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それでも春は巡る3
21時。お店を閉めてイートインスペースの掃除をイジュンと2人でする。いつもはなんだかんだ話しながら掃除をするのに、今日のイジュンは黙ったままだ。というか、ソヨンさんが帰ったあとから口数が少なくなった。なにか考えているんだろうな。そう思うけれど、イジュンがなにを考えているのかわからない。だから俺はなにも言わずに、イジュンからなにか言ってくるまで待っていた。すると、掃除が終わったところでイジュンは椅子に座りながら口を開いた。
「ソヨンさ、悪気はないんだ。あいつはあいつなりに応援してくれているんだ。それは本当」
悪気、あるんじゃないか? だってイジュンのことで俺に手を引けって言ってきてるんだぞ。それで店にくればあからさまに俺に対する態度とイジュンに対する態度は全然違う。誰がどう見たって俺とソヨンさんの関係は良好ではないのがわかるだろう。それはイジュンにだってわかってる。それで悪気がないとはおかしいじゃないか。
「それでも明日海は嫌な気分になってると思うんだ」
ソヨンさんが俺にイジュンから手を引けと言ってきたことをイジュンに言ったらどうなるだろうか。それを聞いてもなお、悪気はないと言うだろうか。いっそ言ってしまおうか。でも、ここで言ってしまったらイジュンとソヨンさんの関係は……変わらないか。だってソヨンさんは変わらずにイジュン贔屓をするだろうから。
「ほんとに悪気ないのかな?」
「え?」
「少し前に、俺にイジュンから手を引けって言ってきた。男なのにって……」
「そんなことを言ったの?」
「うん。ソヨンさんの大学の人が取材に来た日に」
「……」
言ってしまった。俺は黙ったままイジュンの向かい側に座る。イジュンはなにを考えてる? ソヨンさんがそんなことを言うとは思わなかったんだろう。でも、俺が言ったのはほんとにあったことだから訂正はできない。
どれくらいの時間が経ったのだろう。やっとイジュンが口を開いた。紡がれた言葉はたった一言だった。
「ごめん……」
「なんでイジュンが謝るの? イジュンはなにも悪くないだろ」
「そうだけど、明日海は嫌な思いをしたでしょ。だから。それにソヨンは俺にしてみたら家族同然だから」
家族同然……。韓国語で”ウリ”。この言葉は他者から聞いたら目の前でドアを閉められているような気がする。今だって、ソヨンさんは家族同然で、でも俺は他人で。いや、実際に他人ではあるけれど、韓国ではほんとに親しい間柄では友人であれ”ウリ”になるのに、イジュンにとって俺はまだ”ウリ”になれないのだろうか。そうだとしたら傷つく。でも俺はイジュンに聞いてしまった。
「ソヨンさんはイジュンにとって”ウリ”かもしれないけど、俺は? 俺は他人のまま?」
「明日海? 明日海のことだって”ウリ”だよ。違うと思った?」
「不安だった。もし違うのならって」
「不安にさせてごめん。でも俺にとって明日海は当然”ウリ”だし、大事な存在だよ。順番をつけるなら、”ウリ”の中でも一番だ。ソヨンよりもほんとの家族よりも」
そうか。イジュンはそう思ってくれていたのか。それがわからなくて俺は不安に思っていた。イジュンにとっての俺がどういう存在なのかわからなかったから。
「ありがとう。俺、笑っていたいだけなんだ。イジュンの隣で。それは母さんが言ったことなんだ。笑っていてくれたらいいって。だから俺はイジュンの隣で笑っていたい」
「明日海……」
俺の名前を言ったあと、イジュンは黙ってしまった。この話しを聞いてイジュンはどう思ったのだろう。そんなことを母さんと約束したことを重いと思うだろうか。でも、就職を蹴って韓国に来た以上、俺は半端な気持ちじゃない。イジュンだってそれはわかっているはずだけど……。
「重たい? そんなことを言う俺とはいられない?」
もしイジュンがこの問いにイエスと言ったら俺は日本に帰ろう。そして就活をしよう。両親はなにを言うかわからないけど、なにを言われても仕方ないと思う。
「重いだなんてそんなことない! 俺だって、明日海には笑っていて欲しい。もちろん俺の隣で。ただ、それができていない自分がもどかしいだけなんだ。いや、ソヨンにそんなことを言わせてしまっている俺が悪いのかもしれないけど。でも、もう少し待って欲しい。ソヨンも俺の気持ちはわかっていると思うんだ。でも、あいつの中でまだ整理ができていないだけだと思うんだ。だからそれまで待ってほしい」
いつまで待てばいいんだろう。今日か。明日か。明後日か。それとも何年も先か。でも、待つしかないのもわかってる。
「わかった」
「ごめん。でも、これだけは信じて。俺の中で明日海は誰よりも何よりも大切な存在だし、俺の隣で笑っていて欲しいと思ってる」
「うん」
「そろそろ帰ろうか。遅くなっちゃった」
「そうだな」
そう言って俺たちは椅子を元通りにして帰り支度をした。
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