した。
「――ねえロビン。この部屋ってさ」
ヘイデンが部屋をぐるりと見回しながら言う。
「俺ら専用って、聞いた?」
「ああ、うん。」
一組の番いに一部屋。
正確には、自分のため。
番ったウルラが、その後安心して過ごせるように用意された場所。
「だからさ、俺、こまめにここ来てもいい?ロビンに会いたいから。」
「――え?」
ヘイデンがリオネルの顔を見ながら――認識はできていないはずだが、首を傾げて言った。
「よく知らない人とするの、怖くない?俺はロビンのこと知りたいけど――。
あ、ダメなんだっけ。」
しまった、とでも言うように自分の口を塞いだヘイデンに、リオネルは笑いながら返した。
「いいんじゃない?名前とか顔とか探りたいわけじゃないんでしょ」
手で口を塞いだままこくこくと頷いたヘイデンは、そのまま言葉を続けた。
「ロビンに怖い思いさせたくないからさ、少しは俺のこと知ってもらえたらいいなと思って。」
「ぶっはは、ヘイデン、またそれ。
口塞いでる意味ない……!」
あっ、そう言って口元から手を離したヘイデンに、リオネルはまた笑ってしまった。
「ふふ、いいよ。ここで会おう。ちょくちょくくるよ。」
涙目になってそういうと、ヘイデンは「良かった」と言って笑った。
「――それで、ロビンが俺のこと受け入れてくれるなら、
俺らが番いになれるまで、俺の恋人になってほしい。」
思ったよりもまっすぐな言い方に、少し驚いた。
番いを受け入れるなら、交渉成立までの間は、かりそめでも恋人として過ごすこと。
そうして、お互いの貞節を守ること。
管理官からはそう説明されていた。
だから、これも定型の言葉だとはわかっていたけれど。
昨夜の管理官との会話を思い出し、ヘイデンならいいかな、と感じられた。
自分の貢献を、ヘイデンが力に変えてくれる。
……すごく、いいな。
素直にそう感じたので、リオネルは控えめに笑って、ヘイデンに答えた。
「うん。――よろしくね。」
ともだちにシェアしよう!

