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百十九 天命よりあなた
***
官府の牢屋で修良を待っているのは幸銘だった。
「幸銘さん、修良さんを連れてきましたよ。約束通りに残った二百人の在り処を教えてくれませんか?」
珊瑚は檻越しに幸銘に修良の姿を見せた。
「お疲れ」
幸銘は牢屋より茶屋で休んでいるような気軽さで珊瑚に手を振った。
「じゃあ、修良さんを俺と同じ牢屋に入れてくれ。俺の記憶は不完全だから、彼と確認しながら在り処を書き出すんだ」
「……」
修良は珊瑚に頷いた。
修良が牢屋に入れると、幸銘はまた上質な文房具と机を珊瑚に頼んだ。
そらは修良と二人きりになる言い訳だと知って、気の利く珊瑚はすんなりとその場を離れた。
「どう?俺のこと、思い出したのか?天良鬼」
幸銘は気楽そうに床に座って、真正面から修良に問いかけた。
「一瞬の欠片しかない。あなたが自分の命を絶つ場面だ」
修良はなにか手掛かりが見つかるように、じっくりと幸銘の姿を目に焼いた。
「やっぱり」
幸銘はなんの意外もなく、から笑いした。
「やっぱり?私の記憶について、何か知っているのか」
「知らないよ。記憶が失くしたことは、誰だってある。別に天良鬼だけのことじゃない。だけど、消えた理由は人それぞれ、他人が知るようもない」
幸銘は膝に頬杖をつきながら、興味深い目で修良を見つめる。
修良は静かに頭を横に振った。
「いいえ、記憶は消えない。思い出さないのは、何処かに埋められただけだ。掘り出せば、そこに隠された真実が見える。私にあなたのことを思い出してほしいなら、手伝ってくれ」
「……」
修良が真剣に向かってくれるのを見て、幸銘の目の色が深くなった。
「無駄だ。知らないことは知らない――お前はなぜ『俺』を忘れたのか」
「……」
やっぱり似ている。
修良の胸が締め付ける。
幸銘は、今の幸一より、あの戦場で一人で敵を皆殺しをした還初太子に似ている。
彼たちの目に宿っているのは何かを成し遂げようとする強い意志、そして、底の見えない絶望感。
胸の痛みに唆され、修良は、一言一句に自分の推測を口にした。
「あなたは、幸一の前世の一人なのか?」
「……違う」
幸銘は修良の推測を否定して、素直に身分を白状した。
「俺と幸一は別ものだ。一昨日の夜のお前の答えは正解だった。俺は『天命の星』、幸一から力を吸い取り、救世主にその力を与え、悪鬼を消滅するのは俺の使命だ。幸一から力を吸い取るために、幸一に似せて作られただけだ」
「誰に?」
修良は眉を寄せる。
「さあ、誰だろうね。俺も自分を作ったものを見たことはないから……どうしても言うのるなら、神、かな」
幸銘はまた軽やかな感じ戻った。
「……神?」
修良は一度その言葉を吟味する。
「あなたは幸一と関係ないなら、一昨日の夜、なぜ私に誘導の話を?」
修良は更に問い詰めた。
「それは策略だ。執念の深い天良鬼とバカな新米神様を引き裂けるためにね。現に、幸一は焦って自分の前世を探りに行って、天良鬼はこうして牢屋入りだ」
幸銘は笑って答えたが、修良は納得しなかった。
「天命の星の使命は、私を消滅するのでは?こんな牢屋はなんの役に立つ?たとえ人間界の法律で私を断罪しても、私は死なない。天命の星なら、それを知っているだろ」
幸銘は仕方なさそうに背を壁に預けて、苦笑いをした。
「俺もこんな回りくどいやり方が好まないけどな、救世主はだめなんだ」
「救世主?鏡花のことか?」
「そうそう、せっかく救世主に選ばれたのに、あんまりにも軟弱で、お前たちと戦うどころか、幸一から吸い取った力を受けるのも断った。本当に、馬鹿だな」
幸銘は一回残念そうにため息をついてから、頭を上げて、真っすぐに修良の目を見る。
「だから、俺は自分の方法で天命を全う――」
「……」
修良は目を移さないまま、平静に幸銘に聞き返した。
「天命だけ、なのか?」
「!」
幸銘の目の光が小さく揺れた。
再び目の焦点を定めると、修良はもう目も前に迫った。
「私は、天命より、あなたの目的が知りたい。中途半端な言い訳で私を騙せない。あなたは、一体私に何を望んでいる?」
幸銘ののどが小さく動いて、何かを言い出そうに唇が震えたが、密かに拳を握りしめ、皮肉そうに鼻で吹いた。
「なにも思い出さないくせに、気が利きすぎるのは自分のためにならないぞ、天良鬼――
そう早まるな。すぐに、お前を破滅の道に追い詰める」
***
!!
癸黙という人生の最後に、幸一は強い衝撃を受けて、パッと目がさめた。
「幸一様!よかった!やっと戻ってきました!」
隣に、焦りに取り乱しそうな紫苑がいた。
「……」
記憶の痛みがまだ残っている錯覚がして、幸一は腹に手を当てて、ゆっくりと紫苑に振り向いた。
「紫苑さん……ごめん。けっこうかかったんだろ……」
「はい、もう、三日も経ちました……」
「っ、三日!?」
意識がかなり沈んだとはいえ、三日はさすが長すぎる。
幸銘の三日の約束を断ったとはいえ、幸銘は本当に「癸黙」だったら、自分を待たなくて、何か別の行動を取るはずだ。
「それに、昨日から幸一様の胸のところに何かがずっと光っていて、共鳴していたのです」
「!」
紫苑の注意で、幸一は胸に入っている幸銘からの数珠を取り出した。
数珠が薄く光っていて、幸一と霊力と共鳴している。
「やっぱり、もう動き出したのか……早く帰らないと!」
幸一は床から飛び上がった。
「ごめん、紫苑さん、今回のお礼はまた今度にさせてくれ!」
「お礼などいいです。ただ一つ、今回のことを修良様に内緒……」
「ああ、分かる。落ち着いたら、先輩と一緒に礼をしに来るよ!」
「ちょっ!幸一様、おのれの話をちゃんと聞いています?!」
幸一は癸黙や修良のことが頭一杯で、答えが紫苑の話と全然噛み合わなかった。
紫苑は念を押したいと一歩前に出たが、幸一はもう部屋から飛び出した。
「まあ、いつものことだから……幸一様は悪い気がないし、修良様も、幸一様さえ無事でいれば、大目に見てくれる、はず……かもしれない……でしょうね」
紫苑はなんとなく痛くなってきた頭を抑えて、長いため息をついた。
その時、扉の外から呼び声がした。
「紫苑さん――」
「幸一様!?」
幸一が戻ってきたと思って、紫苑の目が一瞬に光った。
だが残念、扉の外に立っているのは幸一ではなく、若い武人だった。
「幸一……?」
武人は軽く頸をかしげる。
「|耀光《ようこう》様……」
紫苑はその人の名前を口にする。
幸一のことをどう説明すればいいのか悩んでいたら、相手から意外な質問が来た。
「幸一って、もしかして、『玄幸一』なのか?」
「!?」
***
幸一は蒼炎鳥に乗り、竜巻のような速度で柳蓮県へ戻る。
鳥を飛ばしてから、すぐ幸銘からもらった数珠に封印の法術をかけた。
そして、さまざまな疑問や推測が心を走る。
(幸銘――癸黙は俺の前世の一人だ。)
(俺に似たような波動を持っているから、俺との共鳴によって霊力を吸い取られる。もしかしたら、あの太陽太歳についていた子供も、俺の前世の一人かもしれない。なにせ、俺はあの子の記憶を見ていた。)
(でも、なぜ俺の前世がこの新世界で実体化している?俺の魂から一部を剥離したのなら、俺はなんの感覚もないはずがない。前世の中でも、魂が剥離された記憶がない……)
(やはり、神とかの仕業か。偽物の俺を作り出して、この力を取り戻すために……でも、なぜ前世?しかも、最悪のあの癸黙……)
幸一は拳を強く握りしめる。
正直、自分の前世が混乱しすぎる、修良に知られたくないことが山ほどある。
よりによって、自分自身でさえ制御しにくいあの壊れた人間の癸黙……
癸黙の嫌な性格だったら、絶対修良に前世のことに気付かせる。
それに……
(癸黙は俺だったら、目的は「あれ」かもしれない……させるもんか!)
(俺の因縁は俺自身で終わらせる!先輩に手を出させない!)
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