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ほどけない距離4

 明日海と韓国語で話すようになって数日。明日海の韓国語力にびっくりしている。俺との会話を韓国語に変えることに対して躊躇していたから、日常生活はまだ難しいのかと思っていたら、単語が思いつかないことと、自然な言い回しがわからないだけで、全体的にはよく話せてる。逆に、4ヶ月でここまで話せるようになっていることに驚いた。これなら、漢字語を覚えたらニュースなんてわかるようになるだろうし、テレビのバラエティーなんかも今以上に楽しめるはずだ。  そんなことを思いながらお客さんがいないので、明日海と話していると先生が来た。この先生が来ると俺は苛々する。だけど明日海の韓国語の先生だし、明日海は先生に対して心を開いているし、邪険にはできないから苛々はぐっと自分の中に押し込めている。 「こんにちは」 「先生! こんにちは」  苛々しだした俺とは対象的に明日海は先生の顔を見て喜んでいる。なんで喜ぶんだよ。なんだか面白くない。2人が話しているのを俺は隅で見ているしかないんだ。 「今日は何にしようかな。……あれ? これ、新メニュー? 抹茶チョコバナナクレープ っていうやつ」 「あ、そうです。新作です。って言ってもチョコバナナクレープに抹茶をかけただけなんですけどね。でも、それだけでも抹茶の味楽しめるから、ひそかに推してます」 「そうなんだね。じゃあそれを頂戴」  2人が話しているときからクレープの生地を焼いていたから、作るのは早い。明日海は自分で焼こうと思っていたのか、俺が焼いているのを見て「|コマウォヨ《ありがとう》」と言ってきた。少し高めの声の明日海がそう言うとはっきり言って可愛い。でも、明日海のこの韓国語をこの先生は週3回も独り占めしていたんだと思うと苛々が増す。そんな苛々はクリームをトッピングしていくのにまわす。そしてわざと抹茶を多めにした。生クリームやチョコレートを使っているから、そんなに苦さは感じられないけど、それでも抹茶が口の中に入れば韓国人的には日本人よりも苦みを強く感じるはずだ。やっていることが子供っぽいとは思うけど、面白くないものは面白くないんだから仕方がない。大体、明日海が嬉しそうにするのがいけない。 「お待たせしました。抹茶チョコバナナクレープ です」  そう言ってクレープを手渡す。先生としては明日海が焼いて、明日海から手渡されたかったかもしれないけど、そんなのは俺が邪魔してやる。明日海は俺のものだ。大体、明日海もこいつの前で無防備な笑顔を見せすぎなんだ。後で言おうかな。そんなことを言ったらみみっちいって思われるかな。でも、面白くないものは面白くないんだ。 「ん。美味しいね。チョコレートと抹茶って意外とあうんだね。抹茶って日本のお茶で苦いっていうイメージあるけど、ここのクレープのおかげでイメージ変わってきたよ」 「苦いって思いますよね。でも美味しいんですよ。味わってください」  そんな2人の会話を聞いていると、明日海は結構滑らかに話している。”苦い”とか普段使わない韓国語が出てくるから大丈夫か心配だったけど、そんな心配も杞憂だった。明日海は滑らかに”苦い”という単語を使ってる。ああ、そうか。レッスンでロールプレイングをしているって言ってたから、その中で苦いという単語を使ったのだろう。普通ではあまり使わないと思われる単語だけど、和風クレープを扱うhanairoとしては欠かせない単語とも言える。そう考えるとロールプレイングっていうのはかなりいいレッスン方法なんだな。そして、それをやっていたからこそ、お店での韓国語は早くに覚えたんだとわかる。それを考えたのがこの男だと思うと、これまた面白くない。大体、この先生は店に来すぎだ。甘いのが好きなのかもしれないけど、そんなのコンビニにもあるし、カフェにメニューにもある。クレープばかりじゃなくたっていいはずだ。いや、毎回クレープにしているとは思わないけど、かなりの確率でクレープだと思う。大方明日海会いたさだろうけど。そう考えるからほんとに苛々する。  俺がそんなふうに1人で苛ついていると、先生は帰るみたいだ。 「じゃあ、また明日、レッスンのときにね」 「はい。ありがとうございました」  先生の帰る背中を見て、俺は大きなため息をついた。明日海は、鈍いのか? そんなことないと思うけど、まさかあの先生の下心に気づいてないんだろうか。 「大きいため息ついてどうしたの?」  小首を傾げる姿が可愛い。綺麗で可愛いって最強だなと心の中で思ってしまう。 「あの先生、明日海のこと好きだよね」  俺がそう言うと明日海は一瞬、目を見開いて、それから笑い出した。 「なに言ってるんだよ。そんなことあるわけないじゃん。単に生徒だからだよ」 「危機感がなさすぎる。明日海は綺麗で可愛いんだ。だからもっと気をつけて」 「綺麗で可愛いっていうのはやめてくれ。まぁ、綺麗って言われるのは慣れてはいるけど。でも、先生がどう思ってるのかわからないけど。まぁイジュンの考え過ぎだと思うけど、でも、先生がどうであれ俺は先生のことなんとも思ってないから。それだけは覚えておいてくれよな」 「……わかった」  わかりたくないけど、そう返事するしかなかった。明日海の気持ちは俺にあるはず。だけど、自分の気持ちを言葉にしない明日海に、たまに不安になるときがある。日本人はあまり愛情表現をしないと聞いたことがあるけど、きっと明日海もそうなんだろう。でも、今の俺には明日海の一言が欲しかった。

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