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揺れる春6
「ごちそうさま。やっぱり明日海の作ってくれるクレープは美味しいな。やっぱり愛情がつまってるからかな?」
食べ終わったイジュンがそんなことを言う。その様子を見ると、先ほどのことはまるでなかったかのようで、いつもの少しふざけたイジュンがそこにいた。なんだろう。気のせいだったんだろうか。いや、でもあのときのイジュンはなにかに腹をたてているようだった。イジュンがおかしくなったのはジヌ先生がきてからで、先生が少し様子がおかしいのはあったけれど、いつも通りのイジュンで、クレープを食べ終わったイジュンは完全にいつものイジュンだ。
「クレープ屋やってて良かったって思うのはこういうときだよね。廃棄するにはもったいないときに食べられるんだもん。しかも明日海の愛情込みの」
うん。ふざけているいつものイジュンだ。様子がおかしかったのは先生がいたときだけで、なんで先生がきて様子がおかしくなったのかはわからないけれど、とりあえずいつものイジュンに戻ってホッとする。
「よし、帰ろうか」
「そうだな」
俺はエプロンを外し、厨房を片付けてからバッグを持って外に出る。イジュンは既に外で待っていた。俺が店を出て、鍵を閉めて、梨大の坂道を登る。
「簡単な韓国語会話、できるようになってたんだね」
坂を登りながらイジュンが前を向いたままそう切り出した。
「うん。発音はまだダメだし、さっきの会話は勘に頼っていたのもあるけどな」
「そうなんだ? 全然そうは思わなかった。でも、発音はこれからも練習していけばいいことだから。それよりも語彙が増えたんじゃない?」
「単語は覚えようと頑張ってるし、イジュンが前に言ってた漢字語に助かってる。漢字語、ほんとに多いね」
「でしょ。何気に漢字語多いからね。大体、これは漢字語かな? という勘も働くんじゃない?」
「そうだな。なんとなく、勘でだけど。韓国語の文章読んでて、ここは漢字語なんだなって覚えていってる」
まだ韓国語の文章を読むのは大変だけど、それでも韓国語の勉強のためにネットで韓国語で書かれたニュースを読むようにしている。正直言ってニュースで使われる韓国語は難しい。テレビで音声を聞くと、半分以上がなにを言っているのかわからない。それでもながら聞きはするし(意味ないとは言われてるけど)、ニュース記事も他の文章よりも難しくて理解出来るのは30%くらいだ。それでも時間があれば辞書を引きながら記事を読むようにしている。そしてニュース記事なんかは漢字語がたくさん出てくる。こんなに漢字語は多いのかとびっくりするくらいだ。
「どんな文章読んでる? 前に買った子供向けの本だと韓国語の方が多いでしょ?」
「ああ、本も読むけど、最近はニュース記事もよく読んでる。でもニュースは難しいね。音声を聞いても理解できるのはほんの少しだし、記事を読んでも普通の文章よりも難しい。でも、記事を読むと漢字語が多いのがよくわかる」
「ニュースか。いきなり難しいね。でも、確かにニュースで使われる単語は漢字語が多いね。昔は新聞に漢字が使われてたりしたんだよ。同音異義語で間違えそうなときにだけど。でも、今はそれすら使われなくなったけどね」
「じゃあ昔の人のほうが漢字読めるのかな?」
「そうだね。それにもっと上の世代になると日本語を話せる人もいる」
イジュンのその話を聞いて、植民地時代があったんだと思い出した。そうだ。韓国は日本が統治していた。だからかなりの高齢者になるけれど、その人たちは日本語が話せる。イジュンのお婆さんがそのうちの1人だ。
「若い世代はアニメで日本語覚えてるけどね」
「イジュンは違うだろ?」
「俺は日本語を覚える暇がなかった。でも今は恋人のために覚えてるよ。ね?」
ちょっと前まで真面目な話をしていたのに、急に甘い言葉を言ってくる。それが恥ずかしくて俺は頬が熱くなるのがわかった。
「まぁ。あの先生のレッスンがない日は俺が教えるから、テキスト持ってきて」
「うん。ありがとう。イジュンが教えてくれたら倍覚えるの早くなるな」
「頑張って」
「ありがとう」
そんな話しをしながら歩いていたら、別れる場所に来た。ここからイジュンはまっすぐ行って地下鉄に。そして俺は左に曲がって部屋に帰る。
「お休み」
「お休み。俺の夢見てね」
そうやってふざけて言うイジュンは完全にいつものイジュンで、先生がいたときのイジュンはまるで幻のようだった。良かった。もしかしたら気のせいだったのかもしれない。そう思って俺はイジュンに手を振りながら道を曲がって帰路についた。
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