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君の言葉が春に似ていた1

 初めて彼を見たとき、顔をまっすぐにあげて口の形に気をつけながら発音の練習をしていた。音は僕のところまで届かなかったけれど、きっと柔らかな声で韓国語を言っていたんだろう。  カフェの人から韓国に住んでいて、韓国語を勉強したい日本人と紹介された。フリーの韓国語教師になってから数年。日本人に教えたこともあるし、日本語も少しわかる。僕から見た日本人はとにかく真面目。韓国語のレッスンも真面目に受けて、わからないところはそのままにしないで質問してくる。当たり前のように聞こえるけど、適当にレッスンを受けていると質問もほとんどない。だから日本人の印象は真面目。  初めて挨拶をしたとき、恥ずかしそうに韓国語で挨拶をしてくれた。そして僕が教えてもいいかと尋ねると、はい、としっかりした声で返事をした。この人もきっと真面目にレッスンを受けてくれるんだろうなと思った。  そしてレッスンに入る前に気持ちをほぐすために雑談をする。これは気持ちをほぐすだけでなく、その人の韓国語能力もわかるから必ずするようにしている。そして仕事の話しになったとき、彼がここからほど近い新しくできたクレープ屋をやっていると知った。僕は甘党だから疲れたときには甘いものを食べたくなるから、そこのクレープ屋が気になっていた。前を通ると美味しそうな甘いいい香りがしてくる。でも、お店は可愛くて女性をターゲットにしているのがわかった。それがあって食べる勇気がなかったんだけど、彼がそこで仕事をしているのなら、今度挨拶を兼ねて行ってみてもいいかもしれない。そう思った。  そして実際にレッスンを初めてみると、想像通りとても真面目で、わからないところはわかるまで聞いてくる。なんでそんなに必死なんだろうかと最初は思った。もちろんこのカフェに韓国語を学びたくてくる人は、当然話せるようになりたくてここにくるんだけど、彼はとにかく急いでいた。なんでそんなに急ぐんだろうと思った。なにか理由があるんだろうと思って訊くと、今お店は韓国人男性と2人でやっていて、自分がまだ韓国語でオーダーを受けるには不安が残るから交代で休憩を取ることもできず、お客さんがいないときに急いでお昼を食べる感じになっていると言った。だけど、自分が韓国語で注文を受けられるようになれば、お昼休憩ぐらいは取れるようになるから早く話せるようになりたいのだと言っていた。韓国語での注文。クレープの名前くらいは覚えられるだろうし、問題ないだろう。そう訊くと、期間限定や他のクレープ屋にない和のクレープなんかは、どんなクレープなのかとか結構尋ねられることがあるという。そう言われて、そうだ日式クレープのお店だったと思い出す。それを聞いて、レッスンは簡単な挨拶はもちろんとして、一番最初にはお店で使われるような韓国語を優先して教えるようにした。そうしたところ、韓国語での注文が結構聞き取れるようになったと言っていた。もちろんまだ注文を受けるには不安が残るけれど、これならそんなに時間がかからずに注文を受けることができるかも知れないと笑顔で報告してきた。その笑顔が可愛いとそのとき思ったのを覚えている。最初はただの真面目な日本人。それがレッスンを重ねて笑顔が見れるようになってからは、可愛いと思うように変化していたのだ。  そして今日の午後。レッスンの前に彼のお店に寄った。お店に行ったのは初めてではなくて、生徒さんがいるからと理由をつけて何回かお店へ行っている。もちろんクレープを買いに。お店へ行くと韓国人の共同経営者が注文を受けていて、彼は奥で真剣にクレープを焼いている。韓国語のレッスンも真面目だけど、仕事も真面目だ。そんなところが好ましいと思う。ただ、ひとつ気になることがあると言えばひとつある。韓国人の共同経営者は、ほんとにただの共同経営者なんだろうか。僕が顔を出すと彼は嬉しそうに挨拶をしてくれるけれど、韓国人の彼は僕のことを睨むように厳しい目を向けてくる。まるでお前にはやらないとでも言うように。その表情を見ると、もしかしたら恋人なんじゃないかと思った。そうしたら厳しい目を向けられることも当然だと思うんだ。 「恋人……だろうな」  次の生徒さんがくるまでの間、コーヒーを飲みながら休憩を取り、アスミのことを考える。そういう今日はアスミのレッスン日だ。お店を閉めた21時半からの30分がアスミの時間だ。週3回。アスミのレッスンが楽しみになっていることに自分でも気づいている。早く夜にならないかな。次の生徒さんが終わったあとはお昼休憩だから、デザートを買いに彼のお店へ行こうか。そうすればレッスンよりも早くにアスミの顔が見れる。もちろんそれには韓国人の彼の厳しい目に耐えなければいけないけど。それでも行こうと思ってしまう自分はアスミのことが好きなのだろうと気づいている。あの韓国人の彼が恋人だとしたら望みなんてないけれど。それでも想うのは自由だと自分に言い聞かせた。

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