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2人の時間3
お店から帰った俺は机に向かっていた。机の上にはパソコンと韓国語の教材。パソコンはダウンロードした音声を聞くために開いている。この教材は日本で韓国語を教えてくれた先生に勧められて購入したのもだ。とはいえ、まだ教材の良し悪しは俺にはわからない。なぜって基本的な最初のところで躓いているからだ。ハングルは読めるようにはなった。でも、その次の発音で俺は躓いている。日本でも発音は習った。でも濃音と激音の差もあるし、同じ母音が2つあったりと日本人には難しい。
激音はその名の通り激しくて、顔の前のティッシュが風で揺れるくらい強く。濃音は喉を締めて息を出さない。そんなの日本人には無理だ。激音はいいにしても濃音の喉を締めてっていうのが無理だ。喉締めたら音なんて出せるのか? と思う。そしてもっと日本人が難しいのが、日本語の発音ではひとつしかないものが韓国語ではふたつある母音。”う”、”え”、”お”この3つが発音が2つずつあるのだ。韓国人はこんなに難題とも言える発音を涼しい顔してできるんだから、どうにかしてるんじゃないかと思う。俺にはどれも難しいけれど。激音はまだ発音しやすいけど、使う場面が少ない。激音よりも使うのが濃音。つい日本語っぽく発音するとダメ出しをされた。そして母音。「なんとなくで発音しないで。曖昧すぎる」と怒られた。口の形に気をつけて発音すればなんとか発音できる。でも、会話の中ではどうしても曖昧になってしまう。そして問題なのが聞き分けができないことだ。人間、聞き分けられない音は発音ができないとよく言われる。聞き分けがふんわりとしてるから、発音もふんわりしちゃうんだろうな。これ、いつか本当に話せるようになるんだろうか。こんなに基本的なところで躓いていたら先になんて進めない。そう思いながら、俺は今日も音声を聞きまくる。そうしていると、スマホがブブブと震えた。イジュンからだ。この真新しいスマホは日本の家族の連絡先とイジュンの連絡先しか入っていない。日本の家族から連絡が来ることはほぼないので、着信イコールイジュン、になっている。
『なにしてる?』
『韓国語の勉強』
『なにをやってるの?』
『発音。基礎的なところで躓いてるよ。聞き分けができない』
『聞き分けって母音?』
『母音はもちろんだけど、たまに激音と濃音も間違える』
『激音と濃音か……。発音はできる?』
『激音は大丈夫。濃音が???になる』
『母音は聞き取りはできる?』
『そんなの無理!』
『ㅋㅋㅋ』
イジュンから送られてくる”ㅋ”。最初はなんだろうと思ったけれど、日本でいうwだと知った。このㅋは激音の”く”。どこの国にも省略記号ってあるんだなと思った。
『少しでいいから話せるようになりたいんだよ。お店のこともあるし、イジュンとも韓国語で話してみたいし。でも、発音が高い壁なんだよ』
『그럼 내가 가르쳐줄게』
英語の対話の中、いきなり放り込まれた韓国語。”くろむ ねが かるちょじゅっけ”。えっと、”くろむ”は”それなら”であってたよな? ”ねが”。えっと、”ね”は私、俺。”が”はが。つまり”俺が”。”かるちょ”ってなんだ? 韓国語の厄介なところは単語の語尾が色々変化することだ。例えば、この”かるちょ”の原型の単語がわからなければ辞書をひくことができない。この場合は恐らく”가르치다”だろう。가르치다……あった! 教える、だ。”줄게”は”주다”は確か、与える、あげる、だったはず。だからこれは”俺が教えてあげる”だ。こんな短い一文を理解するのに時間がかかる。で、えっと韓国語できたということは韓国語で返した方がいいのかな? でも、残念ながらそれは不可能だ。韓日はなんとかなっても日韓は難しい。だから返事はいつも通り英語で。
『でも、イジュンも忙しいだろ? 語学カフェで誰か教えてくれる人探そうと思ってた』
『俺が忙しいなら明日海も忙しいだろ。仕事終わりに勉強するんだから』
『だけど、仕事のためでもあるんだからそんなこと言ってられないよ。じゃあレッスン日以外の日は教えて』
『もちろん。じゃあ明日、俺が発音してあげる。聞き取れたら発音できるよ』
『それが難しいんだよ』
『ㅋㅋㅋ。大丈夫。繰り返せばわかるようになるよ』
『……頑張る』
そんなふうに俺とイジュンは|カトッ《カカオトーク》で寝るまでの少しの間メッセージでおしゃべりをした。昼間は当然お店で会って話している。それなのに夜には夜でカトッで話すってどれだけ話せば気がすむんだろう。でも、昼間は完全に仕事モードだ。だけど夜はプライベート。だから1日中話していると言ったって全然違うんだ。
『俺は日本語のひらがな・カタカナの書きわけがよくわからないよ』
『え? イジュン、日本語勉強してるの?』
『してるよ。明日海の母国語だからね』
『そうなんだ。ひらがな・カタカナは大雑把に言えば外来語がカタカナになるかな』
『外来語……。日本でいう外来語って色々あるからなぁ。英語だけとは限らないでしょ。だからどこの国の言葉を使うのか韓日訳のときすごく悩む』
有名大学を出ているイジュンが悩むって、そんなに日本語難しいかな? でも、いいな。お互いの国の言葉を勉強するって。まぁ俺の場合は仕事や生活がかかってるんだけど。でも、なんだか温かい気持ちになれた。
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