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第3話 確認

  ――これは、心臓が止まるどころの話じゃなかったな。  飛び跳ねた心臓は、まだリオネルの胸の内で存在を主張していた。  場所は管理課の用意する部屋の中。  そこには、管理官とリオネル、それから、なんと、――ヘイデンが座っていた。 「ウルラ殿。私はこれで退席しますが、ディッカー殿とお会いしてみて、一番気になったことを教えてもらえますか?」  かけられた言葉に、飛んでいた意識を取り戻した。    その言葉には管理官の気遣いが感じられた。  リオネルもよくやる、相手から不安を聞き出すための質問。    驚きで散っていた思考がようやくまとまり始め、リオネルは素直に管理官に答えた。 「そうですね。……ディッカー殿が思ったよりも若かったので。少し驚きました。でも、それ以外には今のところ何も。」  管理官は静かに頷くと、二人に向かって一礼し、部屋を出て行った。 「あー、えっと。」    管理官が退室する姿を座ったまま見送っていると、正面に座ったヘイデンが声を上げた。   「えっと、俺、ヘイデンっていいます。まだ騎士じゃないから、ただのヘイデン。  その、……あなたのこと、なんて呼んだらいいかな」    昨晩、街で会ったヘイデンの言葉を思い出す。  あの時も、名前を聞いて、名乗ってくれた。    いつもへらっとしていて、あまり器用そうではない人だけど。  お互いの名前を大切にしたり、慣れない言葉遣いで相手のことを気遣ったりできる。  リオネルは笑って答えた。   「あなたなんて呼ばなくていいよ。多分同じ年くらいだし、気楽に話して。  ――僕のことは、ヘイデンが名前をつけてくれるんだろ?」  ウルラの個人情報を守るため、顔も声も名前も明かさない。  だから代わりに、ディッカーが呼び名をつけることがあると聞いていた。 「どんなのつけてくれる?」    少し楽しみになって尋ねると、ヘイデンは少し困った顔をして、それから口を開いた。   「――ロビン、って呼んでもいい?」 「ロビン?小鳥の?」 「うん。なんかさ、ちょっと似合うかなと思って。……鳥好きだし。」  ちょっと唇を尖らせて、照れたように言うヘイデンに笑ってしまった。   「うん、いいね。――ありがとう。」 「それでさ、えっと、なんか聞きづらいなこれ」    気を取り直したヘイデンが、定型の質問をしようとして言い淀み、  自分の髪の毛を――あのふわふわの髪の毛をかき混ぜてうなるので、続きをリオネルが引き取ることにした。   「僕からするよ。えっと、今付き合ってる人いないし、好きな人もいないし。  ――んー、いたこともないかな。  多分、普通に女の子と恋愛して、将来結婚するかなと思ってる」  性交渉がある関係性なので、セクシャリティや恋人の有無は事前に確認するのだそうだ。  管理官に理由を尋ねたときには、ウルラの将来のため、と教えられた。   「うん、そっか。えっと、俺ね。  今付き合ってる人いない。でも、今までそういうことしたことはある。  女の子と、男も一人。付き合ったって言うか、……まあ気軽にって言うか。」  リオネルも市井の育ちなので、その辺りの寛容な文化はよくわかっている。  男も、とは少し驚いたけれど、むしろ安心かもとも思った。 「あれ、男の子って、どっち?」 「どっち?」    ヘイデンが一瞬、ぽかんとした顔をする。   「……あっ。いや、俺が入れるほう。」 「あ、よかった。」    経験者。  そう聞いて、少し肩の力が抜けた。  軽く頷きながら、管理官が置いていった書面を覗き込みつつ尋ねる。   「んー、相手の子って、痛がってなかった?」    少し間があいても、ヘイデンの返事がない。  顔を上げると、ヘイデンがまた少し唇を尖らせていた。   「――え、なに?」 「いや……。俺さ、ロビンが番いになってくれるんなら、ちゃんと大切にしたいし。  ロビンにもそれはわかってほしい」    こちらを見ずに、鼻先をこすってそんなことを言うヘイデンに、慌てて背筋を伸ばした。  思わず問診のトーンで聞いてしまった。 「ごっ、ごめん」 「ううん、ロビンは悪くないよ。ただ、俺こんな感じだから、ちょっと拗ねただけ。」 「あー、ごめん。あの、僕もヘイデンと同じだから。ただ、ちょっと、  ――大事なことだからうっかりこっちに集中しちゃった。」  うん。大事だね。  なんてことないようにそう言われて、気持ちが軽くなった。  ヘイデンは、ちゃんとわかってる。 「……ありがとう」 「ううん。――心配になる気持ち、わかるし。  それで、えっと……ごめん、痛かったかは、わかんない。  なんかその、気づいたらそうなってて……」  まごついて言うヘイデンがなんだかかわいくて、うん、大丈夫だよ、と言葉をかけた。    確かに。  あまり人のそうした経験を聞くのは、よくない。  リオネルは空気を変えるために、聞きそびれていた質問を口にした。 「じゃあ……。えっと、今、好きな人は?」    ヘイデンは、うん、と返事をした。 「好きって言うか、かわいいなあって思ってた子は、いた。  でも、さっきも言ったけど俺、中途半端な気持ちで来たわけじゃないよ」    ヘイデンはそこで一旦言葉を区切ると、少し姿勢を正した。   「――ねえロビン。この部屋ってさ」    ヘイデンが部屋をぐるりと見回しながら言う。   「俺ら専用って、聞いた?」 「ああ、うん。」    一組の番いに一部屋。  正確には、自分のため。  番ったウルラが、その後安心して過ごせるように用意された場所。 「だからさ、俺、こまめにここ来てもいい?ロビンに会いたいから。」 「――え?」    ヘイデンがリオネルの顔を見ながら――認識はできていないはずだが、首を傾げて言った。   「よく知らない人とするの、怖くない?俺はロビンのこと知りたいけど――。  あ、ダメなんだっけ。」  しまった、とでも言うように自分の口を塞いだヘイデンに、リオネルは笑いながら返した。 「いいんじゃない?名前とか顔とか探りたいわけじゃないんでしょ」    手で口を塞いだままこくこくと頷いたヘイデンは、そのまま言葉を続けた。 「ロビンに怖い思いさせたくないからさ、少しは俺のこと知ってもらえたらいいなと思って。」 「ぶっはは、ヘイデン、またそれ。  口塞いでる意味ない……!」  あっ、そう言って口元から手を離したヘイデンに、リオネルはまた笑ってしまった。 「ふふ、いいよ。ここで会おう。ちょくちょくくるよ。」    涙目になってそういうと、ヘイデンは「良かった」と言って笑った。   「――それで、ロビンが俺のこと受け入れてくれるなら、  俺らが番いになれるまで、俺の恋人になってほしい。」  思ったよりもまっすぐな言い方に、少し驚いた。    番いを受け入れるなら、交渉成立までの間は、かりそめでも恋人として過ごすこと。  そうして、お互いの貞節を守ること。    管理官からはそう説明されていた。  だから、これも定型の言葉だとはわかっていたけれど。    昨夜の管理官との会話を思い出し、ヘイデンならいいかな、と感じられた。  自分の貢献を、ヘイデンが力に変えてくれる。  ……すごく、いいな。  素直にそう感じたので、リオネルは控えめに笑って、ヘイデンに答えた。 「うん。――よろしくね。」  

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