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春の光、揺れる影03

 SNSの効果があったのか、それとも梨大や延世の学生の口コミのおかげか、はたまた両方か。hanairoは女子大生やカップルが列を作っている。俺はと言えば、朝から夜までずっとクレープを作り続けている。お昼は相変わらず近所のキンパだ。その日も朝からクレープを焼き続け、時計は20時30分をさしている。あと30分頑張れば今日の営業も終わる。今日は自分で自分のためにクレープでも作ってみようか。そんなに甘いものを食べるタイプではないけれど、週も半ばになると疲れが溜まっていて、なんだか甘いものを食べたくなった。イジュンも食べるだろうか。そう思ってイジュンに訊こうとしたところで、店先から「オッパ!」という声が聞こえてきた。目をやるとソヨンさんがいた。 「オッパ! なんで電話出てくれないのよ」  ソヨンさんさんの「オッパ」という呼び掛けに、ソヨンさんが来たとわかりイジュンはびっくりとしていた。 「ソヨン!」 「もう! 何回電話しても出てくれないんだもん」  そう言えば、俺が知っているだけでも何回かソヨンさんから着信があって、それを取らなかったというのは知っていた。俺がいないときにもかかってきていると思って、そうしたら電話にも出ていると思ってあまり気にしないようにしていたけれど、そうではなかったらしい。 「ごめん。忙しくて」 「もう! 仕方ないなぁ」 「で、なに食べる?」 「オッパのおすすめは?」 「おすすめというか、うちの看板メニューは”春の香り”だよ」 「じゃあ、それを頂戴。オッパのおごりで」 「仕方ないなぁ。明日海、春の香りひとつ」 「了解」  クレープの生地を焼きながら、俺は2人の会話に耳をすませるけれど、あいにく韓国語で俺にはなにを言っているのかよくわからない。ソヨンさんは俺がいようと気にせずに韓国語で話す。ミンジョンヌナのような気配りはソヨンさんにはない。というより、わざと俺がわからないようにしているんじゃないかと思ってしまう。そんなふうにひねくれた考えごとをしながらも、生地はうまく焼けたので苺クリームを塗り、苺とストロベリーアイスを乗せてチョコレートソースをかける。 「春の香り、お待たせ」  そして、今気づいたというように、韓国語で「|안녕하세요《こんばんは》」と挨拶する。以前は英語で話していたけれど、今は韓国語を勉強しているんだぞ、とわからせたくて、わざと韓国語で挨拶をしたのだ。もっとも会話はまだよくわからないけれど。でも、それも今後韓国語を勉強していけば理解していくはずだ。しかし、相手は上手だ。俺が挨拶をすると、「あら」と今、存在に気づいたとでもいうように驚いてみせた。オーダーのときにイジュンが俺の名前を言っていたし、オーダーを取った後、イジュンはそのままソヨンさんと話していたんだから俺がいるのは当然じゃないか。話しているだけで自然とクレープができるわけじゃない。ソヨンさんは相変わらず俺が嫌いらしい。もっとも俺も、こんなことをされて好感なんて持っていないけど。 「おばさまが、オッパがお店頑張ってるって言ってたよ。だから来ちゃった」  ソヨンさんは相変わらず韓国語で話しかける。でも、驚いたのはイジュンだった。韓国語の会話に対して英語で返事をした。   「頑張ったよ。っていうか頑張ってる。でもクレープは明日海が作ってくれてるから、俺はオーダーを取るだけだけど」  以前、俺が来たときのことを思い出したのだろう。俺が会話に加われるようにか、単に理解できるようにか英語で話してくれる。俺が嫌な気持ちにならないようにの、イジュンなりの気遣いだろう。それがとても嬉しかった。でも、イジュンの英語での返事に、ソヨンさんは頑なに韓国語で返事を返す。これ、絶対に英語で返すつもりなんてないんだろうな。韓国語の会話で俺が理解できないのを狙って。そういうのって意地が悪いと思うんだけど、どうなんだろうか。ソヨンさんがイジュンに好意を持っているのなんてバレバレだ。だけど、その人に意地が悪いと思われてもいいのだろうか。オーダーが入っていないので、俺は材料の残をチェックしているふりをして、2人の会話を聞いている。韓国語と英語の会話。イジュンが普通に英語で返しているからソヨンさんは英語もわかるはずだ。だって、韓国語と英語で、会話はしっかりとなりたっているんだから。 「でも、オッパのお店じゃない」 「俺だけの店じゃないよ。明日海との店だ。明日海のビザのために、一応俺だけが店長になっているけれど、明日海も店長だ」  ソヨンさんの俺を貶めるような言葉に、イジュンは気づかないように淡々と英語で返事を返す。ちらりと見ると、ソヨンさんはあからさまに不愉快そうな表情を浮かべていた。 「オッパ。もうすぐ閉店でしょ。一緒に帰ろう」 「ごめん。明日海に韓国語を教える約束してるから。ソヨンは先に帰りな。遅くなるとおばさんが心配するよ」  イジュンがそう返すと、憎々しげに俺に目を向けた。 「わかった。じゃあ帰る。今度は電話出てよね。おやすみ!」  言葉を投げ捨てるように言ってソヨンさんは帰っていった。イジュンの前だというのに、取り繕わなくなったな。 「明日海。ごめんね。ソヨンは英語もできるんだけど……」 「いいよ。イジュンが悪いわけじゃない」  そうイジュンが悪いわけじゃないからイジュンが謝る必要なんてないんだ。 

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