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2人の時間5
雨の中、肩を寄せ合って家まで歩く。そうして歩いていて、俺は東京でのことを思い出した。コンビニからの帰り道、イジュンが傘がなくてホテルまで送って行ったんだ。懐かしいな。あのときはまさか就職を蹴って韓国にくるようになるとは夢にも思わなかった。そう考えていると、イジュンの声が隣から聞こえた。
「東京でさ、コンビニの帰り明日海の傘でホテルまで送って貰ったよね。あのときも今も傘を持ってないのは俺だ」
イジュンも同じことを思い出していたみたいだ。
「俺も同じこと思い出してた」
「なんか俺格好良くないよね。それなのに明日海は俺のこと好きになってくれたんだから不思議だよ」
「そんなこと関係ないだろ」
「えー。でもさー。格好良いって思われたいじゃん、男としてはさ」
「じゃあ俺が格好良いって思われてるってことだからいいだろ」
「えー。ダメ! ダメだってば! 俺も格好良く思われたい!」
隣でイジュンがキャンキャン吠える。ほんとにまるで犬だ。そんなことしてたら余計に格好良いというのから遠ざかるのに、わからないかな。
「そんなふうにキャンキャン言ってたら格好悪いよ」
俺のその一言にイジュンは黙りこんだ。
「格好良くたって格好悪くたって、どっちだっていいじゃん。俺がイジュンのこと好きなのは変わらないんだから」
俺が”好き”という単語を使ったことがイジュンは驚いたようだ。だろうな。イジュンは愛情表現をくれる方だけど、俺はまずしない。韓国人は感情を表に出すのが多い。そこはイジュンも変わらないようだ。でも、俺は韓国人じゃない。日本人だ。今はだいぶ変わってきていると思うけど、俺は父親に似て愛情表現を表に出すことはほとんどしない。その俺が”好き”だと言ったのだ。そりゃイジュンも驚くか。
「明日海。俺のこと好きなんだね。嬉しい!」
「好きじゃなかったら、韓国まで来ないよ。日本で就職した方が安定しただろうしな」
「うわ、辛口……」
「今の段階ではそうだろ。これからお店がどうなるかによっては韓国へ来て良かったと思うこともあるだろうし」
「それはそうだ。じゃあ、明日海が俺を追いかけて韓国に来て良かったって思うように頑張ろう」
「え、俺、お前を追いかけて来たの?」
「え? 違うの?」
「全然違うとは言わないけど、勧誘されたからだよ」
「明日海〜」
そう泣きそうな声で名前を呼ばれる。馬鹿だな。誘われたって、それがイジュンだからなのに。さっきは”好き”と言えたけど、残念ながら何回もは言えない。
「ほら、帰るぞ」
「うん。帰るよ。帰る。春の雨は寒いからね」
「この時期を日本では”花冷え”って言うんだよ」
「はなびえ?」
「そう。桜の咲くころ、急に冷え込むことがあるだろ。 その冷え冷えとした感じを花冷えって言うんだ。今日はそれとはちょっと違うかもだけど、雨降らなくても今日は少し冷えたからね」
「はなびえかぁ。後でどうやって書くか教えて」
「いいよ。ちなみに漢字とひらがなだよ」
「あー。日本語の難しいやつだ。漢字使うのに”送りがな”?とかあるでしょう。それがわけわからない。漢字使うならひらがないらないじゃん」
「そう言えば漢字は大丈夫なの? 韓国人は自分の名前も漢字で書けないっていうけど」
そう。韓国では昔は漢字を使っていたし、そう大昔でもない時代にはハングルでは同じ音になって紛らわしいものには新聞では漢字を使っていた。だけど、教育により今は自分の名前さえハングルでしか書けなくなったと聞いている。
「今の日本が使っている漢字とは違って難しい方の漢字は韓国でも使ってたから少しは書けるし読めるよ。だから自分の名前も漢字で書けるし。それに韓国語の単語の中には”漢字語”が結構あるんだ。だから明日海も漢字の韓国語読みを覚えたら結構単語わかるようになるよ」
「そうなのか。あとでイジュンの名前漢字で書いて。それと漢字語多いの?」
「多いよ。韓国語がわからなくて辞書をひくでしょ。そのときに漢字に注目すれば少しずつ韓国語読み覚えるから自然と韓国の単語浮かぶようになるよ」
「そうなのか。いいこと聞いた」
そう言えば、日本語と韓国語で似た単語があったよな。”約束”とか。それも漢字語なのかな。そしたら結構単語はいけるかもしれない。そうなるとやっぱり発音か。
「イジュン。このあとなにか予定ある?」
「ん? 特にないよ」
「そしたら発音してくれないか? 韓国語で一番難しい」
「わかった。そしたら、|내가 가르쳐줄게《俺が教えてあげる》。この言葉の意味はわかる?」
「うん。辞書引いた」
「そっか。多分発音わかれば韓国語はかなり攻略できるよ。日本人にはね。だから発音頑張ろう」
「わかった。頑張る」
「화이팅」
「ファイティン?」
「そ。頑張ってって意味。英語のファイティングの短縮。きちんとした文章では使わないけどね」
ファイティン、か。可愛い言い方だな。俺の頭の中の韓国語ノートに単語がひとつ増えた。早く韓国語を覚えて、イジュンと韓国語で会話したいな。お店のためでもあるけど、イジュンとも話したい。というか、韓国語で俺の気持ちをきちんと伝えられるようになりたい。2人の共通語は英語だけど、母国語とニュアンスが違うときがあるから。だから感情はどちらかの母国語で伝えたい。まだ発音で躓いているけれど、頑張ろう。うん。화이팅。
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