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百六 お互い様

*** 鏡花と幸銘と分かれて、幸一は修良と一緒に仙縷閣に戻ることにした。 夕焼けの色が空を染上げ、一日中繁忙だった人々は家へ急ぐ。 道案をする修良は賑やかな主道路を避けて、遠回りの小道で仙縷閣へ向かった。 とある民家の隣を通ると、二人は庭に植えてある何本かの柿の木に目を引かれた。 たわわに実ったたくさんの果実が、夕陽に照らされ、黄金の輝きを見せた。 「先輩、見て、すごいできだ!どうやってあんなぷっくりした果実を造れるんだ」 幸一は賛嘆した。 「幸一は柿が好きだね。この家の主人に訊ねてみようか?コツを教えてくれなくても、何個か売ってくれるだろう」 「いや、そこまでしなくていい。市場で普通に売っているし。いきなり邪魔するのがよくない」 幸一が「別にいいや」と頭を横に振ったら、修良はくすっと笑った。 「では、お気遣いのいい幸一に、ご褒美を――」 修良は袖から一つの紙袋を出して、幸一に渡した。 幸一が袋を開けて中身を見ると、目がピカッと光った。 「無花果(いちじく)!」 柿も好きだけど、幸一が一番好きな食べ物といえば、やはり無花果だ。 しかし、この天寿国では無花果がほとんど栽培されていない。市場に出るものはほぼ西の辺境からの輸入だ。 果物やお菓子より、珍味や薬材料の扱いで、値段が高く一方、入手するのも簡単ではない。 でも、修良が年数回さりげなく上質な無花果を持って帰る。本人の話によると、知り合いの商人がちょうど無花果を扱っているからだ。 「市で買ったよ」 「えっ、市で無花果が売っていた!?」 「幸一が鏡花さんの贈り物選びに夢中していたから、自分が好きなものも目に入らなかったのね」 修良ニコニコと無花果を一個取り出して、親指で幸一の口に押し込んだ。 「……」 果実が甘いのに、幸一はなぜか酸っぱい匂いを感じて、 もぐもぐしながら独り言のように文句をつけた。 「(それを頼んだのは先輩じゃないか……)」 しどろもどろしか聞こえないけど、いきなり、修良から謝りの言葉が来た。 「ごめん」 「っ?いや、別に本気で先輩に文句を言っているわけじゃ……」 幸一が誤解を解こうとしたら、修良は更に真面目な表情になった。 「鏡花さんのことじゃない。幸一が、御霊堂の二人に言っていたことだ」 「俺はあの二人に何を……っ」 幸一は「なんのこと」だと思った次の瞬間、心当りがあった。 「一人で英雄になるつもりで誰かを救おうと勝手に行動したことがある。でも結局、その人に役に立つどころか、もっと多くの人々を災難に巻き込んだ。大切な人には、最悪な結果を与えてしまった」 おそらく、修良はその話が気になっているのだろう。 だけど、幸一はあえて知らんぷりをした。 「別に変なことを言ってないと思うけど……先輩が謝るようなことなんてないよ」 「いいえ、ある」 修良は口調を強めた。 「幸一は私を『純白』に戻らせることにこだわっているから、まだ還初太子の世の統一戦争が気にしているはずだ」 「……幸一じゃない。還初太子が勝手に戦争に私心を込めて……」 「また前世を盾にしても無駄だ。私にとって、幸一も還初太子も、あなた一人だ」 修良は珍しく幸一の話しを断ち切った。 そして、幸一が逃げられないように、強い目線でまっすぐ彼の目を捉える。 「以前も言った。私が悪鬼で、世界を滅ぼす運命を背負っていたのはあの世界の理。どんな世界にも結末がある。だから、誰が何をやっても私の結末は変わらない。私はそれを承知したうえで悪鬼でいた。不公平でも苦痛でも思っていない。還初太子は戦争という罪を犯したとしても、決して私に悪いことをしなかった」 「それに、還初太子は天罰を受けて、すべてが清算された。だから、次の世の平安が世界最後の良心でいられた。幸一はその時の罪悪を背負う必要はない。私のために罪悪感を感じる必要も微塵もない」 修良の眼差しはいつも月光のように冷静で清らか。 でも、見つめられた幸一の心が波乱された。 幸一は急に乱れた心臓の鼓動を隠しつつ、適当に誤魔化そうとした。 「……それは、俺は馬鹿だけのことで、なんで先輩が謝るんだ?」 「幸一は先に自分が悪そうな言い方をしたからだ。還初太子の記憶が戻った当初も似たような話をしただろ。私は、もっと早くそれに気付き、誤解を解くべきだった」 「……」 幸一は視線を下げたまま、修良に一歩近づけた。 「先輩こそ、自分を悪者にしてるんじゃない……」 幸一は子供みたいに修良の胸の服を掴んだ。 修良は一瞬、幸一が泣き出すんじゃないかと思ったら、幸一はいきなり頭をあげて、大声で強く訴えた。 「俺はそれが一番嫌いだ!」 「!」 「先輩に謝らせるためにそんな話をしたんじゃない、朝廷の人がややこしいから、わざと大げさに言い張っただけだった!」 「本音だとしても、俺はもう大人だ。何もかも先輩の助けがないとだめな弱虫じゃない。自分の言動に全責任を取る。先輩は完全に自分の意志で悪鬼でいたのなら、俺は完全に自分勝手に悔やんでいる。先輩と関係ないんだ!」 「先輩はいつまでも自分を悪者にしたら、俺もいつまでも自分を元凶にする!お互い様だろ!」 幸一は泣いていないけど、その泣いているような怒っているような表情で吐いた言葉は、修良にとって泣き以上の衝撃だった。 叱られた場面なのに、なぜか心臓の微熱になり、ときめきが止まらない。 幸一がまったく気づいていない。修良の手の甲に、修良の心と連動している印がチラチラと光っている。 修良はしばらくぼうっとして幸一と見つめ合ったが、やがて負けを認めて、長いため息をついた。 「私はいつもあなたに負けているのね……分かった。もう幸一のために自分を悪者にしない。約束する」 修良の様子が嘘ではないと思って、幸一も肩をおろして、これ以上追い詰めしなかった。 「とにかく、今回のことは、二人はどっちもどっちだ。俺もこれ以上前世のことを口にしない。謝り争いはここまでだ」 幸一は帰ろうと身を翻した。 「それは同意」 修良は軽く鼻で笑って、幸一の背中に寄せた。 「でもね――幸一が言っていた『私と関係ない』って言葉、ちょっと気になるな。それ、どういう意味での関係ない?『勝手な後悔』だけのこと?それとも、幸一の『すべて』は、もう私と関係ないって独立宣言?」 そう言いながら、修良は幸一の背中にぴったりくっつけて、幸一の頬に触れそうに自分の顔を伸ばした。 「!!」 冷めたばかりの熱が、再び幸一の頭の頂上まで上った。 でも、先の勢いがもう完全に退いて、言葉をうまく組み立てない。 「そ、それは、もちろん……」 「そんなに言いづらいのか?やっぱり独立宣言?じゃあ、もう私と関係を切るってことかな」 口で言ってることと真逆に、修良は幸一の腰を軽く掴んだ。 修良に包囲された気分になって、幸一は更に思考不能になる。 「違う!!……先輩は不服なら俺に反論してくれ!いじわるで仕返しするのがずるい!」 一局を挽回して、修良は今までのない明るい笑い声を出した。 二人がそうやって押し合いながら、更に遠回りをした。 仙縷閣に帰ったのはもうすっかり夜の時間。 今日は休演なので、観客がほとんどいない。 にもかかわらず、牡丹は店の前で待っていた。 二人を見ると、牡丹はすぐ出迎えた。 「修良様、幸一様、お帰りなさい。さっそくで申し訳ないですが、婉如様は幸一様を待っていました」 「お母様は俺を?」 幸一はかなり意外だった。 「実は、ここ数日、婉如様はずっと落ち着かない様子で、何か心配ことがあるようです……」 「そうか……分かった。俺は話を聞いてあげる。ありがとう、牡丹さん!」 牡丹は幸一を|韓婉如《かんえんにょ》が待っている茶室まで案内した。 牡丹は扉の前で足を止めたが、修良は自然に幸一と一緒に茶室に入った。 「幸一……お久しぶりだわ」 韓婉如は椅子から起きてそわそわ挨拶をした。 「お母様、何かあったんですか?」 幸一は事件の予感がした。母はそんなに自分が怖いのに、こうして直接に会いに来たのは、きっと深いわけがあるだ。 「えっと、その……」 韓婉如は続けようとしたら、チラっと幸一の後ろから投げてきた修良の視線に気づいた。 韓婉如が躊躇っていたのに気づいて、修良は目の向きを変えて、婉如から視線を逸らした。 「お母様?」 幸一は小さい声で催促した。 「え、ええ。実は、幸世から聞いたわ。幸一は最近、幸銘……と一緒に遊んでいたのね」 「そうだけど?」 「幸一は幸銘に会ったのは初めてだと思うけど、その幸銘をどう思っているの……?」 「……意味が分かりません」 幸一は心の中で小さく嘆いた。 母はまだそんなに自分に忌憚しているのか…… 「お母様は言いたいことがあれば、はっきり教えてください。今の俺はまだあなたの息子です。あなたに害をしませんよ」 「ち、違うわ、幸一が怖いからじゃないの……」 「じゃあ一体何に心配しているの?幸銘?彼はどうしましたか?」 「こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないけど……」 韓婉如は一度唇を噛み、袖の中で拳を握り、勇気を絞ったように大声で告げた。 「玄幸銘は、半年前には、もう――死んだの!!」 「!!」

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