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揺れる春2

 夕方。学校が終わって、帰る生徒は既に帰っていて、お店としてはピークを越えた夕方。空がオレンジ色に染まっていた頃、明日海は変わらずにクレープを焼いていた。厨房は甘い匂いでいっぱいになっている。 「今日、大学の学生が取材に来るんだろ?」 「うん。ソヨンの大学のね。同じソウルでも位置が結構離れてるから、その学校の子を呼び込めたらいいと思うよ。授業が終わってから来るって言ってたから、そろそろ来るんじゃない?」  こちらが西にあるとしたら、ソヨンさんの行っている学校は東側になる。学生の行動範囲内ではない。でも、その学校からの生徒を呼び込めたら、さらに近くにある他の大学の生徒を呼び込める可能性はある。実際、ここも梨大と延世の生徒だけをあてにしていたのに、蓋を開けてみたら弘大の生徒も来るようになっていた。だから可能性としてゼロではない。だから取材に来てくれるのはありがたい。でも、ソヨンさんが来る、というので俺は憂鬱になっていた。いけないいけない。オンとオフは別なんだから。今はオン。  そんな話しをしていたら、窓の外から元気な声が聞こえた。 「こんにちは!」  明るい声。顔を上げなくても誰が来たのかわかる。それくらいには声を覚えている。ソヨンさんだ。顔を上げるとソヨンさんの後ろに3人の女の子が続いている。手にはカメラやスマホ。肩からはトートバッグ。どこか慣れない様子でイートインスペースを覗き込んでいた。 「差し入れ持ってきたよ」  近所のカフェのロゴが入った紙袋をカウンターに置いてソヨンさんが言った。 「2人ともアイスカフェ・オ・レにしたけど大丈夫かな? ガムシロは入れてないから好みで入れて。オッパ用に多めにガムシロ貰ってきた」 「ありがとう。喉乾いてたんだ」  ガムシロを使うときは1個では足りないイジュンのことなら知っている。そう言っているのと同じだ。思わず心がささくれ立つ。嫌だな。っていうか今は取材だ。 「うちのゼミの学生でね、SNS用の取材してるの。外国人がやっているカフェっていうことで」 「そうなんだ。でもさ、うち、明日海は外国人だけど俺は韓国人だけど大丈夫? ついでにカフェとはちょっと違うけど」 「大丈夫。オッパは韓国人でも明日海さんは違うでしょう」  ソヨンさんは俺を日本人とは言わずに韓国人じゃないから、という言葉を使った。”ウリ”を否定して言う。それは韓国語を話す側からしたら、仲間ではないというニュアンスがある。それはソヨンさんが俺のことをそう捉えているということだろう。 「いい店あるって言ったら来たいって言ったから連れてきたの」 「助かるよ」 「hanairo成功させたいでしょう」  さらりと返すその口調は、どこまでも自然だった。そのやり取りを厨房から見ていた。  学生がスマホを構えて、外の黒板のメニュー板を撮っていた。 「イートインスペースも撮っていいですか?」 「もちろん」  今は幸いにもお客さんがいないので、撮るにはちょうど良かった。 「可愛い」 「テディベアもある」 「あ、鎮海の桜祭りの写真」 「このドライフラワー。春っぽくていいですね」  次々と声が上がる。可愛い、か。それを目指しての店内飾りだったから、可愛いというのは成功したと思っていいんだろうか。そう思ってちょっとホッとする。  韓国では珍しいクレープのサンプル。  カウンター。  桜の花びらのようなロゴ。  そして、厨房。 「クレープ作っているところ、撮ってもいいですか?」 「どうぞ」  なにを作ろうかと思って、来てくれた4人になにかを作ることにする。まずはhanairoの看板メニューの春の香りを焼こう。春の今、ちょうどいい。 「今から生地を焼きます」  できるだけ自然なトーンで話す。そして鉄板に生地を流して、トンボで円を描くように広げる。いつもと同じ動きをしているはずなのに、カメラで撮られると思うと妙に指先が頼りない。大丈夫。いつもと同じ作業だから。自分にそう言い聞かせる。  カシャ。カシャッ。  連続するシャッター音が、静かな店の中でやけに響いて聞こえた。 「わー。綺麗」 「動画も撮ろう」  そんな言葉を聞こえていないようにし、出来たクレープ生地に苺クリームと苺をトッピングして、ストロベリーアイスを載せて、チョコソースをかけていく。 「”春の香り”です」 「うわー。可愛い。ほんとに春っぽい!」 「これはうちの看板メニューだよ」 「そうなんだ。でも、日式クレープっていうから、日本っぽいメニューもあるんですか?」  俺が黙っていても、イジュンが話してくれる。俺は焼くだけでいい。手元は緊張するけど、話すよりいい。 「あるよ。明日海、桜と抹茶を作ってくれる?」 「わかった」  イジュンリクエストの桜と抹茶は、生クリームといちごチョコをシェイプし、あずきを敷く。そしてさくらアイス、白玉、抹茶ケーキを置いてできあがり。これは春の季節限定だ。 「これはね、”桜と抹茶”って言って春の季節限定なんだ。抹茶って日本っぽいでしょ」 「うんうん。この抹茶と洋菓子を組み合わせるのって、めっちゃ日本っぽい。それにあんこだし。日本に行ったときそんなメニューあった!」  日本に行ったことがあると言った子は懐かしそうにそう言った。 「このクレープ、明日海が考えたんだ」  自分の名前が出てきて顔を上げる。イジュンは穏やかに笑っていた。そしてその隣にソヨンさんが立っている。2人の距離は自然だった。そしてそれが胸に刺さる。  カシャ。  そのときカメラの音が響き、俺は意識をクレープへと向けた。2人の姿を見たくなかったから。

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