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花の雨1

 時間が夕食の時間に差し掛かるとお客さんは減る。クレープはクレープでも食事となるメニューでもあれば別だけど、デザートとしてのクレープしか扱ってないから、それはどうしようもない。  今日もやはり夕食の時間に差し掛かり、お客さんが減ったのでイジュンはレジを閉める準備をし、俺は鉄板の周りの掃除を始める。そんなことをしていたら、イジュンが話しかけてきた。 「あのとき浅草に明日海がいなかったら、今ここはあったのかな? 1人でやってたのかな?」 「イジュンがナンパして来なかったら、この店はなかったかもな。もしあったとしても和を意識した日式クレープのお店じゃないな」 「だよね。俺、明日海に一目惚れしたのグッジョブって感じだな。褒めてよ」 「男をナンパするのを褒めるのか」 「えー、男だなんて思わなかったんだよ。でも、もし明日海が女だったら、やっぱり店はないか、1人でやってたね。そう思ったら男をナンパしたのってすごいよね。だけど、男だって知ってたら声かけられなかった」  浅草で初めて出会ったときのことって、まだ1年も経ってないのに、随分昔のことのように感じる。懐かしいな。あのとき、あの店の蕎麦が食べたくて浅草に行ったけど、ナンパされてこんなことになってるなんて。正直、男にナンパされるのは初めてじゃなかった。この女顔のせいで何度となく男にナンパされている。それでも当然だけどそのナンパについて行ったことはない。イジュンのナンパは、俺が食べたい蕎麦屋を紹介するということで一緒に行った。そしてそれで終わりになるはずだったのに、なぜかイジュンのおやつタイムにまで付き合ってしまった。美味しいもの、ということで紹介してしまったのだ。そして、ガイドを頼まれてなにを思ったのかOKしてしまった。それがすべての始まりだ。ほんとになんでイジュンのペースにのってしまったのか。 「俺は男にナンパされて、それにのってしまった自分がわからないよ。断る一択なのに」 「ちょっと待って! 断っちゃダメでしょ。断られたら今こんなことになってないんだよ?」 「だろうな。俺は一応内定貰ってた会社に入社して、公認会計士の試験を再度受けてたよ。韓国でお店をやるなんて思いもしなかった」 「それはわかるけどさぁー」  そう言ってイジュンは唇を尖らせる。誰が見てもわかる、文句があります、という顔だ。 「だって仕方ないだろ。出会って1年にもならない男の話しにのって、韓国に来て仕事をするだなんて誰も思わないだろ。俺だって当然思わなかったよ」 「そこだよね。出会って1年も経たないのに、こうなってた」 「そうだな」 「ほんと短い間にトントン拍子で決まったよね」  イジュンが感慨深そうに言うけれど、ほんとにそうかもしれない。なんだかなにか高速な乗り物に乗せられて、光の速さでここまで突き抜けてきた気がする。 「ナンパだってそうだし、ここまでトントン拍子に来たし、きっと運命なんだよ、俺と明日海は。運命の人なんだ」  イジュンがあまりに馬鹿なことを言うから、鉄板を綺麗にしていた手が思わず止まった。人がしみじみと過去を思っていたら、それを茶化してくるなんて。お店の準備を始めてからここまで。正直大変だったからかイジュンは馬鹿なことを言って茶化してくることはなかった。そう。なかったんだ。だけど、俺が韓国語でオーダーを取れるようになってからイジュンはまた馬鹿なことを言って茶化してくるようになった。これがイジュンの地か。そう思うと俺は思わずため息をついてしまった。 「ちょっと。ため息ついたよね? 今、ついたよね? なんで? なんでため息なんてつくの?」 「いや、イジュンって延世を出た馬鹿なんだなって思ってね。もしかしたら、延世の中でもイジュンだけかもしれないぞ。馬鹿なのに延世を出たのって」 「ひどーい。延世でましたよ。きちんとそれは証明できる。でもさ、馬鹿はひどいじゃん」 「そっか。じゃあ運命だなんて馬鹿なことは言うな」 「だって運命って別に男女じゃないとあり得ないってことはないでしょ。だから男同士でも俺と明日海は運命の出会いをしたんだよ」  そう言って手を胸元で組み、うっとりとしている。そんな馬鹿げたポーズをしているイジュンを見て、思わず笑ってしまった。 「イジュンって典型的な勉強のできる馬鹿だよな」 「なに、それ?」 「勉強ではできる頭のいい人間なのに、それ以外のことに関してはできなかったりわからなかったり馬鹿みたいな人間のことを言うんだよ」  俺がそう説明してやると、イジュンは目を丸くした。 「日本語って面白いね。後でまた言って。メモするから」 「そう言えば日本語の方は?」  そう俺が訊くと、イジュンは長いため息をついた。その様子を見るとあまりうまく行ってないみたいだ。俺が教えてやろうかな。俺は韓国語教えて貰ってるんだし。そう尋ねると、イジュンはさらに長いため息をついた。

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