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百十一 最悪な影を辿る
「癸黙」、それは、幸一の還初太子よりも遥か昔の前世だ。
たくさんの前世の中で、紛れもなく一番悪質なもの。
幸一は死ぬほど思い出したくないが、何回も生まれ変わった今でも、その影を振り払えない。
癸黙が生れた時代は、旧世界のとある乱世だった。
盗賊軍団の跡継ぎとして生れた彼は、盗賊軍を率い、ほかの勢力に挑発し、無数の人間を殺していた。殺された人の中に、彼の母親までいた……
癸黙の一生は、血色と黒になった血の跡に染められたものだった。
最後に、彼は自殺で罪悪な一生を終わらせた……
どういうことだ。
幸銘が癸黙の生まれ変わり?
そんなはずがない。自分の魂は一個しかない。
魂の分裂は苦痛極まりのことで、至難の技、分裂があれば簡単に忘れるはずがない。
癸黙に関連するもっと多くのことを思い出そうとすると、幸一の胸が絞めつけられたような痛みがして、呼吸できなくなる。
悪すぎる思い出のせいか、潜在意識が抵抗しているようだ。
「……だめだ、思い出せない……俺は前世を遡る術を使えないし、どうすれば……っ!」
幸一はピンと思い出した。
知り合いの中で、人の心魔が見え、前世を遡る術を使える人物、いいえ、魔物がいる。
「紫苑さんならできるかも!」
幸一は以前紫苑からもらった紫金の鈴を出して、連続に揺らした。
「気付いてくれ、紫苑さん」
まもなく、鈴から淡い光が浮かんできて、紫苑の声が響いた。
「幸一様……?」
「紫苑さん!よかった、これで繋がるんだ!」
「そうです。その鈴は直接におのれの意識に繋がっています……どうしましたか?」
「紫苑さん、今どこ?」
「えっと、天寿国と沙薔国 の辺境にいるけど……」
「分かった。今すぐそっちに行く」
「えっ、何か急用でも?」
話がいきなりすぎ、紫苑は困惑した。
「俺の前世を見てもらいたいんだ。たぶん心魔にも関係があるから、紫苑さんにしか頼めないんだ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください!お手伝いできるのは嬉しいけど、修良様はこの件をご存じですか!?」
紫苑は慌てて確認した。
もともと修良に苦手だったが、以前、幸一の勝手な行動で修良と対抗したことがあった。あれからもずっと修良に睨まれて、修良の微笑を思い出すだけで紫苑の震えが止まらない。
「いいえ、この件は先輩には黙るつもりだ」
「そっ、それはよくないです!絶対よくないです!何があっても絶対まず修良様のご意見を伺うべきです!善行のためとでも思って……」
紫苑は早口で幸一を止めようとしたが――
「今そっちに行く!詳細の場所を教えてくれ!」
「ちょっ…幸一様!?!」
紫苑の阻止を聞かず、幸一は巨大な蒼炎鳥を召喚し、鳥の背に乗って空に飛んだ。
「そうだ!ここをなんとかしないと!」
離れる前に、幸一は深淵の中のものを思い出した。
彼は袖から十二本の白い羽を出し、蒼炎鳥が深淵の上空を回旋させながら、羽を深淵の周りと地面に投げた。
十二本の羽が地面に差し込み、白い光を放つ。
幸一は右手の人差し指と中指を最初の一本の羽に向けて、一筋の白い光を射出。
すると、光の糸がすべての羽を順次に繋げ、裂けた地面を縫うように深淵の上で網を織った。
そして、網から半透明の白い光が広げ、深淵全体を覆う。
二頭の熊が深淵の隣で呆然とこの場面を見ていた。
「どうすりゃいいんだ……」
「もう何もしなくてんいいんじゃ……」
「そういえば、俺たちって、あの玄天双煞の玄幸一の魔の手から生き延びたんじゃない?」
「っ!だよな、俺たち、今生きているよな!」
「すごい!すごい!俺たち、ひょっとして、めちゃくちゃ強いじゃないか!」
「そう!俺たち、強いんだ!!玄幸一さえ手を出さないほど強いんだぞ!!」
熊たちの自慢話のネタになったのも知らずに、幸一は天寿国と沙薔国の辺境へ向かった。
***
四時間後、幸一は天寿国のとある辺境駐在軍の軍営に入った。
「驚いたな、紫苑は軍営で傷病人の世話をしているなんて」
幸一は感心した。
紫苑は魔物で、外見は二十代の青年の姿だけど、実際に六歳しかない。
数か月ぶりの紫苑が、前より落ち着いた雰囲気になったのを見て、幸一は嬉しく思った。
紫苑は幸一をとある長方体の屋敷に案内した。
ほかの天幕と違い、その屋敷はちゃんとした木材と土石でできて、かなり頑丈なものらしい。
「軍営と言えば、天幕しか印象がないけど、こんな立派な建物もあるんだ」
「ここは医療施設ですから、粗末にしてはいけません」
紫苑は少し誇らしげに言った。
「分かる。でも、攻撃の標的になりやすいだろ?お礼にも兼ねて、後で隠蔽の結界を作ってあげるよ」
幸一の好意を聞いて、紫苑はため息をついた。
「天寿国と沙薔国は和解したので、これからここら辺は安全になります。お礼をくださるのなら、修良様をここに誘致しないと約束していただけると大変助かります」
「先輩を連れてくるつもりはないけど……紫苑さん、先輩に何か誤解でもあったんじゃない」
「おのれの誤解だといいですけど……」
幸一の無自覚に紫苑は鬱になりそう。
怖いのが修良だけど、修良を動かせるのは幸一。
幸一のやり方が変わらないと、修良はいつまででも「脅威」だ……
紫苑の部屋に入ると、幸一は羽を壁に貼り付け、光で呪文を描き、氷雨剣を部屋の真ん中に差し込み――三重の結界を作った。
「あの、幸一様……前世を遡るだけ、ですか?」
その厳重態勢を見ると、紫苑はよくない予感がした。
「これは念のためだ。今回の前世はちょっとやばいかもしれないから」
「やばい、ですか……」
(以前見ていたあの一人で万人を殺した前世はもう十分やばいというのに、まさか、それ以上ヤバイのがあるのか……)
紫苑は密かに冷汗を掻いた。
「だから、紫苑さんは俺の心魔によって生じる抵抗感を解放して、俺を過去の生に導くだけでいい。決してその前世に入らないでください」
幸一の真剣さは紫苑の不安を更に煽った。
(……おのれはこんなに弱いのに、なんで「やばい」のが次々と来るのだろう。)
(そもそも修良様に睨まれたのも幸一様のせいで、幸一様本人もわがままで強引で人の話を聞かないけど……おのれの恩人だし、悪意はないし、庇ってくれたし、神様だし……)
(はぁ……だめだ、疲れた……もうどうでもいい。)
心の中でいろいろもがいたあげく、紫苑は思考を諦めて、幸一の要求に承諾した。
幸一は紫苑と対面で床に座り、紫苑と両手をつなげた状態で瞑想に入る。
***
癸黙の名前を辿って、幸一の意識が遠い遠い前世の記憶に沈んだ。
どれだけ経ったのか、幸一は一片の罵声と悲惨な叫びの中で目を覚ました。
パシッ!
目を開けた瞬間、顔が重い平手打ちを喰らった。
小さな体が大きく揺れて、手に持っている上質な玉の腕輪が床に落ち、ピリンと叩き壊れた。
「何回言ったら分かるの!?盗品はいらないわ!」
目の前の大人の女性が憎しみにも近い目で彼を睨んでいる。
「幸一」は年に似合わない漠然とした目で女性を見つめる。
「でも、おふくろが着ている服も、食べているものも、全部、これと同じ手でもらったのよ」
指摘されてぶち切れたのか、女性は「幸一」の両肩を掴んで、小さな体を強く揺らした。
「好きで着て食べているわけじゃないのよ!あなた、七歳になっても、お母さんって呼び方ができないの!?やっぱり、あなたは私の子じゃない、あの汚い盗賊の子よ!!」
女性は「幸一」を突っ飛ばして、「幸一」は尻もちついた。
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