34 / 41

君の言葉が春に似ていた4

 アスミのレッスンを僕は毎回楽しみにしている。週3回。多いようだけど、レッスンのない日は寂しい。そして今日はレッスンの日だ。今日もアスミに会えるのを楽しみにしていた。だけど、夜が待ち遠しくて、午後、お店に行ってしまった。お店にはアスミと韓国人の共同経営者の彼が楽しそうに話しているのが見えた。アスミの彼を見る目は愛しいものを見る目だった。そして、それだけじゃない。韓国人の彼がアスミを見る目も愛しいものを見る目で、アスミが可愛くて仕方ないと言っているような目だった。この表情を見て、アスミと彼がただの共同経営者と思う人はいないんじゃないかというくらいだ。お互いに好き、なんだろうな。そしてそんな2人の姿を見ていたくなくて、僕は声をかけた。もちろん韓国語で。 「こんにちは」 「あ! ジヌ先生! こんにちは。クレープですか?」 「うん。この”春の香り”を貰えるかな? お店の看板メニューなんだよね?」 「そうです。もしかして、初めてでしたっけ?」 「うん、初めてなんだ」 「そうなんですね。そしたら美味しく作ります。待っててくださいね」  そうたどたどしい韓国語で話したあとは、アスミは真剣な顔でクレープを焼いて、綺麗にトッピングしていく。笑っている顔も可愛いけど、こうやって真剣な顔をしているのもいいなと思う。いや、もうアスミの表情ならなんでも好きなのかもしれないけれど。そうやってアスミのことを見ていたけれど、気になって韓国人の彼の表情を盗み見る。その表情はやっぱり愛しいものを見る目だ。お互いにお互いのことが好きなのはわかったけれど、両片思いなんだろうか。それとも両思いなんだろうか? お互いがこんな目で見ていたら相手の気持ちがわかるから両片思いということは考えられないか。 「お待たせしました。”春の香り”です」 「うわ。生クリームたっぷりだね。美味しそう。いただきます」  たっぷり生クリームをまずは舐めてからクレープ本体に齧りつく。苺づくしのクレープは甘酸っぱくて美味しかった。そして、これをアスミが作ってくれたということが余計に美味しさを感じさせてくれた。 「うん。美味しいね」 「ありがとうございます。でも、”春の香り”を食べたことがないってびっくりしました。いつもおすすめを訊かれるとこのクレープを勧めているから」 「そうなんだ? 今まで食べたいと思うものを食べていたからかな? そして今日はちょっと冒険をしてみたかったんだ。でも、それがこんなに美味しいなんて」 「じゃあ、今後はこれも食べたいものに入れてください」 「食べたいものと言ったら全部ではあるんだけどね」 「そんな。じゃあ順に食べていくとか?」 「うん。それがいいかもしれないね」  アスミが作ってくれるのなら、ほんとに全部食べたいし、いくつでも食べたい。そういえば、韓国語でオーダーが受けられるようになりたいと言っているけれど、そろそろ大丈夫なんじゃないかなと先ほどから話してそう思った。アスミがオーダーを取るようになったら、クレープを作るのはこの韓国人の彼になるのではないか。そう思うとちょっと寂しい。もちろんクレープ自体が美味しいから、それは彼が作っても美味しいだろうけど、僕の場合はアスミが作ったというのはプラスがつくからアスミが作ったものの方が美味しく感じるのだけど。 「まだ韓国語でオーダーを受けるのは怖い?」  僕はアスミにそう尋ねてみた。アスミにクレープを作って貰うためにはオーダーはこの彼が取ってくれるのがいいのだけれど、オーダーを取れるようになりたいと、ロールプレイングをしてまで練習しているのが身になっていないとなるのも寂しいし、教師としてそれは良くない。生徒さんにきちんと力をつけるのが教師の役目なんだから。 「まだ少し怖いかな。でも、イジュン、あ、こいつの名前なんですけど、イジュンがオーダー受けてるのをいつも聞いていて、だいぶ理解ができるようになってきたから、もう少ししたら頑張って1度オーダーを受けてみようかなとは思ってます。最初は知っている馴染みのお客さんからがいいかなとは思ってるんですけど」 「そうだね。僕とか馴染みのお客さんならいいかもしれないね。じゃあそれまでもう少しロールプレイングを頑張ろう」 「はい!」 「さあ、美味しいもの食べたから授業頑張るよ。アスミは今晩だよね」 「はい。店終わったら行きます」 「うん。待ってるよ。ごちそうさま」 「ありがとうございました」  アスミの声を背に僕は歩き出した。アスミを好きになっても望みはない。それはよくわかってる。あんなにもわかりやすいんだから。それでもこの気持ちを止めることはできなかった。いくらアスミがあの彼を好きでも。

ともだちにシェアしよう!