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百八 成立しない賭け
この場面を見た幸一は驚きでピンと動きが止まった。
三人はしばらく見つめ合っていたが、やはり最後に来た幸一が沈黙を破った。
「もしかしたら、邪魔だった……?」
あまり自信がないのか、幸一の声が弱かった。
でも、幸銘はなんのこともないように普通に幸一に返事をした。
「幸一、人の家を訪問するなら、正門からするのが礼儀だ」
「……」
鏡花に「人を言える立場か」という視線を投げられたが、幸銘はそれをガンと無視した。
「仙縷閣はこの方向だから。仕方がないだろ……」
幸一は肩をおろして、ため息をついた。
「でもちょうどいい、幸銘にも聞きたいことが……」
「おかえりください」
「!」
いきなり、鏡花は幸一の話しを断ち切った。
「……やっぱり、邪魔……?」
幸一は不確かな口調でもう一度確認したが、鏡花は無言を返した。
暗くて、鏡花の表情がよく見えないが、あの二人の雰囲気は、情事絡みのものではないと幸一は感づいた。
むしろ、鏡花が困ってるように見える。
幸一は足元を立て直した。
「分かった。でも、帰る前に、一つだけ幸銘に聞きたいことがある――
幸銘、お前は誰?俺の従兄の幸銘は半年前に死んだはずだ」
「……」
幸銘も鏡花も目を見開いた。
幸一が近いうちに訊きにくると思ったが、こんな直球しすぎる訊き方は意外だった。
幸銘はクスと笑って、わざとらしい残念そうな表情を作った。
「やっと聞いてくれたな。でも、幸一も俺のことを覚えていないなんて、寂しいな」
「お前は俺の知っている人なのか?」
幸銘は鏡花の顎を自分のほうに引っ張った。
「この顔と並んでいても思い出さないのか?」
鏡花の顔、つまり、天良鬼の顔だ。
「っ!俺の前世と関係のある人……?」
(前世が多すぎる。いきなりそう言われても思い出さない……)
幸一がそう思った途端に、幸銘にずばりを言われた。
「前世が多すぎて、思い出さないのか?」
「!」
「じゃあ、もう少し手掛かりをやろう」
幸銘は左手を幸一のほうに突き出した。
彼の左の手首に、幸一に送った数珠于と同じものが付けている。
数珠于が光って、高速に振動し始める。
すると、幸一の懐に入っている数珠が共鳴を出した。
「この共鳴……っ!」
似たような共鳴なら、幸一は経験したことがある。
あの太陽太歳が連れいていた子供が幸一の力を吸い取る時に発生したものだ。
それに加えて、「救世主」だと言われた鏡花……
「お前、『天命の星』というものなのか!?」
「確かに、俺は『天命の星』、ここの鏡花さんは『救世主』というものだ。だが、それだけじゃ足りない」
素直に認めた幸銘だったが、彼は更に要求を出した。
「三日をやる。俺は一体誰なのか、思い出せ。さもないと、この鏡花さんの命はない」
そう言って、幸銘はサッと鏡花の後ろに移動して、鏡花の頸を掴んだ。
「俺に恨みがあるなら俺に当てればいい、鏡花さんは関係ないだろ!」
幸一はやっと焦りを見せた。
「関係なら大きにある。こいつ、俺と運命共同体なのに、お前の肩を持っていたんだ」
「私は救世主ではない。誰かの運命共同体でもない」
脅威を示されたが、鏡花は冷静に対応した。
「幸一様、私のことを構わないでください。私の命がもともとそんなに残っていません。私が消えれば、彼の使命も終わります。あなたと修良様に害を及ばなくなります」
「!」
「ふ、フフフ、定番だね。さあ、幸一、お前が決めるんだ」
幸銘は楽しんでいるように、鏡花にしがみ付いた。
「……」
幸一は一度軽く息を変えて、はっきりした結論を出す。
「お前の条件を断る」
それを聞いて、鏡花はほっとした。
幸銘は不思議そうに目を大きく開いた。
「意外だな。幸一なら、鏡花さんをほうっとけないのに決まっていると思ったのに」
幸一は気を引き締めて、正々堂々と幸銘に言い返した。
「ほうっとけないのは間違いない。でもまず、鏡花さんは賭けじゃない。彼を巻き込んだ時点で、交渉は論外だ。
そして、俺はここで宣言する。万が一、お前が鏡花さんに手を出した場合、俺はお前のことを永遠に思い出さない。お前は俺に何を企んでいようと、俺はお前を徹底的に無視する。お前の目的自体を潰す」
「!!」
幸一の宣言に合わせるように、一陣の冷たい風が吹き通った。
鏡花の顔に彼自身も気づかない安らかな微笑みが浮かべた。
この賭けは、始まる前からすでに幸一の勝ちだ。
「……」
幸銘は何かを言おうと口を開いたが、声を出せずに口パクをした。
「つまり、鏡花さんの身の安全は、俺がお前を思い出すことの前提だ。むしろ、お前は鏡花さんを守らなければならない。俺もお前のことが気なるから、早く思い出してやりたい。でも、三日以内に思い出す保証はない。俺が思い出すまでに大人しく待っていてくれ」
「……」
幸一としばらく対峙していたら、幸銘は視線を下げて、何かをあざわらうような歪んだ微笑みを浮かばせた。
「俺が待っていられても、『世界の縫い目』だっけ?その中にあるものは、待っていられないだろう」
「!」
***
幸銘の話が気になり、幸一は急いで昔時 山の奥にある世界の縫い目に駆け出した。
あっという間に、幸一の姿が完全に夜に溶けた。
幸銘は強張った表情を解けて、冗談交じりに鏡花を笑った。
「意外にぶりっ子だね、鏡花さんは」
「なんのことですか?」
鏡花は不快そうに眉をひそめた。
「『私を構わないで、私はもともと長く生きていられない』みたいなことを話したら、あの幸一は余計にあなたを助けたくなるんじゃないか」
「……その方向で解釈したいなら、ご自由にどうぞ」
何かを言おうと思ったらと、鏡花は興味を失って、家に帰ろうとした。
足を踏み出す前に、何かを思い出したように、二本の指先で頸の模様を触って、もう一度幸銘に話をかけた。
「それに、もうこの印を強化するのはやめなさい。どれだけ私の死を先に延ばしてもあなたと一緒に『使命』をまっとうするつもりはない。今世の幸一に会えて、私はもう満足です。今は、早く死ぬのが本望です」
幸銘は軽蔑そうに鼻で吹いた。
「自分の死で幸一を守るつもり?――天良鬼の残影のくせに」
「!」
微かだが、鏡花の顔に怒りが現れた。
それでも、幸銘に振り向かず、ただ容赦なく言い返した。
「あなたこそ、歪んだ模造品にすぎない」
鏡花の背中に、幸銘のから笑い声が届いた。
「そう、俺たちはお互い様だ。仲良くしたいなら、いつでも歓迎するよ」
***
仙縷閣を出た修良は、啸風を訊ねに官府の宿に行こうとしたが、街中で「たくましい殿」や「将軍らしい」云々噂を耳にした。
訊ねてみたら、噂の人物が啸風だと確信した。
啸風一行はとある青楼に入ったそうだ。
本来、朝廷の官吏の風俗場所への出入りは法律によって厳しく禁止されている。
だが、啸風たちは娯楽のためではなく、朝廷の依頼のために来たのだ。
仙縷閣が依頼を断ることを考えて、啸風たちは候補の店を選ぶのだろう。
仙縷閣と同じように朝廷の検討に入れる「青楼」はどんなところなのか、修良は興味なくもないが、その青楼を見る、思わずクスッと笑った。
何年も修繕されていないような看板に、建物を装飾する乱れた配色の布、そして、匂いが濃厚で安っぽい香、外見だけでも分かる――
この「快活楼 」という青楼は、娯楽場所がたくさん集まっているこの街で、最も売れていない部類だ。
お金に困っている客が来るかもしれないが、とても朝廷が関わるようなところではない。
修良は「なぜここなのか」と不思議で足を止めたら、一人の女性が彼に呼びかけた。
「あら、雇い主の旦那様じゃない!」
振り向いたら、先日に「仙縷閣に勝つために」幸一たちを勧誘する女性がいた。
「あなたは……」
「芍薬 っていいます」
女性は愛嬌よく笑って修良を迎えた。
「今日は何のためにいらっしたの?やっぱりうちいのお芝居にご興味あり?ああでも、旦那様もお芝居の仕事をしているでしょ?偵察のためならお断りしますよ~」
「心配しなくていいです、芍薬さん、お店と争うつもりはありません。今回は、別件で来ています」
修良は礼儀正しく芍薬と距離を取って、一枚の翡翠を渡した。
「粛衛将軍様は、お店にいますね。今朝は彼と相談事をしていたけど、言い忘れたことがあってね。彼のところに案内してくれますか?」
「えっ!将軍様のお友達ですか?た、大変失礼いたしました!さあ、こちらへどうぞ!」
外見といい、さりげなく差し出された「お礼」の翡翠といい、「この人、太っ腹の貴人に違いない」と認識して、芍薬は多く聞かずに修良を室内に案内した。
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