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百十 深淵の見張り番
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幸銘の話が気になりすぎ、修良に知らせる暇もしなく、幸一は世界の縫い目に駆けつけた。
前回、珊瑚の出現でもっと深いところに行かなかったが、今回は一直線に深淵に進んだ。
「やっぱり汚い匂いがするな……」
深淵に近づくと、幸一の嫌の感じがますます強くなる。
突然に、何かの足音を聞いて、幸一は森の間に隠れ、身隠しの術を自分にかけた。
まもなく、提灯を持っている二頭の熊が現れた。
一頭が黒い、一頭が白い。
二頭とも体がデカいのに、なぜかおずおずとしている。
(妖怪か……)
幸一はとりあえず、熊たちを尾行し、風で声を運ぶ術を発動し、二頭の話を盗み聞きをした。
「そろそろかな……」
「そろそろだよな……」
「でも本当に出たらどうするんだ、怖いんじゃないか」
「しっかりしてよ兄貴、故郷を離れた時から俺たちはもう一熊前の男だろ!腐った溝から這い上がった魔人くらい……き、き、きっと平気だ!」
(溝から這い上がった魔人!?溝って、一番深いところにある深淵のこと?)
幸一は疑問を抑えつつ、黙って尾行を続けた。
まもなく、熊たちは底の見えない深淵の上に着いた。
「じゃ、じゃあ、一緒に見よう!」
「お、おう!」
熊たちはビクビクと提灯を深淵のほうに差し出すと――
「すみません」
幸一は身隠しの術を解いて、熊たちに話をかけた。
「ぎゃあああ!出た!!」
二頭の熊がきつく抱きしめ合い、深淵の逆のほうに転がった。
「違うんだ!俺は普通の人間だ。ほら、生身の人間だ!」
手掛かりが逃げないように、幸一はさっそく弁解した。
黒熊が起き上がって、幸一の顔をよく見てみると、意外そうに呟いた。
「……おかしら?」
「おかしら?」
幸一が戸惑ったら、白熊は否定を出した。
「違う違う、似ているけど、違う人間だ……」
「怖がらせてごめん、俺はこの深淵の異変を調査しに来たんだ。何か知っているなら、教えてくれないか?」
「だ、誰が怖いって言ってるんだ!」
見くびられたと感じた黒熊はぷんぷんをした。
「おかしらでもないお前に、ここのことを教えるわけがない!」
「この深淵の中にあるのはかなりやばいものだろ。俺は仙道の人間だ。本当に危険なものが出たら、俺はお前たちを守れる」
「仙道?どこの門派だ?」
「玄天派の玄幸一だ」
思わず返事をした瞬間、幸一は「しまった」!と気付いた。
「げっ、玄幸一だと!?」
「あ、あの玄天双煞の……妖怪を無差別に踊り喰いするという魔人か!?」
二頭の熊はまた抱き合って、強く震えた。
「ど、どこが普通の人間かよ!この嘘つき!!」
「だよな、だよな……普通の人間がこんなところに来るわけないのに……」
「やっぱりそうきたか……」
泣きそうな熊たちを見て、幸一は眉間を掴んだ。無力にももう一度説明した。
「信じてもらえいないかもしれないけど、妖怪を喰うだの人間を八つ裂きするだの、あれらはただの悪質の噂だ!俺自身誰よりも困っている!」
「ま、まさか……」
熊たちは信じられないように幸一を観察する。
彼たちが捨てた提灯がちょうど幸一の足元に落ちて、幸一美しい顔を下から白く照らす。
「それ以上の悪とでも言いたいのか……?一体どれだけ凶悪なんだ……」
白熊は絶望の涙を流した。
「……」
幸一は言葉を失った。
「ちくしょう、俺たちはいいことをしたことないのに、なぜ玄幸一に目当てにされなきゃならないんだ!」
黒熊も叫びながら悔しい涙を飛ばした。
「……あの、その言い方、まるで俺はいいことをする者に恨みがあるような……」
こいつらはどんな噂を聞いたのか、幸一は想像もしたくない。
「どすりゃいいんだ弟……」
「どの道、絶体絶命の危機だ……イチかバチか、あれで反撃しよう!」
「でも、あれはまだ完成したばかりで、玄幸一ほどの凶悪な相手に通用するかどうか……」
「やるしかないだろ!俺たち、一熊前の男だ!」
「お、おお!やらない後悔するよりやって後悔するほうが悔いなし!だっけ!?」
「……」
何をやるつもりか分からないけど、勝手に燃えてきた熊たちを、幸一はちょっと憐れな目で見ていた。
二頭の熊がお互いをきつく抱き合い、ものすごい妖力を爆発した。
「秘術!究極合体――!!」
熊たちの体から眩しい光が炸裂した。
そして、光がすぐに消えた。
二頭だった熊が、一頭の白と黒が混ざっている熊になった。
体と顔が白い、耳と手足が黒い、目の周りに黒い円がつている。
攻撃性がまったくなくなり、ゆたりと地面でごろごろしている。
「!!」
幸一は驚いた。
認めざるを得ない。これは、かなり強力な術だ。
こんなのを見せられたら、よっぽど凶悪な敵じゃないと、確かにもう手を出せない。
「かわいい……」
幸一の呟きを聞いて、白黒熊は得意げに踊り始めた。
「そうだ!僕たちはかわいいのだ!」
「たとえ玄幸一であっても、こんな可憐でかわいい僕たちを攻撃できないんだ!」
「玄幸一の美貌は世の中に禍しかもたらさない!」
「だけど、僕たちの美貌は世の中に笑顔をもたらす!」
「……」
「美貌」の二文字を聞き、幸一は目をつぶって、指を鳴らした。
「白牙ちゃん」
すると、小さな子狼が幸一の懐から飛び出して、白黒熊のお尻に突っ込んで、思いきりそのモフモフ尻を噛んだ。
「いてぇぇぇぇ!!!」
熊が叫ぶと、体が強く揺れて、白熊と黒熊の二つの影がチラチラと現れた。
幸一は両手で両色の影を掴み、強引に白黒熊を二つに「裂けた」。
二つに戻された熊たちが観念し、土下座して大人しく幸一の質問に答えた。
「おれっ、いや、僕たち兄弟、もともと妖界の黒砂山というところの出身だった。そこは、黒い妖怪ばっかりだけど、ご覧の通り、兄は白で、よくみんなにバカにされていたんだ……」
「去年の冬、弟に励まれて、小熊たちは妖界を離れて、人間界に移住した。ここに来たのも最近のことで……普段はとんでもない怠け者で、まさに能のない廃熊、本当によい行いをしたことないので、どうか、どうかお許しを……」
「……」
二頭の誤解に関して、幸一も観念した。
不満を抑えながら、とにかく熊たちを催促した。
「立派な兄弟愛だけど、お前たちの経歴を聞いていない。ここに何があったのか、深淵の中に何があるのか知りたいんだ!」
「はっ、はい!!ご意図にお、お、お察しできず、死ぬほど申し訳ございませんでした!どうか、お許しを……!!」
熊たちはゴンゴンと何度も額を床にぶつけた。
(難しいこと聞いていないのに、なぜこんなにも難航するんだ!)
幸一は悔しい気分になった。
(俺の社交能力はこんなに低いだっけ!?)
(先輩がいればうまく聞き出せるのかな……)
今更修良を真似しても遅いし、いっそう熊たちの望み通りに――
「何でも許すから早く言え!」
「ご、ご慈悲、誠に感謝いたします!!」
「この深淵に何があるのか、僕たちもよく分からないんだ……多分、人間かな……」
「人間?」
幸一は思わず暗い深淵のほうを覗いた。
「ある日、弟と夜の散歩をしてたら、人間の青年が深淵に何かを投げているのを見かけて……」
「ごみのポイ捨てをやめろって注意しに行ったら、かわいいって馬鹿にされて…じゃなくて、褒められて……気がづいたら、その人の子分になっちゃった」
「……」
(なんでかわいいって言われたら子分になるの?重要なことを飛ばしていない??)
ツッコミたい気持ちはいっぱいだけど、熊たちに余計な圧力を与えないように、幸一は話の繋がらない部分を無視した。
「まあいい、続けて」
「その後、おかしらは僕たちに頼みことをした。夜中に深淵を見てきて、その中から人でも這い上がったらすぐに彼に知らせしてって……」
「でも、この二か月の間、不気味な喚きだけがしていて、何も上がってこなかった……」
「……喚き?」
幸一は深淵に身を乗り出して、数玉の光を放り込んだ。
「やっぱり見えないな……喚きもしていないよ?」
そのされげなく一言を聞いて、熊たちはまた慌てきた。
「ぼ、僕たちは嘘をついていません!!どうが、信じてください!!」
「別にお前たちが嘘をついていると言っていない……」
「あいつのせいです!あいつが来る度に、数日間に喚きがしなくなります!」
「あいつって?」
「白い衣裳の人間の青年です。いつも深淵に霊力の込めたお花を捧げていた……きっと、そのお花のせいで喚きがしなくなっていたのです。どうか、信じてください!!」
「分かった分かった、お前たちを信じる……」
幸一はとりあえず熊たちを落ち着かせた。
白い衣裳の青年とお花と言えば、考えられるのは鏡花しかいない。
「あの青年の名は知らないか」
「知らないです!」
「本当に知らないです!!」
(やっぱりな……)
幸一はため息ををついた。
「じゃあ、その俺と似てるそのおかしらの名前は?」
「お、おかしらの名前……た、確かに教えてもらったような気がして……」
「なんだっだっけ?」
「なんだっだっけ?」
熊たちは困りそうにお互いを見つめて、ひそひそと耳打ちをした。
「早く思い出してよ、でないと、絶対殺されるぞ!」
「分かっている、分かっているから、今頑張って思い出しているんだ。えっと、なんだっけ……」
「ちくしょう、頭が回らねぇ!!」
「……ああどうしよう!!」
そろそろ忍耐性が切れて、幸一は大声を出した。
「幸銘じゃないか!?」
「!!」
「!!」
熊たちはギクッと背を震わせたが、そのおかげで記憶が蘇った。
「ああ!思い出した!――確かに、癸黙 だ!」
「そうだ!癸黙、癸黙さまだった!」
「癸黙……?っ!」
「!!」
おそらく今世初めて、幸一は恐怖に近い寒気を感じた。
「癸黙」――
その名は、彼が最も思い出したくない、最悪な前世だった。
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