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春は2人のもの1

 レッスンが終わると大抵コーヒーを飲んで雑談のようなものをする。それから帰るんだけど、この時間は結構大切だ。レッスンを通じてどれくらい上達したかわかるけれど、レッスン以外で得ることもあるから、それは雑談のときに知ることができる。だから僕はこの時間を大切にしている。 「はい。アイスコーヒー」  さっきまでレッスンしていたテーブルにいるアスミにコーヒーを持っていく。   「ありがとうございます。今度は俺が払います」 「いいよ、こんなコーヒー代くらい」 「でも……」 「アスミは高いレッスン代払ってるんだから、コーヒー代くらい僕が払うよ」 「なんだかいいのかな?」 「いいんだよ」  アスミはなかなか素直に奢らせてくれない。ほんとは少しくらい格好つけたいんだ。そうは言えないけど。だって、アスミには好きな人がいるから。 「あいつ、先生帰ったあと馬鹿なこと言うんですよ。俺の気持ち疑ってる」 「そうなの?」 「はい。俺が先生に向ける表情を俺にも向けろなんて言うんです。俺としては変わらないと思うんですけど」  少し怒った様子でアスミが言う。僕に向ける顔と彼に向ける顔は違うだろうか? そう思って昨日お店に行ったときの様子を思い出す。少し離れたところから2人の様子を見ると、とても仲がいいことが見て取れた。そんなアスミが彼に向ける表情より僕に向ける表情の方が柔らかくて愛情を感じる? それはないと思う。実際に僕に気づいていないときに彼に向けている表情は柔らかくて、ほんとうに彼が好きなんだな、という気持ちが見て取れる。だけど、僕に向ける表情は確かに明るくて優しいけれど、そこには愛情の欠片は見て取れない。それは当たり前だ。だって僕に対して愛情なんて持っていないんだから。悲しいけどそれが現実だ。それなのにどうして彼がそう言ったのかはわからない。わからないけど、なにか思うところがあったんだろう。そして恐らく、彼は僕がアスミのことを好きなことを知っているんだろう。だからそう見えてしまっているだけなんじゃないかと思う。実際、僕に対して心を開いてくれているのは確かなので、余計かもしれない。 「彼に気持ち伝えた? 韓国語で伝えたいって言ってたよね? その韓国語も教えたけど」  そう。最初にそのことを言われたから、気持ちを伝える言葉を教えたんだ。初心者でも簡単に言える単語で。まぁ、そんなに難しいことを言うわけでなければ、元々簡単な言葉なんだけど。だから、アスミがそれを伝えているのにどうしてそうなってしまうのかがわからなかった。でも、もしその言葉を伝えていなければ拗れてしまうこともあるかもしれない。 「それが……まだ言えてなかったりします」  まさかの伝えてない……。言葉を教えたのは4ヶ月前だ。それなのにまだ言えてないのか。 「恥ずかしくて。韓国の人は愛情表現をよくするって言うけど、日本人はそれはあまりしなくて。それに俺は恥ずかしいのもあって、なかなか言えないでいます」 「日本人はそんなに愛情表現しないの?」 「しませんね。付き合ったり結婚したりしたら、ほんとに言いません。言う人もいるかもしれないけど。でも俺は言えない」 「そっか。でも伝えなきゃわからないことってあるよ。愛情表現がまさにそうじゃないかな?」 「でも……」  そこでアスミは口を尖らせて言葉をとぎる。そして少したってから言葉を続けた。 「態度を見てればわかりませんか?」 「ある程度はわかるけど、それが正しいかどうかはわからないよね。だから言葉で伝えるのが大切だと思うんだ」 「でも。俺は韓国まで来たんですよ。そしたらわかるだろ、って思っちゃって」 「うん。来てくれたときは想ってくれてたんだなとわかるけど、それから4ヶ月も経ってるんだよ? 気持ちが変わることがあってもおかしくないよね」 「えー。そうかな?」 「彼を庇うわけじゃないけど、誤解されても仕方ないかな? 大切なんでしょう? 海外にまでこれるほどの想いってなかなかできることじゃないから、それを彼に伝えたらどうかな?」  なんで僕はそんなことを言っているんだろう。もし、これでアスミと彼がダメになったら僕にだってチャンスがあるかもしれないのに。でも、僕はアスミの背中を押してしまっているんだ。馬鹿だな。 「大切です。俺、イジュンだから韓国に来たし、今、毎日一緒にいられて幸せです」  そう断言して笑ったアスミの顔は今までみたどの顔よりも綺麗だった。ほら、僕の出番なんてどこにもない。そんなの元々わかっていたけど、それでもダメ押しされた感じがする。今のアスミの言葉を彼が聞いたら破顔するだろうな。それこそすねたりなんてしないはずだ。そう。彼は単にすねているだけなんだ。 「そしたら、頑張って伝えてみようよ。恥ずかしいのはわかるけど、それで失ったら悲しいでしょう?」 「失いたくない。そっか伝えないとそういうこともあるんですね」 「あるね」 「そしたら俺、頑張ります。頑張って伝えます」 「うん。応援してるよ」 「はいっ!」  応援なんてしたくないのに僕は馬鹿だ。まるでピエロじゃないか。でも、アスミがどれだけ彼のこと好きか知っているから、僕は応援するしかないんだ。僕の恋は伝えることもなく終わるんだな。だけどそれでいい。アスミの心を乱したくない。アスミにはただ笑っていて欲しい。それができるのは彼だけだ。だから僕の恋はここで終わるんだ。

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