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第4話
真白は我知らず、デュアンをじーっと見つめた。すると。
「なんだ」
デュアンが眉間に深い皺を刻んだ。
「えっ」
「人の顔をそのようにジロジロと見るのは無礼だぞ」
デュアンは不機嫌を丸出しにしてぷいっと顔を逸らしてしまった。
「す、すみません」
無礼を咎められているというのに、なぜだか頬が熱くなり、心臓はトクトクとせわしないリズムを刻む。それもやむなしと思えるほど、デュアンのルックスは完璧だった。
「まったくなぜこのような事態になってしまったのやら」
もはや責める気力もなくしたように、デュアンがチッチラを見下ろした。
「性別を間違えたのは仕方ないとして、せめてもう少し屈強そうな男なら私の側近として置いてやる手もあるのだが、このような……」
以下略、とばかりにデュアンは続く台詞を呑み込んだ。役に立たなそうなちんちくりんが、とでも言いたかったのだろう、肩を竦める様子に真白はさすがにムカッとした。
「そうですよね。えーえー困りますよね。お妃になる女性を待っていたのに、間違ってちんちくりんの男が来ちゃったんですから。すみませんでしたね」
嫌味たっぷりに睨み上げてやった。しかしデュアンはまるで意に介さず「まったくだ」と真顔で頷いた。
がまんが限界に達した。やっぱり人間は見た目より性格が大事だと再確認しながら真白はゆっくりとベッドを下りた。
「おい、どこへ行く」
「僕はこの国には無用のようなので、日本に帰らせていただきます」
失礼しますと頭を下げると、デュアンがきょとんと首を傾げた。
「ニホン、とは?」
「僕が住んでいる国です。ニ・ホ・ン」
真白はチッチラを、ちょっと軽蔑を込めて見下ろした。
「ヤーパンって呼ばれていたのは確か江戸時代だったはずだから、それこそ二百年くらい前の話ですよ。守護神さんの情報、アップデートされていないみたいですね」
真白の言葉に、デュアンは鼻白んだようにチッチラを睨んだ。チッチラはプライドを傷つけられたらしく、頬をぷうっと膨らませて完全にそっぽを向いてしまった。
「そういうことですので、失礼いたします」
部屋の扉に向かって歩き出した真白の背中に、デュアンの冷めた声が刺さった。
「残念ながら、元の世界に戻ることはできない」
真白は足を止め、後ろを振り返った。
「どういうことですか」
「そのままの意味だ。一度チッチラによって召喚された者は、未来永劫元の世界に戻ることはできない。そういうことになっているのだ」
「そんなこと、誰が決めたんですか」
「決めたのではない。決まっているのだ。あまり役には立たたないが、チッチラは一応この国の守護神、つまり神なのだ。すべての国民はもとより国王の私でさえ、神が決めたことに逆らうことは不可能だ」
役に立たないとバッサリ切り捨てられた哀れな守護神は、ベッドの隅で不貞寝を決め込んでいる。
「じゃあ僕はどうすればいいんですか」
男の自分が王妃になれるわけがない。かといって元の世界に帰ることもできない。絵に描いたような八方塞がりだ。これはいわゆる「詰んだ」状態ではないかと、迫りくる絶望感と闘う真白を前に、デュアンはあくまでも冷静だった。
「そうだな……側近をさせるには心許ないが、さしずめ私の専属靴磨きとして城に置いてやってもかまわないぞ。マシロ、お前靴は磨けるか?」
「なっ……」
頭の中で、カッチ~ンと派手な音がした。
美貌の国王はどこまでも真顔だった。馬鹿にしているわけではなく、貶めるつもりもなく、行き場を失った真白を精一杯慮っての発言なのだろう。この国に彼より位の高い人間はいないのだから当然のことなのかもしれないが、あいにく真白はアールダリーオ王国の国民ではない。
「雇っていただかなくて結構です」
頭ひとつ分高い場所にあるデュアンの瞳を睨み上げた。反抗心を隠そうともしない真白の視線に、デュアンの表情がさーっと変わった。美しい瞳の奥に、不穏な光が宿る。
「なんだと」
「残念ながら靴磨きの経験はありませんので。お役に立てなくて申し訳ありませんでしたね」
さらに強い目で睨み上げると、デュアンはその表情をさらに硬くする。
「僕はこれでも十九歳です。成人です。あなたの世話にならなくても仕事くらい自分で探しますので心配はご無用です。ではさようなら」
形だけの一礼を残し、デュアンの横をすり抜けた。
「おい、待て」
背後から肩を強く引かれ、真白はドアの取っ手を掴み損ねる。
「放してください」
「待てと言っているのが聞こえないのか」
「聞こえていますけど、従う気はありませ――うわっ」
制止を無視してドアを開き廊下に出ると、いつからそこで待機していたのか、数えきれないほどの人数の側近たちが寄ってきて、真白はあっという間に取り囲まれてしまった。
一番屈強そうな男が、真白を背後から羽交い絞めにする。
「は、放せっ」
「ここから逃げられると本気で思っているのか」
デュアンが口元を歪める。
「逃げる? どうして僕が逃げなくちゃいけないんですか。どこへ行こうと僕の勝手だと思いますけど」
「勝手に城から出ることはまかりならん。国王の命に背くことの意味を、わかっているのだろうな」
「国王陛下ともあろうお方が脅しですか?」
「なっ……んだと」
一歩も引かない真白に、側近たちの緊張感が一気に高まる。
「僕は日本人だ! この国のルールなんて知らない!」
大きな声を出したら、辛うじて抑え込んでいた怒りが溢れ出してしまった。
「大体、召喚だかなんだか知らないけど、間違えたのはそっちでしょうが。それをちゃんと謝りもしないで『許せ』? は? それだけっすか? 『許せ』ですべてが解決するなら、警察も自衛隊もスパイも殺し屋もいらないんだよ!」
しまった、と思った時にはすでに遅かった。あたりの空気がパキンと音を立てて凍りつくのがわかった。真白のあまりの剣幕に、デュアンは目を見開いたまま固まっている。
――うわぁ……ヤバいよな、これ。
国王を怒鳴りつけたのだから、ヤバいどころの話ではない。
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