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花の雨5

 「それじゃあ今日はここまでにしようか」  ”春の香り”がどんなクレープなのかを説明するロールプレイングを何回も繰り返した。相変わらずタルギは言いづらいし、外来語の韓国語発音は言いづらい。なんで韓国人は言えるんだろうと思うけど、きっと日本で外来語発音するのも、外国人には難しいんだろうな。 「明後日はまたこのロールプレイングをしよう。それまで練習してきて」 「はい」 「彼に言って貰って、それをシャドーイングするといいかもしれない」 「あ! そうですね。イジュンに言ってみます」 「じゃあ片付けて帰ろう」  テキストやノートをリュックにしまい、コーヒーの紙コップを手に持つ。ここに来るときは結構雨が降ってたけど、やんだろうか。先生もバッグにテキストとノートをしまい、同じようにコーヒーの紙コップを持った。 「さ、帰ろう」  いつもレッスンが終わったあとは先生と途中まで一緒に帰っている。その日のレッスンのことや店のことを話しながら。カフェのドアを開けると、雨は先ほどより小降りになっていた。それより雨降りだからか寒く感じる。 「温かくなった雨は冷えるね」 「そうですね。ほんと寒い」  2人した寒いと言いながら傘を差し歩く。夜の雨だから寒く感じるんだろう。梨大の駅近くまでは10分かかるかかからないか。そんな近い距離だけど、冷えるので自然と足元は早くなる。 「そう言えば夏の韓国は初めてだよね」 「はい。東京より気温低いから過ごしやすいですか?」  そう。ソウルの冬は東京よりずっと寒い。日本でいう東北くらいの気温だ。だからきっと夏は過ごしやすいんじゃないかと思った。 「残念ながら暑いよ。東京と変わらないんじゃないかな? 普通に30度超えるよ」 「え? なんで? なんで冬は寒いのに夏は暑いんですか?」 「なんでと言われても……。なんでだろうね。ちなみに湿度も高いからベタつくよ」  高温多湿。  それってまるきり東京の夏だ。東京よりは気温が低くて涼しいというのを思い描いていた俺は、今からげんなりしてしまった。 「暑いのか……。そしたらアイスの乗ったメニューが売れるな」  思わず店のことを考えてしまい、思わず呆れてしまう。なんかいつでも店のことを考えてしまっている自分がいる。 「仕事のことが頭にあるみたいだね」 「はい。なんだか……。すいません」 「いや、いいんだよ。それより俺も夏になったらアイスの乗ったの注文するから」 「やっぱりそうですよね。アイス多めに仕入れておこう」 「その方がいいかもしれない。仕事はどう? 楽しい?」 「そうですね。大変は大変だけど、仕事も慣れてきたし楽しんで出来てるとは思います。日本で就職するより良かったかなって思ってます」 「日本ではどんな仕事をするつもりだったの?」 「経理です」  日本で経理として就職していたら、今頃どうだったんだろう。時期的に仕事にはだいぶ慣れてきていただろう。でも、今ここで楽しく仕事ができているようなことはないだろうな。仕事で楽しいなんて思えなさそうだ。ましてや経理だし。ということは毎月1回は山があって、年度末には大きな山がある。そんな仕事は大変だよな。でも、韓国へ来なかったらそんな生活を送っていたんだと思うとこっちに来て良かったんだろうか。確かに経営に携わっている分経理よりはずっと大変なこともある。でも、それは1人で背負っているわけじゃなくてイジュンと一緒だ。大変なこともイジュンと相談しながらやっていける。日本で仕事するよりも重い責任はあるけれど、1人じゃないからいい。それがイジュンとだからいい。そう考えると俺はほんとにイジュンが好きなんだなと思う。そう思うと口元がほころぶのに気づいた。 「今、彼のこと考えた?」  突然、先生の声が聞こえて来て、意識が戻る。 「当たりかな? なんでって顔してるけど、彼のことになると優しい顔になるんだよ。だからわかる」  そんなにわかりやすいんだろうか。 「でも、さっきも言ったけど大丈夫。恋人だとは思われないよ。ただ、仲がいいんだなと思われるくらいだよ」  そう言われてホッと胸をなでおろす。恋人だと思われないのはゲイが日本以上に潜っているから。だからそうは考えられないだけ。それって日本の方が楽っていうことなんだろうな。でも、大体自分のことをゲイだと思ったことはない。たまたま好きになったのがイジュンだっただけ。きっとイジュンもそうだろう。女の人をナンパしたつもりだったんだから。そんなことを考えていたらイジュンに会いたくなった。って、さっき別れたばかりだし、明日また店で会うのに。そう思うと自分に呆れる。どれだけイジュンのことが好きなんだろう。 「アスミにとっては唯一の人でしょう?」 「唯一……。そうですね。誰よりも大事な人です」  それは口にするには恥ずかしいけれど、事実だ。だから言い切った。 「そっか。そうだよね」  そう言った先生の顔が寂しそうに見えた気がした。ほんの一瞬だけど。どうしてか気になったけれど、なんだか訊いたらいけない気がして訊かないでいた。先生は辛い恋をしているんだろうか。気になった。

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