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百十五 鬼魔頭の誕生

「ごめんな、おやじ、おふくろの命だけでも残してあげたかったけど、無理だった」 癸黙は丁寧に母の容儀を整理しながら、誰かに聞かせるように呟いた。 「おやじは本気におふくろのことが好きだろ。いつも母似ってかわいいって俺を褒めていたな」 「だけどな、おやじはやっぱり自業自得だ。おふくろを嫁にしなかったら、こんなに早く首が飛ばされることもないだろう」 「おやじはおふくると同じ墓に入りたいよね。でも、おふくろは絶対またうるさいことを言うから、却下」 母の手から、癸黙は一枚の皺皺になった手紙と一枚の玉牌を取り出した。 手紙をざっくり読んでから、折りたたんで、懐に収めた。 「おふくろは、定山郡に帰りたいよね……幻想を壊してしまって、ごめん。だけど、そのうち、帰らせてあげるよ。大地は人をお嬢様や盗賊で区別しない」 母の遺体を布で包み込んでから、癸黙は牢屋にいる盗賊たちを呼び覚ました。 盗賊たちの癸黙を見る目はまるで救世主を見る目だった。 「若頭!俺、悔しい!やり返してぇ!!」 「お頭の仇を取ろう!」 「そうだ、若頭、いや、お頭!頼む!!」 盗賊たちは癸黙に土下座して、懇願をした。 そんな場ではないが、空気をそこまで読めたら盗賊ではない。 「……」 癸黙はすぐ答えしなかった。 生れたところが滅ぼされて、父が殺された。母が裏切りもので、この手で殺した。 不服、理不尽、悔しさ、悲しみなどを感じるのが普通だろう。 盗賊たちみたいに、誰かにやり返したいのが普通だろうが、なぜか、何も感じない。 盗賊のお頭。よく知らない言葉のようだ。 盗賊の巣で、跡継ぎとして生まれたけど、盗賊の頭なることを一度も考えなかった。 盗賊になるために生まれたのではないから、盗賊という人生を選んだ覚えもない。 だから、周りのすべてがつまらないと思っていた。 感情の波を感じ始めたのは、前世の記憶を取り戻した時だった。 この世に生まれたたった一つの願いが分かったから。 あの人に会いたい、会いたい、もう一度会いたい、聞きたい、知りたい…… 胸が絞めつけられたように、魂が燃えるように…… でも今はまた、すべてが冷めて、何も感じなくなった。 そういえば、どこかの前世で、あの人は言ったことがある。 信じることができるから、人間が成り立つ。 愛することができるから、人間が成り立つ。 正道を歩むから、世界が成り立つ。 その時、彼の輝きに魅入られ、なんの疑問もしなかったけど、今の癸黙は思った―― もしも、信じることがすべて偽り、愛することがすべて壊され、邪道が正道を嘲笑うような世の中になったら、人間は、世界はまだ成り立つのだろうか。 天良鬼は、話の半分だけを言ったのかも知れない。 だって、彼は言った。彼は人間が人間でいることを見守るために存在する。 すべての人間が人間でなくなる時、彼は悪鬼に変身し、世界を滅ぼす…… (なあ~に、お前も、知っているんじゃないか。) おかしいことでもないのに、癸黙はくすっと笑った。 殺しは、時に救いだ。 滅びは、最後の救いだ。 癸黙は盗賊たちに返事を出した。 「いいだろう。復讐しよう。徹底的に」 今世で、|天良鬼《てんりょうき》にはもう会えないだろう。 だけど―― (俺は、お前により先にお前の終点に到着しそうじゃないか……) この終点が見えた絶望感は、まさに喜びだ。 まもなく、延国と寧国の辺境にある死刑牢が相次ぎに襲われた。 犯人は延国軍に滅亡された定山郡の盗賊の残党、盗賊たちの頭領は一人の少年。 少年は囚人たちの出身を問わず、すべての囚人に武器を投げて、同じ言葉を置いた。 「殺す力がまだ残っている奴は、一緒に来い」 その誘いに乗る人は仲間入り、断った人は皆殺し。 そんなに時間がかからなく、死刑囚を戦力とす軍隊ができた。 延国は定山郡を占領したが、まだ基盤が脆く、寧国の腹心地に侵入していない。 癸黙が死刑囚軍隊を率い、稲妻のような動きで定山郡の周りの延国の拠点を次々と侵攻する。 癸黙の軍隊は占領をしない、略奪も徹底しない。無駄な動きを一切しなく、一番早い速度で拠点を潰し、そして去る。 いつも延国の増援が到着する前に戦闘を終わらせ、延国に死体の山だけを残す。 まるで、敵を殺すことだけが目的の軍隊だった。 寧国の朝廷は癸黙の行動をいいことにしながらも、その軍隊の威力に恐怖を感じた。 癸黙を取り込むために、癸黙に「将軍」の称号を与え、彼に都への招待状を送った。 その称号にまったく興味なく、癸黙はただ戦争を続けていた。 そして、延国軍だけではなく、彼の道を阻むものがいれば、寧国の官軍であろうと、商売の道を守る鏢局であろうと、戦争をやめようと彼を説得しに来た使者であろうと、問答無用に殺す。 いつの間にか、人々は彼のことを「鬼魔頭」と呼んでいた。 一連の作戦により、定山郡が延国へつなぐ道がすべて断ち切られた。 癸黙の目的も明確になった。 彼は定山郡を孤島にするつもりだった。 準備が整えたら、癸黙の軍隊は定山郡を包囲した。 ほかの拠点に侵攻する時と違い、彼はすぐに定山郡を侵攻しなかった。 それどころか、定山郡が出した延国へ救援を求める兵士をすべて逃した。 しかし、三か月が経っていても、延国の救援が来なかった。 城内に飢饉が蔓延、人々は乱を起こした。 癸黙の軍隊が軽々しく定山郡に入った。 無駄な抵抗をする定山郡の軍を手下たちに任せて、癸黙は大刀を肩に担いで、一人で郡守の城に入った。 城内はもうごちゃごちゃになった。 延国の兵士はもともとこの郡を守る意思が弱く、癸黙が何回か刀を振り回したら、すぐ退却した。必死に抵抗しているのは|郡守《ぐんしゅ》の私兵たちだ。彼たちは郡守に時間稼ぎを任された。 その隙を利用し、郡守は家族を集めた。民に偽装し、混乱に紛れ込んで逃げ出す打算だ。  だが、癸黙の到来は彼の計画の終了を告げた。 「敵軍に占領された町で、元郡守の地位が変わらないとは、さすがだな」 「!!」 癸黙は一人、郡守一家は十人。 だけど、恐怖を感じるのは人数の多い方だ。 癸黙が持っている血に染められ大刀を見ると、郡守側の二人の子供が思わず「ぎゃあ」と驚きの声を上げた。 「貴様、賊軍のものか!」 「そう。俺は賊軍だ」 癸黙は形だけの笑顔を作り、刀で郡守を指した。 「だから、お前は賊軍の祖父だ」 「何を馬鹿な…っ!」 いきなり、郡守の男は癸黙の意味を悟った。 目の前にいるこの悪鬼形相の少年は、自分の孫だった。 盗賊団が滅ぼされた後、定山郡は延国に侵攻されたのではなく、延国に献上されたのだ。 だから、郡守は郡守のままだ。ただ、寧国の官僚から延国の官僚になっただけだ。 癸黙は、母が残した手紙で分かった。 手紙で母に盗賊団の情報を求めるのは延国ではなく、母の父である郡守だ。 母の信用を得るために、家の証である玉牌も付けた。 その手紙と玉牌はは母が死ぬまでに手に握ったものだった。

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