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ほどけない距離

 お客さんが少ない午前中は、韓国語のテキストなんかを見ていることが多いけど、今日も例に漏れずテキストを持ち込んで見ている。今日は単語だ。テレビをつけると、ニュース以外でも聞き取れないことが多いし、音は聞き取れても意味がわからないことが多い。だから文法などは家で落ち着いたときにやるとして、まずは単語を覚えようと思って、テキストの単語欄を見ている。単語を覚えるのも大変だよな。というより単語を覚えるのが苦手と言った方が確かだ。そう思いながら単語欄を見ながらぶつぶつ言っているとイジュンが声をかけてきた。 「今はどんなのやってるの」  そう言ってテキストを覗き込んでくる。 「今は単語の暗記。ニュースに限らずドラマでもバラエティーでも聞き取るのが大変で、仮に聞き取れても単語の意味がわからないから意味がわからないから、単語を少し覚えようと思って」 「そっか。ドラマやバラエティーの韓国語がわかったら日常生活では問題はなくなるよ。というよりそこまでいかなくても日常生活は大丈夫だと思うけどね。テレビで言っていることは良くわからないけど、と言いながら韓国語会話にあまり支障のない人いたし。ただ、ニュースなら少し覚えた方がいいかもね。新聞が読めるようになればテレビのニュースもわかるようになるよ。それには漢字語をたくさん覚えた方が良い」  漢字語……。前にイジュンが言ってたな。 「ニュースは韓国語もあるけど、漢字語が多いからね。だから漢字の韓国語読みを覚えると単語も覚えやすいと思う」  うん。それ言われた。 「音読み・訓読みみたいに読み方いくつもあったりしない?」  漢字を覚えるのに大変なのは音読み・訓読みと言った複数の読み方があることだった。小学校の頃、それで何気に苦労した記憶がある。そう思って訊くとイジュンは笑った。 「大丈夫。日本語みたいに訳わからない、なんてことはないから」  そう言えば、イジュンは音読み・訓読みなどの色々な読み方で苦労してたな。そうか。漢字の読み方を覚えるのは日本ほど難しくないんだな。そうしたらやっぱり漢字の読み方覚えた方が早いかもしれないな。だけど、韓国語のテキスト本に乗っている単語は漢字語じゃない。普通の韓国語だ。大体漢字語の読み方の乗っているテキストなんてあるんだろうか。そう思っているとイジュンが優しいことを言ってくれた。 「俺が漢字の読み方と、主だった漢字語を書いてくるよ。それを覚えればいいでしょ」 「いいの? 疲れてるのに……。でも、そうしてくれたらありがたい」 「疲れてるのは明日海も一緒。というか明日海の方が慣れない土地で疲れてると思うよ。だから少しくらい手伝わせて」  そう言ってくれるイジュンが格好良く見えた。そう思って、思ったままに言うと、イジュンは唇を尖らせた。 「優しいって言われるのはいいけどさ、格好良く見えたってなに? いつもは格好いいって見えてないの?」  イジュンが格好良い……。そんなこと思ったことあるかな? そう思って考えてしまう。顔立ちが格好良いって思ったことは何度かある。でも、それ以外で格好良いと思ったことは……。そう考えて悩んでしまう。優しいなと思ったときにそう思ったことはゼロではないけど、そんなに思ったことはないかもしれない。 「あまりないかも……」  正直にいうとイジュンは驚いた表情を浮かべたあとに、がっくりと肩を落とした。 「いや、ゼロじゃないから」 「でも、少ないんでしょ。それなら逆に訊くけど、じゃあなんで俺のこと好きになってくれたの?」  イジュンを好きになった理由。それは簡単。一緒にいて楽しいし、気を使わなくていいところだ。あと、話していて、頭の良さを感じることがあるからかな。それを言うとイジュンは難しい顔をした。 「それ、嬉しいけど、でも格好良いって思って欲しい!」 「だからゼロじゃないって言ってるだろ」 「でも少ないの嫌だ!」 「だから……。そういうのが格好良いって思わない理由なんじゃないの?」  思わずそう言ったらイジュンは口を閉ざした。ほら、こういうところだよ、イジュンといて楽しいと思ったり、楽だと思ったりするのは。馬鹿だなぁ。 「でも、こういうやり取り好きだよ」  俺のその言葉に目をキラキラとさせたあと、ありがとう! と言われた。なにがありがとうなのかわからないけど、なにかありがとうと言われるようなことを言ったのだろう。 「明日海。好きだよ」  急に出てきた単語に俺は恥ずかしくなった。なんだよ急に。 「赤くなって可愛いー」 「イジュン! 大体、どんな話しの流れでこうなるんだよ」 「え? だって、好きって」 「俺が言ったのはやり取り! イジュンが好きってことじゃない」 「えー。じゃあ俺のこと好きじゃないの?」 「あのなぁ。頭痛い。馬鹿なこと言ってる暇があったら漢字語書いてよ。音は英語でね。」 「明日海、冷たい」 「ノート持ってくるから待ってて」  イジュンが唇を尖らせてるけど、構ってるといつまでも続くから、途中で話しを変えるのが一番いい。それに、イジュンが好きだなんて簡単に言えない。韓国語で伝えたいと思っていても恥ずかしくて言えていないままなんだから。いつか。いつか素直に言えたらいいな、と思いながら俺はカバンからノートを出して店へと戻った。

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