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2人の時間6

 雨の中ひとつの傘で歩いてきたから、お互い肩が濡れている。 「はい、タオル。寒くない?」 「ん。ありがとう。少し寒いね」 「オンドルつけるよ」 「うん。オンドル慣れた?」 「そうだね。床暖房で部屋温まるのかと思ったけど、温かくなるんだね」 「温かくなるでしょ。ほんわりと温かくなる」 「日本でも最近床暖房取り入れてる家あるよ」 「そうなのか。日本は寒いとエアコン暖房でしょう。あれは寒いと思う。韓国の冬は寒いからオンドルじゃないと過ごせないよ」 「寒いときはマイナス10度とかになるってほんと?」 「うん。明日海が来たときは12月だったからまだマシだったよね」  そう言われて、あのときの寒さを思い出した。イジュンはマシと言ったけど、俺には全然マシなんかじゃないけど。 「十分寒かったよ」 「え〜12月はまだマシだって、1月や2月はもっと寒いよ。最高気温がマイナスっていうときもあるから」 「東京より寒いんだな」 「大学のときのトウミしてた留学生が”アキタ”っていうところから来てたけど、そこは似たようなものだって言ってた」  秋田? 秋田と似たようなものって……。秋田は東北だぞ? それと似たようなものって、ソウルは東北地方と同じようなものなのか。そうしたら今度の冬は、俺、生き残れるのかな。寒いのに慣れてないのに。 「俺、冬は東京に帰ってもいいか?」 「ダメ! なんで? 寒いから?」 「うん。俺、寒いの慣れてないから」 「そしたら冬が来る前に冬物買おう。ダウンコートとマフラーと手袋があれば過ごせるよ。後は温かい靴だね」 「ダウン着た上にマフラーとか、どんだけ寒いんだよ」 「あ、あとニット帽とかあるといいよ。耳隠せるでしょ」  イジュンの言葉を聞いて俺は倒れるかと思った。 「ま、まだ冬は来ないから。さ、発音の聞き取りね」  俺は今から冬が怖くなったけれど、確かに発音の勉強が先だ。 「お茶持ってくる」  そう言ってとうもろこしのひげ茶を持ってきた。 「|옥수수수염차《オクスススヨムチャ》か。これの”お”と”す”を発音してみて」  確か、ハングルでは唇を閉めるかんじの”お”だったよな。で、”す”も唇を閉める感じの”す”だ。 「もう少し、大げさなくらいでもいいよ。でもあってる。これはハングル覚えてたから?」 「うん。文字を覚えてたから発音できた。でも文字がわからないと無理」 「そっか。じゃあ耳で覚えないとダメだね」  耳で発音を覚える。だよな。そうしないといつまでたっても韓国語上達しないよな。でも、できる気がしない。大体なんで同じ母音が2つあるんだよ。 「じゃあ、”う”。今の”う”はどっちだった?」 「え? えっと……。今のは、えっと……」 「発音してみて」 「えっと、”う”」  俺は唇を横に引っ張って”う”を発音した。 「うん。あってる。俺の唇見てた?」 「ううん。見てない」 「ほんと? じゃあ次は”お”」  そんな感じで俺は母音当てクイズをやっていた。耳だけで聞き分けるのはやっぱり難しい。それでも必死に聞き分けていた。今のは多分、唇を閉める感じの”お”だと思う。そう思って俺は発音してみた。 「うん。正解。じゃあ次は単語で発音するから、その単語を発音してみて。意味は俺が後で教えるから」 「わかった」 「じゃあね。수영。あ、これは”ん”も入ってるな、わかる?」  そうだ! 韓国語には”ん”も2つあった。ngとn。今のは”う”と”ん”が入ってた。難しい。えっと、どっちだろう。 「수연」 「残念。”す”はあってた。でも、”ん”が違った。明日海は”にうん”の”ん”を発音したでしょう。正解は”いうん”の方だよ」 「難しいー。永遠に区別つかない気がしてきた」 「大丈夫だよ。実際、”う”はあってたからね。ちなみに意味は”水泳”だよ。漢字の水は韓国語では”す”だよ」 「水は”す”か」    俺はそれをノートに書いた。そのとき、イジュンのスマホが鳴った。テーブルに置いてあったスマホは画面が上を向いていたから、見えてしまった。着信。そこには”ソヨン”と表示されていた。その名前に俺は痛くなった。イジュンとソヨンさんは従兄弟だ。メッセージくらいやり取りするだろう。それに今はお店のことを拡散をお願いしているんだから余計に連絡もあるだろう。それでも俺は、彼女の勝ち誇ったような|表情《かお》を思い出して気持ちが滅入ってしまった。それでも俺は言ってしまった。 「電話出ないでいいの?」  イジュンも誰からの着信からか見えたはずだ。 「うん。急ぎの用じゃないから。今はこっち」  そう言ってイジュンは電話に出ようとはしなかった。そのことに俺はホッとして、俺は自己嫌悪に陥った。イジュンが俺を優先してくれているようで。単に今、教えてくれているからだろうことはわかってる。それでも嬉しかったんだ。

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