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百十三 約束を守らない鬼

女はそのまま癸黙たちと山に帰って、望み通りに盗賊軍団に入った。 女の名は樹梨(じゅり)。 いろんなことを経験したのか、年のわりに見識がある。すぐ癸黙の父のお気に入りの部下になった。 樹梨は頭がいい。戦闘力の足りなさを補うために、いかなる手段で本を手に入れて、勉強をして、盗賊団の頭脳になろうとした。 癸黙は分からなかった。なぜ樹梨はそこまで頑張っているのか、なぜ、この盗賊団で生れたのは自分で、彼女ではなかったのか。樹梨となんの関係もないのに、なぜ、樹梨から懐かしい何かを感じたのか。 ある日、樹梨はいかにも大事件を発表する勢いで、盗賊たちに警告を出した。 「今夜は大凶だ! と、この『慕辰紀事(ぼくしんきじ)』の残本に書いてある!みんな、今夜限って、絶対外に出るなよ!」 「なんだ?そのぼくしん……きじというもの?」 好奇心旺盛な若い盗賊が挙手した。 「慕辰法師という千年前の大法師が書いた予言書よ!彼の時代に九つの星が空で一直線になった異常天象『九星連珠(きゅうせいれんじゅ)』が発生した。その天象は千年の乱世の扉を開いた。そして彼は死ぬ前に予言した。千年後、つまり明日に、九星連珠がまた発生する!その影響で、とんでもない強い天地の波動が爆発する。直撃されたら、並みの人間じゃ耐えられないわ!だから、みんなは何処かに隠れててね!」 「へぇ、へぇ~」 「そんな伝説があるんだ……」 分かったような分からなかったような、盗賊たちお互いの顔を見つめた。 一人だけ、笑顔を浮かべた。 「大凶か、面白そうだな。俺は外に出るぞ」 「若頭!!」 癸黙は全員の注目を受けた。 彼が何かに興味を示すのは非常異珍しいことだ。 「千年一度の異常天象だろ?見ないともったいないじゃない」 「ちょっと、若頭、本気!?」 樹梨は目を大きく張った。 「若頭が出るなら、俺たちもちょっと覗いて見てもいいんじゃない?千年一度だし……」 「馬鹿!若頭はおめぇみてぇな並の人間じゃねぇよ。分かんのか!」 癸黙はざわざわ議論している盗賊たちに構わず、外に出て、新鮮な空気を吸った。 強い天地の波動が爆発するか…… なぜか分からないが、生れて始めて、ワクワクな感覚を知った。 次の日の夜。 癸黙と数人の大胆な盗賊は山の頂上で「九星連珠」を待っていた。 癸黙以外の人たちは待ちくたびれて、帰ろうとする時、やっと異変が起こった。 いつの間にか、銀河の輝きが褪せて、色の異なる九つの星が鮮明に見えてきた。 見ているうちに、九つの星が本当に直線に並んだ。 「すげぇ!本当に、一直線だ!」 「若頭!」 興奮の盗賊は癸黙を呼びかけた。 「ああ、確かに…っ!」 突然に、九つの星の光が爆発し、癸黙の視線は盛大な赤い光に包まれた。 光があまりにも強く、癸黙は脳髄まで侵入されたような痛みを感じた。 「!!」 癸黙は目を潰して、頭を抑えた。 「どうした若頭!!」 頭の中で、金属が共鳴しているような音が響き、部下の叫び声が小さく聞こえる。 「光が、あの赤い光は、何だ……」 癸黙は共鳴を耐えて、声を絞った。 「赤い光?どこ!?」 盗賊たちは困惑した。 癸黙以外に、誰も光を見なかったようだ。 だが、癸黙は光のことを解明する余裕がなく、脳内の共鳴が急速に膨らんでいく。 「!っ……!!」 頭の底、いいえ、魂の底から、見たことのない無数の記憶が湧き出て、嵐のように彼の意識を巻き込んだ。 「若頭!!」 「若……」 部下たちの声はもう聞こえない。 癸黙の意識が薄れ行くのと共に、癸黙の中でこの人生を振り返る幸一の意識が表に浮かんできた。 (どういうことだ。今の俺は、癸黙の記憶の中にいるはず、なぜほかの世の記憶が一気に……っ!!) この衝撃で、幸一はやっと癸黙の特別なところを思い出した。 (そうだ、癸黙は、この幸一以外に、唯一過去の前世の記憶を持つ人間だった!) (あの千年一度の九星連珠で、癸黙は彼より以前のすべての前世の記憶を取り戻した!) (全部、癸黙の前世である「慕辰法師」が仕組んだものだった……) 幸一はもっと深い夢に落ちたように、癸黙よりも遠い前世の記憶に呑み込まれた。 慕辰法師。おそらく、幸一の前世の中で、一番法力の強い人間だ。 天良鬼と知り合いになったのは人生の最後の数年だったが、天良鬼に見つめられながら人生の最後まで歩んでいた。 慕辰法師は自分の天良鬼への感情に気付いたが、天良鬼が彼をただの同志、友人として見ていることも分かる。 多く求めてはいけないと知っていて、友人として最後まで見届けてくれることに満足すべきだと分かる。なのに、何かに取り憑かれたように、執念はどうしても振り払えない。 命が尽きる前に、諦めの悪い彼は天良鬼と約束を交わした。 「鬼って、長生きですね……生まれ変わっても、会えるかな?」 「会えるよ。会いに行く」 「……その時の私は、まだ私なのでしょうか?」 愛する人を忘れることは、死よりも恐ろしいことだ。 それに、天良鬼には千年の眠りという自己浄化の儀式がある。人間の良心の悪化によって体が一定程度の汚れが溜まったら、自分の意思と関係なく、天良鬼は自動的にその眠りに落ちる。 「会いに行く」と約束されても、自分が生まれた時代に彼が目覚めなかったら……再会はいつまででも果たさない。 天良鬼から聞いたことがある、たとえ眠っている状態でも、九星連珠ほどの巨大な波動があれば、必ず目覚める。 だから、慕辰法師は千年一度発生する九星連珠を利用して、一つの法術を作った。 彼は九星連珠の波動に、自分の記憶を保存した。 そうすれば、九星連珠が再び発生すると、生まれ変わった自分の記憶がその波動によって呼び起こされる。 さらに、自分の魂に封印を付けて、次の転生を強引に千年後までに伸ばした。 これで、きっと天良鬼に再び会える。 慕辰法師の記憶を起こす法術は成功した。 だが、予測できなかったのは、癸黙が取り戻した記憶は、慕辰法師の世のものだけではなかった…… 癸黙より前の、すべての前世の記憶だった。 「若頭!しっかり!」 「だから言ったろ!この馬鹿若!!」 「どうしよう!誰か、医者を呼んで来い!」 盗賊たちの騒がしい声の中で、癸黙は再び目を開いた。 「私の声聞こえるか?樹梨だよ!」 「……」 やっと分かった。 ここの何もかもが退屈の理由も、樹梨の必死な姿に懐かしさを感じる理由も、 ずっと待っているものの正体も…… 「……」 「俺は、ここを出る……」 「……」 盗賊たちの騒音のなかで、癸黙は呟いた。 「えっ?」 「出なくていいから、医者はすぐに来るぞ!」 「馬~鹿!若頭はまだ夢の中だ!」 「目を覚ませ!若――!」 「……」 数日後、癸黙が一人で山を離れるまでに、盗賊たちは彼のこの時の話を理解できなかった。 癸黙は知った。 彼の魂はずっと「天良鬼」というもの追いかけている。 人間として生を受ける前からずっと…… 何度もその天良鬼と出合い、何度も再会の約束を交わした…… だが、その天良鬼は…… *** その時代、天良鬼の伝説はまだ友好なものだ。 天良鬼とは、人々の善良な心によって生れた特別な鬼様。 誠心誠意に願えば、彼は人々を助ける。 一部の戦争に苦しんでいる者たちも、どこかその天良鬼伝説に期待している。 彼の手掛かりに関する伝説は各地にちょこちょこと散らばっている。 癸黙は伝説を辿って、天良鬼が眠っていると言われる山についた。 周りの住民に訊ねてみれば、白い衣裳の見知らぬ美しい青年の目撃情報があった。 (やはり、目覚めたのか。探しに行かなきゃ……!) (すべてを、彼に伝えなきゃ……!) 癸黙はその青年の跡を追った。 人々の噂から確信した。その青年は、確かに、彼の知っている天良鬼だ。 そして、天良鬼が向かっている方向は、慕辰法師と再会の約束をした草原だ。 (今回こそ、ちゃんと覚えているな!) 癸黙は迷いもなく、その草原に駆け付けた。 千年の時が経っても、草原は草原のままだ。 ただ、住民の数は昔の十分の一もない。かなり寂しいところになった。 癸黙は草原に住みつけて、天良鬼の到来を待っていた。 だけど、数か月が経っていても、天良鬼は現れなかった。 (草原は広いから、あいつ、ちゃんと俺を見つけられるかな。俺のこと、まだ分かるかな……) もう待っていられない、癸黙は部屋に手紙を残し、天良鬼を探しに行った。 最初は草原上、次は草原の周り、それから近くの集落、少し遠くの村、更に遠くの町…… さまざまな曖昧な情報を聞きすぎて、みんなが見たのは本当に天良鬼なのか、それとも別の人なのか、もう判別できない…… すぐ見つけれらると思ったけど、結果がないまま三年も経った。 最後に、草原の住所に戻った。 再び目にした草原はまるで知らない場所。 空も大地も果てしない。 景色の色が薄い、風の匂いが冷徹。 昼と夜がなんの意外もなく繰り返し、時間の流れがだんだん感じなくなる。 記憶が戻った時の興奮が冷めていく。 興奮という光に遮られた記憶の中身は露呈し始めて、じわじわと意識を侵蝕してくる。 そういえば、最初に人として生を受けたのも、草原だったような気がした。 女の子だっけ?男の子だっけ? よく覚えていないけど、初めて人間の目で見た天良鬼の色が優しくて、鮮明だった。 うちの柿を食べに来ると約束したけど、来なかった。 当然だな。 仙人様が、一介の見知らぬ子供の話を覚えているわけがないだろう。 次の生は、書生だったけ? 村を通る天良鬼を掴んで、学問を教えてもらった。 立派な大人になったら、会いに来てくれると約束をした…… いいえ、約束より、一方的な希望だったようなものだ。 よく考えてみれば、村長なんて立派と関係なく、かなり地味な大人かも知れないだろう。 後は、なんだっけ? ああ、武人か。いや、猟師だ。 山で獲物を探している途中、負傷して、天良鬼に出会って、手当までしてもらった。 それから何度も天良鬼に腕比べを挑戦しようとして、「俺が勝つまで逃げるな」みたいな生意気な宣言もした。でもある日、天良鬼はなんの知らせもなく、姿を消した。 …… ちょっと待って、挑戦をしたということは、やはり武人じゃない? でも武人は何で山に?やっぱり猟師じゃ……それとも、別別の生世のこと? それから、それから…… いくら思い出しても、一期一会の場面ばかりだった。 まるで、無数の鏡の欠片のように、空から降りかかる。手を伸ばせば、その記憶の破片に痛く刺される。 一緒にいる時間が一番長かったのは、やはり慕辰法師だったか…… 慕辰法師は法術の天才。修行で強い法力を手に入れて、何かにとりつかれたように、何度も自分の寿命を伸ばした。やっと、人生の最後で天良鬼を見つけて、数年間、友人として一緒に歩んでいた。 ほかの生で前世を思い出した事がないと思うが、なぜか毎回も毎回も無意識的に、天良鬼の姿を追いかけていた。 前世の状況がバラバラだったけど、一つだけ、変わらないことがある―― 過去の記憶を手に入れた今、やっと気付いた―― 天良鬼は、約束を守ったことは、一度もなかった。 「……やっぱり、来ないんだ」 離れた時ままの手紙を見つめて、癸黙は自分を嘲笑るように嘆いた。 どのくらい静寂が経ったのか、誰かが外から扉を叩いた。 (まさかっ!)

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