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桜の散る午後2

 もう疲れた。後日、地元新聞・日本の旅行ポータルサイトとふたつの取材が入るなんて今からげっそりしてしまう。特に地元新聞は当然だけど韓国語だから、今日みたいにわからないんだろうな。イジュンが答えてはくれるけれど、それでもなにを言っているのかわかないで隣にいるのはなかなかにしんどい。日本の旅行ポータルサイトは俺がインタビューに答えなくてはいけないから、母国語とはいえやっぱり緊張する。取り上げて貰えるのは確かにありがたい。お客さん増えるだろうし。だけど、メディアが入るのってこんなに疲れるんだなと思うと大変だ。そう思ってテーブルに突っ伏したまま動けないでいるとイジュンの気配が近くにない。イジュンは疲れなかったんだろうか。もう動きたくない。家に帰るのだって大変だ。ひとつ救いなのは今日が土曜日だということ。つまり明日は休みだ。良かった。しばらくするとイジュンに声をかけられた。 「お疲れ様。はい。これ、俺の奢り」  テーブルから起き上がってイジュンを見ると、手にクレープを持っていた。 「春の香りだよ」  俺が突っ伏している間にイジュンは俺のためにクレープを焼いてくれていたんだ。多分、俺が疲れているから。そう思うと鼻の奥がツンとする。 「ありがとう。半分こしよう」 「明日海が全部食べていいんだよ?」  イジュンはふざけたりもすることが多いけど、優しいところがある。その優しさが嬉しい。 「ううん。半分こ。俺が韓国語わからないからイジュンの方が疲れてるんだから」 「ありがとう。じゃあ半分貰うね」  そう言って俺たちはクレープを半分こして食べた。それがなんだか浅草でクレープを食べたときのことを思い出した。 「2人でクレープ半分こするのって浅草でもあったな」 「そうだね。懐かしいね。今日、疲れたでしょ」 「疲れた。全くついていけなかった。声のトーンかな? 早さ?」 「多分早かったからじゃないかな? ニュースとか見ない?」 「あまり見ないかも。平日は時間ないし、日曜もなんだかんだと忙しいからテレビを見る時間がなくて」 「そっか。ニュースとかテレビでの韓国語はほんとに早いよ」 「そうなのか。そしたら、まだまだ勉強しなきゃダメだな」 「ゆっくりでいいんだよ。でも、韓国に来て3ヶ月半くらいでしょ。それでここまで来てるんだからすごいと思うよ」 「そうかな? でも頑張るよ」 「じゃあジヌさんのレッスン日以外は俺が教えるから。トウミしてたから、少しは教えられると思うよ」 「じゃあよろしく」 「任せて!」  イジュンの優しさに触れて、ああ好きだなと思う。俺の韓国語力を褒めてくれる。単純な俺はそれでまた頑張ろうって思えるんだ。でも、俺が今日わからないのは話すスピードが早いんだなとわかった。そうしたらテレビも見るようにしよう。スピードの早い韓国語も聞き取れるようにならなきゃ。 「じゃあお返しに日本語教えるよ」 「馬鹿にしない? 会話はなんとかなるかもしれないけど、読み書きは難解すぎる」 「会話がなんとかなるってすごくないか? 尊敬語とか色々あるけど、それは大丈夫? 日本人でも間違えるぞ」 「あ、それは無理。普段の言葉しか無理」  きっぱりとそう言い切るイジュンに俺は笑ってしまった。疲れてたけど、イジュンの焼いてくれたクレープとイジュンとの会話で元気が少し戻ってくる。 「でもさ、オープンしてまだ数ヶ月でこんなにメディアが入るとは思わなかったね」 「ちょっとびっくりしたな。しかも3社もだもんな。地元新聞はびっくりした」 「多分、日式っていうのが珍しいのと、共同経営者とはいえ日本人がやっているから注目集まったんじゃないかな」  確かにそれはあるかもしれない。ソウル市内に数ヶ所あるクレープ屋には行ったことがあるけれど、普通のクレープ屋で、当然だけど和を感じさせるメニューはひとつもなかった。それに、俺みたいに日本人が経営に携わっているようではなかった。そうか、それが注目を集めたのか。 「日本料理っていうならわかるけど、日本を感じさせるクレープっていうのはないよ。それに韓国人は何気に日本の好きなんだ」 「そうなのかな?」 「和食のお店はちょこちょこあるけど、何気に混んでる。それがクレープっていうんだから注目を集めて当然かもしれない」 「そっか。じゃあ和を感じさせるクレープもう少し増やしてみようか」 「いいね、それ。他のお店との差別化になるよ。日本でもっとクレープ食べれば良かった」 「そしたら夏休みに日本に行ってみるか? お正月でもいいし」 「行きたい!」  俺も日本でそんなにクレープを食べたわけじゃない。ただ、クレープ屋は知っているから、どんなメニューがあるかは知っていた。でも、もっと知りたいと思う。   「明日海、元気戻ってきたっぽいね」  イジュンにそう言われて、自分が普通にイジュンと話していることに気づいた。そっか。韓国に1人できて、日本人の友達もいなくてもなんとも感じなかったのは、きっとイジュンが隣にいてくれるからだ。そう思ったら、すごく嬉しくなって隣に座るイジュンに抱きついた。 「あ、明日海! え? え?」  俺から抱きつくなんてしたことがないから、慌てているイジュンが面白い。言葉にはできないけど、ありがとう。心の中でそう思った。

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