58 / 62
ほどけない距離1
今日はジヌ先生の韓国語レッスンの日だった。レッスンを終えると、先生がコーヒーを奢るよと言って、今ここで先生が戻るのを待っている。レッスン後にコーヒーを飲みながら話しをするのも最近では慣れた。
「お待たせ。アイスコーヒーで良かったんだよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
先生がコーヒーを持って、テーブル席に戻ってくる。さっきまでテキストを広げていたテーブルは今は全てしまわれている。
「それよりも韓国語、すごく上達したね。お店に行ってびっくりした。僕の話してた韓国語はきちんと理解できてるし」
「お店で使う韓国語はだいぶ覚えたんです。だからなんとかなるんだけど、それでもわからないときもあるんですよ」
「そうなの?」
「はい。そういうときは前の文脈から連想ゲームで考えるんです」
イジュンも先生もすごく褒めてくれるけど、実はまだわからないことなんてあるんだ。そういうときはほんとに文脈からの連想ゲームになるんだけど、それでもわからないときはイジュンに変わって貰ったりもしている。
「彼に変わって貰ったりってあったの?」
「ありましたよ。一年中、っていう単語がわからなくてイジュンに変わって対応して貰いました。春の香りは一年中あるんですか? っていう質問だったんですけど、その一年中っていう|일년 내내《イルニョンネネ》っていう単語が分からなかったんです。そのときは일년が1年っていうのもわからなくて。일だけだったんですわかったの。だから連想ゲームもできなかったんですよね」
そう。일년が1年ってわかってたら春の香りと連想ゲームで、一年中ありますか? っていう質問だとわかったんだけど、肝心の일년がわからなかった。だからイジュンに変わって貰ったんだ。あのときは簡単なことだったのに、ってちょっと凹んだんだ。イジュンは笑って、大丈夫だよって言ってくれたけど、そのとき韓国語をもっと勉強しようって思ったんだ。それを先生に伝えた。
「確かにロールプレイングで一年中っていう単語は使わなかったね。ちょっと盲点だったなぁ。ごめんね、気付かなくて」
「いえ! でも、おかげでイルニョンネネってすごい頭に入りました」
「そっか。前向きに捉えたのなら良かった」
前向きになのかわからないけど、そう思ってる。逆にいい単語の覚え方をしたと思ってる。先生は眩しそうに目を細めて俺を見る。なんだろう? なんか変なこと言っただろうか。
「そうやって覚えていければいいね。恥ずかしかっただけで終わらなかったのが良かった」
そうか。恥ずかしい、だけで終わることもあったのかと気づく。でも、韓国語を勉強しているんだ。どんなことだって勉強だと思うんだ。
「だから韓国語の上達が早いのかもしれないね」
「でも、お店で使う韓国語以外はまだ全然わかりません。っていうか聞き取れないこともありますよ」
俺がそう言うと先生は小さく笑った。
「アスミは韓国語をしっかり学んでどれくらい?」
「こっちに来てからは4ヶ月だけど、日本では1ヶ月習ったので合計して5ヶ月です」
「まだ5ヶ月しか経ってないんだよ。それでそんなにペラペラになってたら逆に怖いよ。英語は話せるでしょう? そのときはどうだった? すぐにペラペラ話せた?」
そう訊かれて考える。英語を話せるようになったのっていつだろう? 英語の場合は気づいたら話せるようになっていたから考えたことがなかった。でも、話す前の段階で何年か勉強していたし、英語のラジオとかを聞いていた。だから年単位だと思う。そう答えると、先生は、ね? と笑った。そうか。そう考えると確かにまだ5ヶ月しか経ってないってなるのか。
「ね? 逆にたった5ヶ月でお店のオーダーに限定したって会話出来てるのがすごいんだよ。僕が教えている生徒さんの中でも断トツで早いよ。だから自信を持って。それと同時に、そんなに焦らなくていいと思う。早口なんて韓国人が聞いたって聞き取れないことあるよ。日本語でもそうじゃない?」
そう言われてみればそうだ。早口の日本語だったりなまりがあったりしたら同じ日本語のはずなのにわからなくなってしまうことある。そっか。そうしたら韓国語は外国語なんだからわからなくてもいいのか。ただ、問題はほんとはそんなに早くないのに外国語だから早く聞こえちゃうっていうのがあるんじゃないかっていうこと。でも、それは韓国語に慣れていくしかないんだ。あぁ、そっか。それも|ま《・》|だ《・》5ヶ月っていうことか。韓国に住んでるからって焦ってるのかな。そうかもしれない。
「早く覚えようとするのはいいことだけど、もう少し肩の力を抜くといいと思うよ。焦らなくても十分すごいから。それより、彼に韓国語で伝えたいことは伝えた?」
そう。イジュンに韓国語で自分の気持ちを伝えたいと思ってて、それは先生に言っていた。だけどまだイジュンには言えていない。韓国語でいうのが緊張するのもあるし、気持ちを伝えるのが恥ずかしいっていうのもあって、だからまだ伝えられてない。だから首を横に振ると、先生は「ファイティン」と言ってくれた。いつかきちんと言えるんだろうか。そう考えて小さくため息をついてしまう。それを見た先生は笑って、もう一度「ファイティン」と言ってくれた。
ともだちにシェアしよう!

