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春の光、揺れる影01
お店のオープンまでの2日間はイジュンのクレープ焼きに付き合っていた。そのかいあって、まだたまに破けたり、厚かったりすることもあるけど、かなりの確率で成功するようになった。生クリームは美味しそうにできるようになってるし、いいと思っている。しばらくは俺が韓国語で注文を受けられないから、俺が韓国語で注文を受けられるようになるまでの間に練習をすればイジュンも問題ないだろう。
そして今日、お店のオープン日だ。時間は10時。少し早いかな? と思ったけど、周りのカフェも10時には開くから揃えることにした。今は9時55分。あと5分で開店だ。なんだかほんとにオープンするんだって実感がわいた。今さらだけど。でも、今までは実感がなかったわけではないけど、今日はそれどころじゃない。緊張してきて手が震えてる。今、俺にクレープを焼けって言われても生地をきちんと焼くなんてできない。
「イジュン。どうしよう。すごい緊張してきた」
「大丈夫。今までやってきたことをやるだけだよ。俺もいるから安心して」
「……うん」
「こうしててあげる」
そうしてイジュンは俺の手を握ってくれた。手から伝わるイジュンの体温。それが心地良くて、緊張は少しずつほぐれていく。
「大丈夫だから」
「うん。イジュンは緊張しないの?」
「今は緊張してないかな。でも、数字を見ることになったら緊張しそう」
数字を見るのは緊張というより怖いと思う。学校ではマーケティングとかも習ったけど、実地でなんて緊張なんてものじゃない。赤になっちゃったらどうしようと思ってしまう。そんなふうになってしまったら生活できなくなるから。だから怖い。でも、数字を見ないことにはお店の改善とかができないから見なくてはいけない。
「数字を見るときは一緒に見よう」
「そうだね。1人で見るのはさすがに怖い。明日海は大学でのテキストとかノート持ってきた?」
「あるよ。参考書代わりに見てた本も持ってきた」
「そっか。俺も大学時代のテキストとノートはひっぱり出しておいた。でも、つい最近まで授業を受けてた明日海の方が主戦力かもしれない。俺は少しブランクあるから」
「そんなに経ってないだろ。まぁでも数字は2人で読んだ方がいいよ」
「うん」
お店のオープンで緊張してる俺と、数字を見ることが緊張するというイジュン。人それぞれなんだな。と思った。でも、緊張することが同じじゃなくて良かったと思った。2人で緊張してたら大変そうだ。
「明日海は公認会計士っていうの目指してたんだよね?」
「そう。アメリカではUSCPAって言われてるやつ。わかる?」
「企業の財務諸表を監査したりするんでしょう?」
「そう。他にも財務書類の作成、会計指導、企業の上場準備支援や税務業務やコンサルティングもする」
「そっか。そしたら俺よりもすごいよ。俺はそんなの目指してなかったから。俺、すごい人をスカウトしちゃったかもしれない」
「なに言ってるんだよ。残念ながら俺は1回落ちたからな。仕事やってからももう1度受ける気ではいたけど。日本では医師や弁護士と並んで難しいと言われている国家試験なんだ」
「医者や弁護士? 明日海、すごいね」
「だから落ちてるってば。イジュン、あと1分だ」
イジュンと話していると、オープン時間まであと1分になってしまった。
「大丈夫。そんなにすぐは来ないよ。来てくれたらいいけどね」
呑気にいうイジュンの手を俺はぎゅっと強く握りしめた。でも、時間になったら黒板の置き看板を出さなきゃいけないから、手は離さないといけないんだけど。
そして時計は10時をさした。
「黒板出してくるよ」
と言ってイジュンはおしゃれに書き上げた黒板メニューを外に出して、注文を取る窓のロールカーテンを上げ、窓を開けた。イジュンの言う通り、すぐにくる人なんていないとイジュンと言っていたけれど、それは少し外れていた。なぜかというと梨大のお店で仕事をしている人たちがクレープを買いに来てくれたからだ。その中には、つい先日フォトフレームを買ったお店のミンジョンさんもいた。
「来たわよ」
明るい第一声に俺は少し緊張もほぐれた。
「ヌナ。朝から元気ですね」
韓国では友人以外の親しい人に対してはお兄さん、お姉さんという呼び方をする。ミンジョンさんは俺達より少し年上なのでヌナ。ここで名前を呼ぶと一気に距離が出来てしまう。だから俺もミンジョンさんと話すときはミンジョンヌナと呼ぶ。ちなみにお兄さん、お姉さんと呼ぶのは性別で違ってくるから間違えないようにしなきゃいけない。
「今日はクレープ食べられると思って、楽しみだったの。あ、明日海くん、おはよう」
「おはようございます」
「そんな緊張しないでいいのよ」
「で、ヌナ。なににしますか?」
「んー。そうね。初日だからデラックスに行こうかな。この”春の香り”ってどんなやつ?」
「いいのに目つけましたね。苺クリームに苺をトッピングして、ストロベリーアイスを載せて、チョコソースをかけたものです。うちの看板メニューです」
「あ! チラシに写真の載ってたやつ!」
「そうです、そうです」
「じゃあそれにするわ」
そう言ってオープンして最初のお客さんはミンジョンさんで、俺達の看板メニューが初注文だった。でも、見知った人の顔を見て少しホッとした。ホッとしてから俺は春の香りを作った。
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